1分で読めるショートショート24・今日は何の日(4月3日)【実話/創作】
愛林日
1898年に林学者の本多静六博士によって提唱され、神武天皇祭が行われる4月3日を植栽日にすることが提案されました。
いんげん豆の日
いんげん豆を中国から日本に伝えたとされる隠元禅師の忌日にちなんで設けられています。
ペルー日本友好の日
1899年のこの日、日本人移民790人が佐倉丸でペルーのアンコン港に上陸したことを祝って、ペルー政府が記念日に制定しています。
清水寺・みずの日
全国にある清水寺で形成される「全国清水寺ネットワーク会議」によって制定されました。
シーサーの日
シーサーの発祥地である那覇市壺屋で2002年より実施されています。
清水寺の守護者とペルーからの贈り物
清水寺の古い石段を登りきったところに、一匹のシーサーが静かに佇んでいた。
彼は何世紀もの間、寺を守る役目を果たしてきた。しかし、ある日、彼の前に一粒のいんげん豆が転がってきた。それは遠いペルーからの贈り物だった。
シーサーは、この小さな豆が何故ここにあるのか、その意味を理解しようとした。
そして、彼は決断した。この豆を清水寺の庭に植えることに。
豆はやがて芽を出し、大きな木へと成長していった。木は美しい花を咲かせ、訪れる人々に喜びを与えた。
シーサーは木を見守り続けた。
木が成長するにつれ、彼の存在もまた新たな意味を持ち始めた。彼はただの守護者ではなく、生命を育む者へと変わっていった。木は清水寺の象徴となり、人々はその木の下で願い事をするようになった。
そして、毎年4月3日には、清水寺では特別な祭りが開かれるようになった。
シーサーといんげん豆の木を祝う祭りだ。人々は木の下で食事をし、お互いの幸せを祈り合った。シーサーはその様子を見守り、静かに微笑んだ。
そうして、シーサーは石像へと戻った。
異なる文化同士が反発せず、それどころか、合わさってよりよい伝統が生まれゆくことを見て、安心の眠りについたのだった。
(この物語はフィクションです)
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