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感想 黄金の王白銀の王   沢村 凜  鳳穐と旺廈という二つに分かれた王統が1つなるための地獄のような日々を描いた物語。

ダウンロード - 2022-02-24T124900.628

ファンタジー小説なのですが歴史小説の臭いがする。
重厚で後半は微かに感動すらする物語でした。

鳳穐と旺廈という二つに分かれた王統があり内戦状態がずっと続いていて国土は荒れ国は弱体化している。
どちらの家系も相手を殺したいほど憎んでいる。実際に出逢えば殺し合いとなる。

最初のほうに出てくる、この言葉がいい。

──なすべきことがないときには、待つこと。 薫衣は師の教えを思い返した。待つというのは、何もせずにいることではない。これから起こるあらゆる事態に対して、心構えを築くことだ。

薫衣は捕虜である。旺廈の頭領だ。一族のほとんどを今の王の父の先王鳳穐の頭領に殺された。
今の王は敵の子だ。親や仲間の敵だ。
その敵の子から申し出があった。
それはありえないことだった。

我らがいま、翠のためになさねばならない、もっとも重要なことが何か、おわかりか

「むずかしく考えることはない。その答えは、都の物売りの子供でも、山奥に住む猟師の女房でも知っている。我らが──鳳穐と旺廈が、殺しあうのをやめることだ」


和平の提案。
しかし、そんなことはできるはずがない。
この無毛な戦いに終止符を打とうというのだ。
それは簡単なことではない。

大木は倒せても、飛び散った種から芽生え、地中に伸びる根から芽吹く草を、すっかり取り除くことはできないのだ。


王や、その家族を根絶やしにしても、この戦いは終わらない。
この戦いの末にあるのは全滅だけだ。
なぜなら、恨み骨髄。頭領が消えたら、親族の誰かが、その部族の頭領となり
憎しみの怨嗟を生むだけなのだ。

「小事に目を奪われてはならない。でないと、旺廈や鳳穐が滅ぶ前に、この翠が滅ぶ」

大陸にあったいくつもの国が、いまひとつにまとまろうとしている。強大な国が生まれ、近くの島々をも呑み込みつつある。このままでは、荒い海のへだたりを越えて、いつか翠までやってくる」

「薫衣殿、そなたにだから打ち明けるのだが、いまの翠に、強大な軍船をしりぞけるだけの力はない」

「戦がつづきすぎた。田畑が荒れ、飢饉に備えた食料の貯えは、長らく底をついたままだ。働き盛りの男手を失い、離散するしかなくなった家も多く出た。そうした家の子供らは、食べるために悪事をはたらくようになる。だが、盗賊や山賊を取り締まるべき者たちは……」 「〈旺廈狩り〉にいそがしい」

「八年間の過ちならば、正すことは容易だ。だが、残念ながらそうではない。百年以上の時をかけて、翠はゆっくりと弱っていった。どんなに優れた政がおこなわれても、それが十年と続かないのでは、建て直すことなど無理だ。そのうえ、旺廈の王は鳳穐の蜂起を、鳳穐の王は旺廈の攻勢を、常に警戒しなければならない。それに時間と人とをとられすぎ、この国を守り、育むことに、力を尽くしてこられなかった」

内戦などしている余裕は、この国にはないのだ。
王の妹をめとり、王の義理の弟になり城に住めと王は提案する。
しかし、それは許されぬことだ。
王は敵である。

この憎しみの本質とは何なのか?

残っているのは、憎しみでなく習性なのかもしれない。憎むことも、愛することも、その気持ちが強いほど、理由もなくつづけてしまうものなのかもしれない

もう一度言う。恨みを晴らすことは、務めを果たすことの前では小事。そして、務めを果たしつづけるのは、華々しく死ぬことよりも、ずっとずっと困難なのだ。意味をなさない死は、その困難から逃げることにほかならない。

彼は王の申し入れを受け入れる。
彼の義理の弟として生きることにした。
それは孤独な戦いだった。
負け犬と謗られ、仲間からも不信感を・・・

外国の敵が襲来した時、薫衣は総大将に任命される。
しかし、部下たちは馬で戦場に赴くのに自分は窓のない馬車で・・・
まるで囚人のような扱いだった。

薫衣は、常に四面楚歌だった。
誰も彼を理解してくれない。
見方であるはずの一族の者たちからも不審な目で見られていた。
しかし、薫衣には良き理解者がいる。
それは義理の兄である王である。


「私だって、同じだ。誰にも理解されないことをなしつづける力など、きっと、持ち合わせていない。だが、そなたがいる。そなたは私が、何を、なぜ、なしてきたか、知っている。一人いればじゅうぶんだ」

そう、理解者が一人いれば、この難事を耐え抜くことは可能なのだ。

「薫衣殿、人はみな、どんな相手に対しても、〈殺したくない〉をもっているのではないだろうか。ただそれが、いろいろな理由から生まれてくる、〈殺せ〉や〈殺したい〉に押しやられてしまうだけで」


この最後の性善説にたった王の考え方は好きだ。
この二人の頭の生き様はなかなかに面白い。

2022 7 16



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