摂食障がいの克服280【治癒ではなく、寛解】
こんにちは。
『見捨てられる』ことも勇気でありながら、思い切って離れるって勇気なんだなあと思って。ずっと(1年近く)一緒にいた友達が、今になって『摂食障がいって心の病気らしい』と、人生のほぼ長い期間を摂食障がいに費やした私に伝えたこの出来事。つまり、一緒にいた期間私は健常者だと思われていたということです。それはそれで喜ばしいことかもしれない。けれど、ここまでの歴史でほぼ寛解していたとしても、自分にとっての特別な人であれば、どんな思いで朝食を食べられていて、昼食に初めてラーメンとか外食できて、初めて夜飲みに行きながら普通に食べられたかって、私勝手に理解してもらってるって1年間ずっと思っていた。
スナックでプリプリの歌も心を込めて歌ったつもりだったけど、全然伝わってなかった。誕生日やクリスマスやバレンタインも心を込めたつもりだけど、そういうのも一方通行だったなー。無論たくさん優しくしてもらってるんです。ありがたいって思っているのです。でも、私にも私のヒストリーがある。(大げさだけど)
何も伝えていないならともかく、私はずっと伝えてきたつもりだったから。
摂食障がいに限らず、依存症というものは行ったり来たりだと思うんです。物質依存もそう、行動依存もそう。
だから、治癒ではなく寛解という言葉が使われる。
そもそも、鬱もそうだと思うのですが、何年も闘ってきて、だからといって霧が晴れるように治らない。私の摂食障がいでいえば、2年間夜を完全に断食して(2年間全く食べていません)、その後恐ろしい過食が起こって、泣きながらどんどん解凍する、止まらない。倉庫に隠しても走って取りに行く。買い置きができないのに、同時に試食すらカロリーで摂れない。矛盾だらけだけど、おにぎりだって、コンビニのサイズの5分の1ぐらいの小さなものをランチにして仕事1日して、帰宅したらまた恐ろしい過食。(生きていく上において作り置きだとか頂きものとかが色々あるので。。)
48キロぐらいまでは過食か拒食で、普通に食べて幸せなんて本当に年に1回か2回の旅行ぐらい。普段は食べるなんて幸せな行動じゃない。食べないと死ぬけど、頭で考え抜いて一口食べる、理性なんて吹っ飛んで全部食べる。どっちかで。
48キロのころに、非常にまた悲しい出来事が起こり、息子の前でただただ泣いた。『お母さん。一番辛いのはお母さんや。謝らんでいいから』
それでも私は仕事だけは穴をあけなかった。どんな労働条件でも責任がある。なんなら、FP2級もこのころ取得しました。さぼるってことが苦手で生きてる限り動いてしまう。プラスの何かに向かって行動してしまう。その裏で拒食と過食で、下手したら嘔吐していましたが‥
摂食障がいは非常に難しい症状で(鬱同様に)。
私自身は、何年もかけて紐解いていく作業の中で、体の本能というところの食べるとか、頭の今何をするべきという責任感と責任感に伴うストレスの爆発などと、また、心の苦しみ・寂しさ、そういったところを食べて補うなど、すべて長いもう何年とかじゃなくてもっと長い期間で自分で全部体験したので理解していて。
だから自分の今の症状がどういう状況だっていうことが自分でわかるというところではあって。それでも私だって今も色々闘ってはいます。健常者になったわけじゃない。そう見えるけど、揺り戻しとか、様々なストレスの中で、その依存症にだけは戻りたくない(私の場合は非嘔吐過食)、と。
これだけ長い間一緒にいて、私が伝えてきて、それでいて、何にも問題を重視されていなかったというのは、ある程度において、ショックを受けていいことだと私は思うのです。だから、ずっと違和感を感じていて、離れたということはよかったと思う。
一言でいうと私はとても悲しいし寂しいです。
信じていた。私の気持ちが理解されていると、勝手に思っていた。
摂食障がいも鬱も、他の依存症も、なってしまったらそこからが壮絶です。然しながら、生きていく上において、仕事が必須だったり、仮面上で人は生きていくもので。私も仕事をしているときには普通に、顧客満足のためのみ努力しています。
けれど、仮面を剥げばただの寂しがりだから。
理解してもらってると思っていたのに、今になって『心の病気らしいで』って言われるほどに残酷な裏切りもない。
大げさに書いていますけど。大げさでなくそう思った。
今朝、言われたんです。そうやって、人に何かをゆだねてるからだめでしょう、って。それはそう。あの摂食障がいどっぷりの私だったら、今ごろ過食、過食だったでしょう、この数日。そうはならない。
自分を痛めつけるという行為は、その瞬間も、また後々にも自分をもっともっと心身ともに傷つけるから。
だから、そこまでにはならない。長い歴史で保全を身に着けたのでしょうね。
過食って、傷ついて、自分が過食することによって、苦しみを表現する行為ですが、結果傷つくのは自分なんですよね。もっと、認知度があがってほしいと私は今も願っています。
英検の英作文がしんどいから逃げてるけれど、英検だって、何も今私が摂食障がいに戻ってしまうっていうのであれば、逃げていいところなんでしょうけれど。細々、努力はします。
またまた、ホリーガーデンで投稿します。ほぼ語りつくしたけど、まだあるのです。
果歩ががりがりになったころ、津久井が一度だけお見舞いにくる。
非常に困惑しきって。つまり、自分がこの果歩の原因の一因になったとは思わない。
その後消える津久井。静江は思う。
『果歩は確かにちゃらんぽらんだ。でも、こんなふうにされていいはずがない』って。読んでくださりありがとうございます。
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