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致知別冊『母』Vol.2 読書感想文

購入から1か月以上経ってしまいましたが
ようやく読めました。

致知出版社の『母』第二弾です。

Vol.1出版のとき、
記念イベントで杉山愛さんのお母様の
講演を聴くことができました。

あの時、
お腹にいた娘が
目の前でにこーっと笑って
ティッシュの箱でいたずらをしている・・・

なんとも感慨深いものです。

Vol.2の目次を見て
私が一番初めに読むことにした記事は
本郷由美子さんが書いた、
『附属池田小事件で逝った愛娘とともに』でした。

(私はいつも目次で気になったところから読み始めます)

この事件が起きた当時、
中学生2年生くらいで
美術の授業中だったことを覚えています。

確か、
実習生の先生の授業でした。

なぜそんなにはっきりを覚えているかというと
私の通っていた学校も
地元の教育学部付属学校だったからです。

幼稚園から中学校まで
同じ敷地内にあったので

当時、速報が流れたときには
先生たちが一気にどよめき、
緊張感が走ったのを
幼いながら感じました。

事件があったのち、
割りと早い段階で
敷地内には警備員が配置されました。

駐輪場や駐車場など
外部とつながりのある場所には
監視カメラが設置されたことも
私たち生徒には衝撃でした。

あれから20年近くたったいま、
関係者でもなんでもない
ただの中学生ですら
嫌な記憶として残っているこの事件。

当事者の「母」は
どうやって向き合ってきたのか。

母親になった今、
とても知りたくなりました。

そして一番はじめに読んだが最後。

大号泣で
他の記事がまだ読めていません・・・

憎しみや悲しみからは何も生まれない

本郷さんは
「私が誰かを恨んだり憎んだりしていて、
優希の魂が救われるはずはありません」

と言っています。

「復習からは何も生まれない」
とよくドラマで聞いても
どこか胡散臭いなと思っていたけど

本郷さんが言うと
きっと本当にそうなんだと思えました。

だって、
そこに書いてある事件は
本当にこの日本で実際に起きた事実だから。

読んでいて、
まず、その事件の悲惨さに
苦しくなりました。

そして、
事件後の本郷さんの行動に
自然と
自分と娘を重ね合わせて
読んでいる自分に気が付きました。

私も母になったんだ、と
改めて気づいたんです。

あー、私、母親になったのか。
そこで、また号泣。

命の有限性


母の期間より、
保育士としての期間が長いせいか

母として
世話をしているのだということを
ようやく実感できたのは

最近娘が、
私を慕うように
ずりばいで近づいてきたり、

人見知りして
ギャン泣きしたあと
私を探すようなしぐさをするようになったからでしょうか。

「こうして何気なく生活しているけれども
自分の命が一分後、
一秒後にどうなるかすらわかりません。」
文中より

歯が日ごとに萌え出ている様子や
好き嫌いが出てきた離乳食の時間、
昨日より長いつかまり立ち。

コロナで
どこにも外出できず、
退屈だなーと思ってしまっていた自分に
グサッと刺さりました。

そして、

「瞬きするこの習慣も愛おしく、
限られた大切な時間を使い、
これまでの経験を通じて学んだことを
次に繋げていきたい」文中より

そうだ。
大切な家族の命も
私自身の命も
限りがあるんだった。

何のために生きるのか

本郷さんは、
こんなに辛い体験をしているのに
誰かの役に立つことを
考えていました。

そうなんです。
やはり、
人は人と支えあって生きていて
他者貢献をしあっているんです。

だから、
どんなに辛いことがあっても
また前を向くことができる。

本郷さんの文章からは
人と人のつながりがもたらす
いい面・悪い面が
力強く伝わってきました。

人がいるから傷つけられ
人がいるから笑顔になる。

その繰り返しが人生だとしたら

私はできる限り
笑顔にしてあげたい

素直にそう思いました。

限りある命。

私と出会ってくれた人へ
笑顔を与えられるような
生き方をしていきたい。

そう誓いたいと思います。

他の記事は読めていません・・(号泣したため)

感想文②として
投稿できたらなと思います。

が、
しばらくは余韻に浸りそうです・・・

今日は娘の寝顔を
しっかり見ながら眠ります。

「母」のみなさん、
是非読んでみてください!

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最後まで読んでくださって
ありがとうございました*





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