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どうしたら小説が書けるようになるの?①  事実に虚構を交えて真実味を増すノンフィクション・ノベル

この連載記事の冒頭で人形浄瑠璃作家、近松門左衛門の芸術論の根幹を表す「虚実皮膜」という言葉を紹介した。芸術は、虚構(フィクション)と事実との間の薄い皮のような、ほんの少しの違いにあるという考えだ。

事実をそのまま写実するのではなく、虚構を交えることで真実味が増すというが、「虚実皮膜」はノンフィクション・ノベルに通じるところがある。
フィクション(創作、物語)とノンフィクション(実話)の中間に位置するノンフィクション・ノベルは、歴史上の事実や事件、作者の個人的経験を基に、想像力や洞察力でストーリーを展開し、臨場感や現実味を持たせて描かれる。

トルーマン・カポーティの『冷血』がノンフィクション・ノベルの最初だと言われている。『冷血』は、1959年に米国カンザス州で起こった農場主一家殺人事件が題材になっており、加害者を含め事件の関係者にインタビューをし、取材を重ねて凄惨な事件の闇をえぐり出し、1966年に作品が発表された。

客観的事実だけにこだわらず、関係者の視点を盛り込み、作者の解釈も交え、物語を構成したところに特色がある。

大学教授や弁護士に装って人を欺き、弁護士を含む5人を殺害した西口彰事件を題材にした佐木隆三の長編小説『復讐するは我にあり』もノンフィクション・ノベルの一つ。関係者を取材し、犯行、逃亡、逮捕、裁判への道程を淡々と描いている。

ノンフィクション・ノベルを意識して、私は小説を書こうと考えた。事実と虚構をどのように織り交ぜるのか。小説にどう昇華させるのか。頭を悩ませたのが、虚実の境界をなす皮膜をどうするかだった。

小説を書くのは初めてのことだから、人物の心情、登場人物を取り巻く情景をどのように描けばいいのかは手探りの状態である。人の心を動かすものになっているのか、何度も読み返すが、心許ない。

そこで、芥川賞と直木賞の受賞作品を手当たり次第に入手した。

小説を書こうと決意する前から、芥川賞や直木賞の受賞作品と意識することなく、興味がある小説を読んでいた。物語の世界に入り込み、たっぷり楽しむという読み方だった。

小説の書き方、作家になる方法を本に学ぶ


 ところが、自分で「書く」ことを意識して読むと、的確な描写、筆運びの巧みさ、魅力的な人物設定など、気付かされることが多い。正直な感想を述べると、受賞作を読むたびに「自分の小説はダメだ」「足りないモノが多過ぎる」と落ち込んでしまった。

小説を書くことを意識して、再読も含めて手に取った直木賞受賞作では、池井戸潤の『下町ロケット』、なかにし礼の『長崎ぶらぶら節』が勉強になった。芥川賞受賞作では、絲山秋子の『沖で待つ』が印象に残った。  

『下町ロケット』は経済小説、企業小説の要素が強く、中小企業で働く人々の誇りと意地を描いている。宇宙工学の研究者だった主人公が、亡くなった父が経営していた中小企業の社長となり、社員たちと奮闘する。中小企業を見下す大企業の横柄さにも耐え、技術開発力を磨いていく社員たちの人間群像に共感した。

『長崎ぶらぶら節』は長崎の郷土歴史家と長崎の花街、丸山の芸者が、かつて流行った唄「長崎ぶらぶら節」を受け継ぐ古老らを探し歩きながら、歴史家と芸者、出会った人々が心通わせる実話に基づく小説。波乱に満ちた芸者の人生から優しさと芯の強さが感じられた。

『沖で待つ』は住宅設備機器の販売会社に入社した同期の男女の物語。どちらかが先に死んだら、データを保存している記憶媒体のHDD(ハード・ディスク・ドライブ)を破壊し、人に知られたくない秘密を守るという奇妙な約束を二人は交わす。この約束がどうなるのか、気掛かりな読者を物語の最後までぐいぐい引っ張っていく。

いずれの小説も、企業を舞台にしていたり、歴史を掘り起こしたりしながら、人の生き様や心象風景を描写している。

歴史に関心があり、長らく企業を取材してきた私には親しみのあるテーマである。いま書いている小説にも役立つのではないかと思った。

小説の書き方、作家になる方法、文学賞の取り方といったジャンルの本も購入して数多く読んだ。最も参考になったのが、日本推理作家協会編著の『ミステリーの書き方』だった。

協会に所属する43人の作家が「アイデアはどこから生まれてくるのか」「どうしても書かなければ、と思うとき」「プロットの作り方」「登場人物に厚みを持たせる方法」など、それぞれ与えられたテーマで、ミステリー小説の書き方を披露している。

ミステリー小説を書こうという考えはないが、ストーリーテラーのアドバイスには、「なるほど」「ごもっとも」と納得するところが多い。(敬称略)

アマゾンのキンドル出版で、2023年8月、ペーパーバックと電子書籍の小説が発売されました。「権力は腐敗する」「権力の横暴や不正を許さない」をテーマにしており、お時間のある方はお読みください。
『黒い糸とマンティスの斧』 前原進之介著

この連載記事は、以下のような流れになっています。
1 小説を書きたいと思い立った「いきさつ」
2 どうしたら小説が書けるようになるの? 

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