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小説・短編

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『大きな魚とスニーカー』③

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 体内の血液が真っ白になった感覚が走った。

予想外に早すぎた非日常が目の前現れたからだ。

約束の時間はまだ少し先だった。

強烈な印象を焼き付けるどこか虚ろな双眸は、一目で彼たる存在を私に認識させた。

すらりとした体つき、顔も立派な青年らしさがある。

濡れ髪が整った曲線の頬に張り付いていた。

私は歩幅を小さく意識して、彼の元へと歩いた。

緊張のためか、雨に濡れた寒さか、足がわなわ

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『大きな魚とスニーカー』②

4

 降りしきる雨の中、傘をわすれた僕は地下鉄へ駆け込んだ。

次の電車まで五分程度。

乗車列に並んだ。

列といっても、僕の前に一人の男性がいるだけだ。

好ましい雰囲気を持ち合わせており、年齢はおそらく三十歳前後といったところ。

IT企業に勤めているのだろうか。

勝手に妄想を巡らせる。

カーキ色のチノパンに、品質の良い麻で織り込まれた白シャツ。

手入れの行き届いた真っ白のスニーカー

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『大きな魚とスニーカー』①

1

 僕は座席に腰を下ろしたと同時にスニーカーを脱ぎ捨てた。

山口から大阪に向かう夜行バスの中、僕は後方に座る女性を気にしていた。

座席をリクライニングしたかったが、つい、姿も見えない女性に遠慮してしまい、なんとも、中途半端な気持ちで前方を眺めていた。

締め切られたカーテンの隙間から、等間隔で点滅するように車内へ光が差し込んで来る。

高速道路の脇にそびえる建物の近代的な光。

その一方で

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『校舎裏の桜の木』

『校舎裏の桜の木』

ーー早く卒業したい。

四月はまだ少し寒さを残している。

高校へ向かう通学路には、自分だけの世界が続いていた。

早朝。雀の声。

遠くを走る車の排気音。

そして、私の足音。

新しく買ったローファーはまだ足に馴染まない。

首に巻いている制服のリボンは、可愛らしい首輪のように思える。

これから三年間こんな気分でここを歩くことになるのだろうか。

そんなことを考えながら、お気に入りのイヤホン

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