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コンビニバイト ①

大学に入学して1ヶ月が過ぎた頃の話。
大学受験を乗り越え、遊びに恋愛にと淡い期待とともに始まったわたしの大学生活だったけど、現実はやっぱりそんなに甘くなくて……
メイクやファッションを着こなし、流行りの音楽やマンガ、さらには恋愛の話題に花を咲かせる同級生たちに対し、わたしは気後れするばかりだった。小さな頃から人見知りが激しく、友達が少なければ恋人いない歴がイコール年齢のわたしも、環境が変われば何かが変わると思っていたが、人はそう簡単には変われないらしい。田舎訛りが抜けず、陸上競技で無駄に絞られた自分の体は、周りと比べると女の子と言うにはスタイルは貧相で、顔も我ながら本当に可愛げがなく、溜め息が出るばかり。

入学早々自信をなくし憂鬱になっていたわたしに、さらなる追い打ちのように問題が降りかかってきた。一人暮らしはやることが多く、何より思った以上にお金がかかるということ。これは一人暮らしを始めるまでは予想できなかった。食べ物など生活に必要なものを買うごとにみるみる財布の中身がなくなるのには内心青ざめた。やっぱり都会に近づくとモノの値段は高くなるみたい。今まで当たり前に思っていたが、日々の生活を支えてくれていた両親には感謝しかない。

一応、両親が学費やアパートの家賃などの面倒は見てくれて、それなりに生活費ももらっているけど、欲を言えばもう少し余裕が欲しい! 贅沢をするつもりはないけど、せっかく都会に出てきたんだから、少しはオシャレとかもしたいし、美味しいものも遊びも楽しみたい。大学デビューすることだって諦めてはいない。そして何より、バイト先で素敵な出会いがあるかもしれない。淡い期待を胸に、わくわくしながらわたしは求人誌のページをめくった。

そうしてわたしが働くことになったのは、コンビニの夕勤だ。
時給は1050円。
本音を言うと、もっと違う職種がよかった。カフェやレストランといった、おしゃれでもっと時給が高い仕事にも応募したのだが、どれもこれも不採用。
落とされるということは、やっぱりわたしには華がないということなのだろう。溜め息しか出ない。そうして始まったわたしのバイト生活はやっぱり期待していたほど甘くない、というかむしろ、ある意味予想どおりだった。

講義が終わって夕方5時から出勤。納品された日配のお弁当やおにぎり、パンを品出し。
ウォークインの飲み物を補充して、そのあとはお菓子とカップ麺の品出し。レジ前のFF商品の調理と補充、更に什器とコーヒーマシンの清掃…… それをレジ業務をやりながら行わなければいけない。そのレジ業務にしても大変で、ただレジをするだけではなく、レジ前のFFを注文されたらこちらから用意しなければいけないし、タバコの銘柄なんて今まで縁がなかったのだから分かるわけない。公共料金の支払いや宅配便の受付に店頭受け取りの受付、ネットでの払込、覚えなきゃいけないこともやらなきゃいけないものが多くて、他にもあげればきりがない。正直ここまでなのは予想外だった。
で、夜11時に終業。これで1日5775円。ほんと、溜め息しか出ない。

それでも店にかっこいい男子でも居れば、少しはモチベーションは保たれたかもしれないけど、残念なことに一緒にシフトに入るのは店長だ。年は40代半ばと聞いたのだが、これがなかなか、お世辞にもいい人だなんて口が裂けても言えないのである。面接の時にもなんだか横柄な人だと思ったけど、一緒に働くとそれが更に際立ってくる。わたしが分からないことを質問すると
「この間教えたのになんで覚えてないんだ!やる気あるのか?」
とか、わたしが何かミスをするたびに
「お前のせいでこの店の評判が下がったぞ!どう責任を取るつもりだ?」
シフトのことなどで連絡が来たときに10分以内に返さなければ
「なんで連絡を返さないんだ!ホウレンソウは社会の基本だぞ!」
そのくせ、本社の偉い人が視察に来ると猫撫で声で調子の良いことを言い、帰ったあとには事務所で「お前みたいなのも聞こえよく言ってやっているんだ。俺に感謝しろよ!」
そして、そのあとには決めゼリフのように「こんなこと言われたくらいで仕事辞めてたら、この先世の中でやっていけないぞ。俺は言いたくないんだが、お前のために言ってやっているんだ!俺みたいな上司が居るのはありがたいことなんだぞ」
今まで通った高校陸上部の先輩や顧問でも、こんな言い方をされたことなどない。
前にネットで見た「上司にしたくない人間」を絵に描いたような男だ。
こんなに身近に居るのか、と逆に感心してしまう。

今日も、いろんな意味で疲れるバイトがやっと終わる。
こんな理不尽な店長と一緒に働いているのは、わたしがここにしか採用されなかったからだし、わたしの要領が悪いのも事実だし。こんなところでしか雇われない自分や、店長の言われて何も言い返せない自分のダメさにますます憂鬱…… それとも、今まで知らなかっただけで、これが仕事をすること当たり前の社会なのかな? 我慢して、受けいれてやっていくのが、社会人になるということなのかな? だとしたら絶望しかない。

近くのカフェの前を通ると、店内で大学生らしい男性店員と女性店員が閉店作業をしていた。談笑も交えつつ、楽しそうに働いている。その光景を見て、また溜め息が出る。うらやましい…… それに引き換えわたしは明日もあの嫌な店長の所でバイトだ。。

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