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今だからこそ
僕のメモアプリの中に書きかけの小説がずっと眠っていた。小説を書きたいと思って人生で初めて書こうとしたが、ストーリーをどう終わらせるかが思いつかずにそのままになっていた。
あの日彼女に伝えられなかった想いを文章にしたい、小説にしたいと思った。
恋愛に対して臆病になっていたのは初体験が失敗したからだ。もし女の子といい雰囲気になっても「元カレのほうが良かったな…」とつぶやいたあのワンシーンをどうしても思い出してしまう。
女性恐怖症とか言いつつも、人並みに、いや人並み以上に女の子に興味はあった。だけどダメな自分を知られたくなくて毎月ファッション誌を数冊読み、古着屋に足繁く通いお洒落な身なりで自分を武装した。
今振り返れば外見じゃなくて内面を、コミュニケーション能力を磨くべきだった。
だけど当時の僕は稼いだバイト代をほとんど服に使い、武装し続けた。だが、外見に気をつければ気をつけるほど内面との格差が激しくなり、「なんか思ってたのと違いました。ガッカリしました」とデートした女の子たちに同じようなことを言われ続けた。
そりゃあそうだろう。張りぼてのお洒落男子を気取っただけなんだから、脆くて崩れやすい。
そんな絶望的な状況下で彼女との距離が急接近した。彼女とは同じ大学だったが挨拶程度でちゃんと話したことはあまりなかった。
Twitterで絡むようになって、彼女から「明日映画でも観にいこうよ」と誘ってきてくれた。
僕からデートに誘うことはあっても女性からデートに誘われることは初めてだった。
彼女と過ごした時間は大学4年の秋から卒業までのたった数ヶ月だけだったが、僕のその後の人生に大きな影響を与えてくれた。
彼女が歳上だったからなのか、面倒見のいい性格だったからなのか。またはその両方かはわからないが、初めて何も考えずにデートを楽しむことができた。映画を観に行くときでも、ご飯を食べるときでも、ファミレスで国試の勉強をするときでも。何をしてても一緒にいる時間が楽しかった。
彼女の前では武装する必要はなかった。もちろんファッションにそれなりに気をつかってはいたが、ほぼ素の状態でいることができた。
前もって何を話そうか考えなくても会話は途切れることはなかったし、沈黙の間があっても気にならなかった。
お互いにあれがしたい、あそこに行きたいと要望を言い合っていたため、リードしないといけないと気負う必要もなかった。
あの時彼女がいたからこそ、女の子とデートをする楽しさを知ることができた。もし彼女と仲良くなれていなかったら、僕はまだ人を好きになれないままだったのかもしれない。
「私人間関係が面倒くさくなったらリセットする癖があるんだよね。だからLINEもTwitterもインスタもすぐアカウント変えちゃうんだよね」
何の話をしている時だったかは覚えてないが、彼女がぼそっと零した言葉が妙に残っていた。
彼女が就職を機に上京して、すぐ連絡がつかなくなった。新しいアカウントを僕は知らない。
『君がいなくなった世界は、ちょっとだけ物足りない。』というタイトルをつけた。ちょっとだけ、と強がってみたが重症だった。
彼女が好きな小説家の新作が出た時、バンドが新曲を発表した時…。無性に彼女と話したくなった。彼女の感想を聞きたかった。
喧嘩をしたわけじゃないのに、突然連絡がつかなくなったため心の整理が追いつかなかった。
歳下より歳上とのほうが打ち解けるスピードが速いのは彼女の影響かもしれない。ボブカットの歳上女性を見かけるとつい彼女と重ねて見てしまう。
短編小説をどうにか書けるようになった今だからこそ、メモアプリの中で眠り続けていた小説の続きが書けるような気がした。
彼女に君をモデルに小説を書いてるよって言ったらどういう反応が返ってくるだろうか。
「そんなに私のこと好きだったの」とからかって背中でも叩いてくるのかな。
新しいアカウントを僕は知らない。
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