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別荘の持ち方のアップデート

この記事は、東京に住む僕が2019年8月に沖縄で宿をオープンさせるまでを書いた記事の2話目です。1話目がまだの方はこちらからお読みください。


沖縄でいつか拠点を持つとした場合の候補地として妄想していたのは、妻の実家のある那覇市内か、せいぜい那覇から車で40分前後で行ける北中城村(きたなかぐすくそん。平屋の外人住宅を改装したカフェなどが点在する、感度の高い人の集まるエリア)まででした。

それがなぜ、行ったことも、ましてや聞いたこともない今帰仁村(なきじんそん)で宿を持つことを決断するに至ったのか?

今回のコラムでは、物件を見つけてから決断に至るまでの一日半の、僕の頭の中の思考プロセスを公開したいと思います。


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軽やかな時代

普段から不動産仲介を仕事にしていることもあり、不動産の未来はどんな方向に向かうのか?について常に興味を持っていたわけですが、僕が東京R不動産で働きはじめてからの14年間で、世の中にはいろんな変化がありました。


平日は都心に勤務するサラリーマンが、金曜の夜から千葉や神奈川の別荘に通い、週末に田舎暮らしやサーフィンを楽しむ、といった「二拠点居住」というライフスタイルが登場しました。

最近では、月に定額の料金を支払うことで全国の家に住み放題となるサービスも登場し、「他拠点居住」や特定の住所を持たずに生活する「アドレスホッパー」という言葉まで生まれています。


また、シェアハウスやシェアオフィスといった空間のシェアに留まらず、物や移動手段、スキルまでも共有する「シェアリングエコノミー」が一般化して、Airbnbに代表される「民泊」が誕生しました。

不動産といえば読んで字のごとく動かないはずのものでしたが、バンやマイクロバスのような大きめの車を改造して居住空間化することで、不動産とモビリティが合体した「可動産」というコンセプトも登場しています。

こうして所有と賃貸、固定と可動の概念が溶けはじめ、「いつかは夢のマイホーム」や「家は一生に一回の大きな買い物」といったワードは過去の遺物になり、今という時間を過ごしたい場所で過ごす「軽やかな時代」がやってきた一方で、毎年増え続ける「空き家問題」や、かつては憧れだった別荘がお荷物へと変わり「負動産」と呼ばれるなど、頭の痛い問題をも同時に抱えているのが、今の時代だと思います。


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つながる思考

複雑化した反面、自由度が増したこの時代において、不動産を使ってどんな風に遊ぶのかを考えるのが、不動産をホビーにする僕の楽しみです。

ここはひとつ、「シェアリングエコノミーと民泊」というキーワードを足掛かりに、「空き家問題と負動産」という社会問題を解決する方法を考えてみることにしましょう。


いつかは沖縄に拠点を持ちたかったとはいえ、単純に別荘を持とう、というのは今の自分のフェーズではまだ早いかなと思っていました。

年に数回しか利用することない別荘は、行ったら行ったで伸び放題の草むしりや建物の掃除をして汗だくになり、2日目にようやくゆっくりできたと思ったら、また次回も同じ作業が待っているのかと気が重くなる。

そのうち固定資産税や管理費などの維持費がかさむことが馬鹿馬鹿しくなり、たまにしか使わないならいっそその都度いいホテルに泊まった方がコスパいいよね、となって手放すのが、別荘あるあるじゃないでしょうか?


では、この沖縄の物件を民泊として貸し出すとしたらどうでしょう?

