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宮古島の小さなバーと、カツオさんの167勝と。【7/24巨人戦○】

そのバーは長いあいだずっと、私がこの島に来る意味みたいなものだった。

冬の週末三連休のチケットを取ってふらっとやってきて、昼間はぼーっと海を眺めてはひたすら本を読み、夕方から真夜中までその「アルケミスト」というバーで飲み続けた。

母が亡くなった時も、結婚が決まった時も、妊娠した時も、私はふらっとその小さな島の小さなバーへ行った。バーテンのひでさんにぽつぽつとそのことを話したり、話さなかったりした。なんだか自分の人生にずっと、その場所があり続ける気がしていた。

だけどどんなものも、ずっとそのままであり続ける、ということはありえない。すべてのものに、終わりはくる。

10年以上そこで続いていたアルケは、ある年ひっそりと閉店した。理由はわからない。でもとにかく、どんなものにも終わりが来るのだ、と、小さな喪失感の中、私は思った。

「終わり」というのはいつだって、生きている限り避けられない。

それから私は、「アルケのない宮古島」に通い続けた。そこはもちろんいつもと変わらず美しい島だったけれど、少しだけ、何かが変わったような、少しだけ元の場所からずれたような、そんな感覚があった。

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すべてのものは移り変わる。

自分が応援するそのチームが、いつもいつも同じ状態であるとは限らない。怪我をする選手がいて、調子の上がらない選手もいる。もしかしたら、メジャーへ行ってしまう選手も、他チームへ移籍する選手もいるかもしれない。ずっと勝ち続けることもなければ、例えば去年の順位を守り続けることもない。いつもいつも、すべては移り変わってゆくのだ。

でもそれは同時に、ずっと負け続けることもない、ということも意味する。2連敗しようが、3連敗しようが、16連敗しようが、それがずっと続くということは(たぶん)、ない。

1回表で早速迎えたノーアウト満塁のチャンス(という名のピンチ)で、4番と5番は元気に三振した。またノーアウト満塁から無失点だよそれは宇宙の真理だから仕方ないのだよ…と、思っていると、ムーチョは元気にツーアウトからタイムリーツーベースを打った。

「ノーアウト満塁から点は入らない」し、「タイムリーは打てない」、それはいつまでも続く気がする。そこから流れが変わるところなんて、もう山のように見てきた。でもしっかりそこで、打てる日も、あるのだ。

ずっとずっとヒットの打てなかったたいしは、もう今季ずっと打てないんじゃないのと思わせておきながら、スタメンで出場するまでになった。そして今日、しっかりタイムリーを放った。(いらんエラーもあったけど。)

去年まで別のチームにいた太田くんは、怪我から復帰し、またタイムリーを打ってくれた。

それは、去年にはなかった景色だ。移り変わりゆくものは、新しい風と変化と前進を運んでくれる。いつまでも勝てないんじゃないかこのチーム、と、絶望するたび、何かを打ちくだいてくれるかのように。

移りゆく景色の中で、カツオさんは167勝目を上げた。新人賞を取る年があり、エースと呼ばれた年があり、最優秀防御率のタイトルを取る年があった。でもいつもいつも、素晴らしい年だったわけではきっと、ない。いろんな波があり、エースの座を譲り、歳を重ねた。でもそれでもとにかく、そこに立ち続け、投げ続け、勝ちを積み重ねてきた。変わりゆくものの中で、自らも変化し続け、前進し続けた。

時間が進み、景色が変わりゆくことは切ないけれどそれでも、素晴らしい変化を生み出すことだってやっぱり、あるのだ。

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私の大好きなバーアルケミストは、去年、名前はそのままに、場所を変えて再開した。「必要な回り道を経て」と、バーテンのひでさんは言った。

工事中、子どもたちは「お手伝い」に出かけ、そのバーの壁に大きな絵を描かせてもらった。今は壁紙の下に隠れるその絵を、「大人になってお酒を飲めるようになって、そしていつかこのバーを壊す時にはまた、見に来てね」と、ひでさんは言った。

いつも、いつまでも、時間は過ぎてゆく。積み重ねていくものを、大切にしながら。

マクガフがしっかりとカツオさんの勝ちを守った瞬間を、私はその小さなバーで、小さなスマホの画面で見ていた。あの頃とは違う場所にある、でもあの頃と同じ空気の流れる、そのバーで。

「大事なのは、変わってくこと、変わらずにいること」と歌ったマッキーに、上京したばかりの頃の私はずいぶん励まされたことを、ふと思い出す。

ヤクルトも、この島も、変わらないものを大切にしながら、でも変わっていく。その変化の中でまた生まれる、新しいその景色をまた、大切にしながら。


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