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書評 アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎  ここまで完成度の高いミステリーは珍しいと思う。楽しくて、びっくり。

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伊坂幸太郎の作品はたくさん映画化されている。
最初に見た映画は「ゴールデンスランバー」だった。
原作は未読だ。
充分に映画だけで堪能できたので、伊坂さんは読まなくていいと勝手に思っていた。
というよりも、ミステリーは苦手としている。だからだと思う。

伊坂ファンによると、ラストで一気に伏線回収するのだそうです。
本書もそうでした。多少強引と思えるところもありましたが、やられました。

広辞苑を本屋に盗みに行こうという河崎に、付き合わされる大学生の椎名の話しと
2年前の動物殺しの三人組の犯人を知ってしまった。琴美、ブータンの留学生ドルジ。そして、琴美の元彼でドルジの日本語教師の河崎の話し。
この二つの無関係とも思える話しを並列的に展開させ、少しずつ話しを重ねていき、いくつかの不協和音と疑惑を感じさせ、うまくミスリードしていき、最後にラストですべての伏線を回収という。見事な手口です。
読後感は、いんちき詐欺師に騙されたような気分です。見事でした。

椎名は学生の頃、好きだった女の子の影響で、ボブ・デュランの曲を丸暗記していた。
それ以来、彼は1つの確信があった。

人間は必死になれば、たいていのことはできる。・・・「ありえない」と否定的に物事を見る人間の大半は、自分で何かを成しとげたことのない者だ。

椎名は、ボブ・デュラン繋がりで河崎と出会う。

ブータン人のドルジの思想は面白い

・輪廻転生・・・死んだら生まれ変わる
・因果応報・・・良いことをしたら良いことが返ってきて、悪いことをしたら悪いことが返ってくる

日本人について、こう言っている。

日本人は、その報いをすぐに欲しがるだろ。・・・日本人は即効性を求めるから、いつも苛々、せかせかしている。

ブータン人は気長である。報いは今世でなくても来世でもいいと思っている。

河崎は椎名に言う。
生きるのを楽しむコツは2つだけだと・・・

クラクションをならさないこと と 細かいことを気にしないこと

河崎が2年前の話しの中でエイズに感染してるかもということになる。
そこでの発言がおもしろい。

避妊具さえつければHIVは感染しない。・・・この国では増えている。なぜか分かる?。危機意識が薄いからなんだよ。自分は平気だと思い込んでいるわけ。・・・自分だけ平気だと思い込んでいる馬鹿で溢れている・・・、甘えだね、甘えの国だ・・・。


こういう考え方は、よく伊坂の小説に出てくる。

そんな河崎はモテ男だ。すべての女を自分のものにしたいという野望を抱いていた。
そんな彼がエイズにより生きがいを失った。性交渉は相手を危険にする。

動物殺しの犯人を憎みつつ、ドルジはこんな皮肉を口にする。

僕たちは、自分が食べる動物が殺される場面からも目を逸らす。それほどの「動物好き」なのだ。


 ペットを虐殺する犯人を非難するが、自分たちが毎日食べている「動物」については、殺して食べているという意識はない。この矛盾を議論しているのだ。
 小さな子供の中には、鶏とケンタッキー・フライド・チキンが同じであるという意識すらない子も多い。

河崎は犯罪を犯す。それは広辞苑を盗んだという罪ではない。
ネタバレすると面白くないので、あえて語らない。

悪いことをしたら、悪い報いが返ってくるのだ。

このラストシーンが好きだ。

彼らはコインロッカーにラジカセを入れた。それも音楽を再生させたままである。
彼らが神と思っているボブ・デュランだ。

琴美が昔、言ったんだ。
・・・神様を閉じ込めておけば悪いことをしてもばれないって、そう言ったんだ。

アヒルと鴨のコインロッカー
このタイトルは意味深だ。

アヒルと鴨。
それが、この物語の確信と関わってくる。
アヒルとは誰のことなのか?
鴨とは誰のことなのか?

河崎のおかした罪とは何なのか?
それは毎日食べている肉を誰かが殺していることを
意識せずに生きている自分たち

私には、そんな風に思えた。
だから、食べ残しが出る。
正しく裁かれない犯罪者が出る。

2020 9/6





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