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誰かを思い浮かべて、試着室で鏡を見る。

誰かを思い浮かべて、服を選ぶなんて、いつからしていないだろう。

試着室に入ることも、しなくなった。

駅ビルで、仕事の合間に、電車の待ち時間に、30分もかからずに購入する。

新しい服に袖を通すワクワクは、いまだにある。

でも、服を選ぶワクワクは、ずいぶん長く感じていない気がする。

それは、自分を表現するツールとしてしか洋服をとらえていないから、かもしれない。

仕事も、性格も、境遇も。

メイクも、体型も、髪型も。

大きくは変わらないから、洋服もそんなに変わらない。

大体自分に似合う服は分かっているし、似合わない服もわかる。

年を重ね、着るデザインの幅は狭くなり、ますます悩むことは少なくなった。


選ぶワクワクはなくなったのは、誰かのために服を着ることが無くなったから、というのもある。

この服を着て、誰かに会いにいきたい。

この靴を履いて、誰かの隣を歩きたい。

誰かに、かわいいとか、色っぽいとか思って欲しい。

まあ厳密にいうと、誰かの為ではなくて、誰かに良く思われたいという自分の為なんだけど、今ほど自分の中で完結してないのだ。


物語のセレクトショップには、こぢんまりとしたお店のわりには、大きな試着室がある。そこへ、さまざまなストーリーを抱えた女性がやってくる。今の自分を変えたい。それがみんな共通している。背の高い、クールそうで笑顔が人懐っこい店員が、その悩みを汲み取るように洋服を提案する。今までと少し違う自分を発見したり、今までの自分を改めて認めてあげたりしながら、女性たちは前を向いて店をあとにする。


かつてわたしも、ショップ店員をしていた。

その頃は、ショップごとにテイストがこれでもかと違い、洋服は自己表現をするための武器だった。

最近は、買い物に行ってもげんなりしてしまうことが多い。

どこのショップに行っても、似たようなテイストの服が並び、細かなディテールや価格の差で選ぶのに疲れてしまうのだ。


もう一度、ワクワクしながら洋服を選んでみたいと思った。


尾形真理子 『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』 読了。





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