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「クソのような現実で遊べ!」夢を持つこと、やりたいこと、ひょっとしたらそれよりも大事なこと【書籍紹介】「ジャクソンひとり」(著:安堂ホセ)

もう理解したいようにしか理解できないのかもしれない。

どれだけ説明しようが、どれだけ大きな声で叫ぼうが、もう私たちは理解したいようにしか理解できないのかもしれない。ひょっとしたらもう世界を変えることはできないのかもしれない。

まさにそんな今読みたいフィクションはこの「ジャクソンひとり」。

たとえ現実がクソであっても、目を逸らさずにそのクソのような現実さえもハックしていく。そんな今っぽさを感じる、とてもクールな1冊がこの「ジャクソンひとり」です。

今回のnoteはこの「ジャクソンひとり」の魅力を紹介していきます。

どうせ理解したいようにしか理解されない

<QRコード "blackmixroom.org"をwebで開く>

主人公ジャクソンはスポーツジムでマッサージ師をしている。そのジャクソンが着てきたロンティー(Tシャツ)にあるQRコードが偶然読み取られると、ベッドの上で裸ではりつけにされたブラックミックスの男の動画が再生された。

うん、ちょっとゲイっぽい。
なにこれ、リベンジポルノ?
これ知ってる、マンハウリングっていうプレイだよ。口に入っているのがマイクで、ケツに刺さっているのがスピーカー。

「ジャクソンひとり」(著:安堂ホセ)

その動画はジャクソンがランチをしていたフードコートにいるほぼ全員に瞬時にAirdropで拡散されていく。

「悪いけどこれ、俺じゃないですよ」
「それはないでしょ。だってきみの服でしょ?」

「ていうかさ、どうしてこれが俺だと思うの?」
「いや、似ているからでしょ」

「どこが?」
「見た目が」
「見た目が、って具体的にどの部分がどう似ているの?」

「ジャクソンひとり」(著:安堂ホセ)

ジャクソンは、アフリカのどこかと日本のハーフで、昔モデルやってて、ゲイらしい――

「悪いけどこれ、俺じゃないですよ」ゲーム

「はいはい、ごめんね。こっちはきみのお楽しみをみせつけられたせいで安心して過ごすこともできないけど、きみが被害者だって言っててしかもそれを証明する気はないから、僕たちは黙って我慢するしかないね?」

「ほぼその通りだけど、これは俺じゃなくて他人、さっきと同じこと言ってますけど」とジャクソンは鼻先で笑いを漏らした。

「ジャクソンひとり」(著:安堂ホセ)

ゲームに必要な条件は、プレイヤーが目指すべきゴールがあることと、プレイヤーが守るべきルールがあること。

このゲームのゴールはバスケットボールチームのキャプテンに勘違いであることを認めさせることか?それで昼時のフードコートを我もの顔で陣取るバスケットチームに対して牽制することとちょっとした復讐をすることか?

でもキャプテンを完膚なきまでに叩き潰すことはしないし、できないし、すべきじゃない。それはこのゲームの目的じゃなくて、他の奴らにくらべコイツはまともに衝突してくれるだけでジャクソンにとってもありがたい存在だから。

それがこのゲームのルールか?

キャプテンのスマホのカメラがジャクソンのロンTのQRコードを読み取った。それはまったくの偶然。その偶然が起きた時、瞬時にその場でこのゲームのゴールとルールを設定する。それがいつもゲームが始まる瞬間だ。

でもジャクソンにとってそれは計算ではなく無意識でやっていることのようだ。これと同じようなゲームはこれまで何度もプレイしていきた。だからもう身体に染みつている。そんな感じ。

ジャクソンひとりからジャクソンよにんへ

この動画のブラックミックスは自分だ、と主張する3人のブラックミックスが現れて4人になった。

血の気が多いコメディアンのエックス、
自分自身のポルノ動画を有料配信しているイブキ、
音楽、エンターテイメントで生きるジェリン、
そしてジャクソン。

「ビデオに映っているのが誰かってことなんだけど」

「俺は追求したくないんだ。ある意味、犯人探しよりしんどいじゃん。この中にも、自分だっておっしゃってる方が数人いらっしゃるみたいだし」

「本人やります宣言じゃなくて、お前ら黙っとけよってコンセンサス取っているように聞こえる」

「ジャクソンひとり」(著:安堂ホセ)

動画に映っているのは誰?いや、そうじゃなくてこの4人の中の誰だったということにする?それはともかく動画のQRコードを入れたTシャツを送りつけてきたのは誰?どんな目的で?

その犯人探しの中で、自分たちの見分けがつきにくいという”思い込み”を利用した復讐というゲームをプレイしていく。

ひとりからよにんに、ジャクソンズになったことでゲームのルールと、そしてゴールがぼやけていく。当事者意識のようなものが溶け始めていく。

自分がどんな成分でできた誰なのか、どこからやって来て今どこにいるのかが、全てどうでもよくなりながら眠った。

「ジャクソンひとり」(著:安堂ホセ)

夢を持つこと、やりたいことよりも大事なこと

属性のマイノリティ。感覚のマイノリティ。
それは自分が生まれる前からあって、自分の意思とはまったく無関係にあるもの。

だから真正面から反抗するよりも、すでにあるその仕組みやルール、思い込みを逆に利用していく、ハックしていく。
人生はゲームじゃないが、自分たちで人生をゲームにしていくことができる。

基本ジャクソンはやる気がなくて、夢もやりたいことが特にあるわけじゃない。だから目を背けることもなく、クソのような現実で遊べるのかもしれない。

「ジャクソンの十代の頃の夢は?」
「遊んで暮らすこと」
「スポーツ選手になりたいと思ったことは?」
「まったく」
「どうして?」
「遊びを覚えたから」
「もったいない。絶対に向いていたのに」

「ジャクソンひとり」(著:安堂ホセ)

同じゲーム盤にいるのに、異なる”自分だけのゲーム”をプレイしている。そんな感じ。それがとても今っぽい。

そして予測不可能なラスト、このゲームをクリアした後にどんな景色をジャクソンは見ているのだろうか?

世界は変えられなくても、自分の周りぐらいは変えていくことができる。そのためには目の前に起きていることを、それがたとえクソだったとても、それをありのままに見ること。

そうすれば人生はラクになる。オススメの1冊です。

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