Airbnbの登場からはじまった民泊カルチャーの日本での広がり方について、僕はずっと疑問を持っていました。

アメリカでは、ホストが所有する空間の一部を提供することを通じてゲストとの共同生活の素晴らしさを共有する、というシェアリングエコノミーの文脈でサービスが立ち上がったはずなのに、日本においての民泊はお金儲けだけを目的として、いかにローコストで作り上げた空間からハイリターンを得るか?という、ある意味純粋ともいえるビジネス的動機ではじまっているように思えたからです。


旅行とは非日常を楽しむことだと思うので、コスパや清掃のしやすさといった合理性を追求した結果できあがった学生の一人暮らしみたいな空間に、わざわざ旅先で泊まりたいと、僕には思えません。

一方で、建築的に素晴らしかったり、ハイクオリティな宿に泊まりたい欲求も当然ありますが、毎回そうした場所に泊まるか?と言われると予算を気にして二の足を踏んでしまいます。


ここに、「自分が泊まりたいと思える宿が世の中にとても少ない」という課題と、「所有しても結局たいして行かず、それならたまにいい宿に泊まった方がいいという結論になりがちな別荘」という2つの課題が見えてきます。今回のプロジェクトでは、これの解決策を考えてみることにします。


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別荘の持ち方のアップデート

自分の別荘として好きなものを丁寧に集めた空間を、宿として世界中の方々に公開するというアプローチで、それは実現できないだろうか?

普通の宿として考えれば、インテリアはコストや清掃のしやすさ、盗まれないことなどを優先するのも当然ですが、別荘を開放するというコンセプトならば、効率的な事情を一切無視して好きなものだけ集めた方が他の宿にはない空間が作れる。

このアプローチなら、効率重視で作られたホテルや、いかにもデザインにこだわりました感満載のデザイナーズホテルとはまったく異なる、居心地のよいホテルのオルタナティブが作れるんじゃないか?


宿として世界中のゲストにシェアすることで、たとえ自分が行けるのが年に1〜2回だとしても常にプロの清掃やベッドメイキングがされた状態をキープでき、別荘に着いた初日の煩わしさに悩まされることもない。

さらに、もしこれで別荘が宿として経済的にも自立でき、不動産投資としても成立するとしたら、二束三文で売りに出される空き家や「負動産」である別荘を宿として活用することで、別荘を持てば持つほど収入が増える形だって作れるかもしれない。


この形で別荘を持つ人が増えれば、あの県に行くなら誰々の別荘に泊まれるという風に、センスの合う仲間と宿を提供しあうこともできるかもしれない。

こんな世界が作れたとしたら、負動産としてお荷物扱いされがちな「別荘の持ち方のアップデート」ができるんじゃないか?


そこまでぐるぐると思考を巡らせると、普段からアンテナに引っ掛っていた不動産の将来についての様々な考察に、スッと一筋の道が見えたような感覚がありました。

まずは転がってきたチャンスボールに向かって走り出した僕ですが、最終的にはこんな感じの思考プロセスを経て購入を決めています。


『irregular INN Nakijin』の企画の裏側

ここから先は、この物件を購入した後、具体的に宿を作っていく企画のプロセスの話です。

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この物件情報を発見したときに最も大きなネックに感じたことは、隣の敷地には建売住宅が3棟並んでいて、いわゆる沖縄らしい海VIEWだったり、「やんばる」と呼ばれる本島北部のこのエリアらしい自然溢れるロケーションではなく、立地としてキャッチーな強みがないことです。

購入時点では母屋の脇にトイレとシャワー室の離れ、そして屋根付きの車庫という3つの建物が建っており、リノベーションで水回りを母屋の中に取り込んで車庫を潰せば広い庭はできますが、庭に出ると隣の建売住宅が気になって、滞在したいと思える庭をつくるのは難しそうです。


次に立地的な要素を考えると、沖縄北部の観光地は、沖縄本島の中でもかなり綺麗なビーチや、やんばるの森の大自然など魅力的な場所がありますが、美ら海水族館を除いて屋内のスポットが少なく、大雨や台風の日にあたると行けるところが少なくなってしまうという弱点があります。

それであれば、広い庭にインドアBBQが楽しめるダイニングキッチン棟を増築して、たとえ雨の日にあたっても、家族や仲間と食卓を囲んでBBQをした楽しい思い出が残る宿として企画することにします。


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増築した離れにより広い庭の面積を埋めることで母屋とキッチン棟の間にできた中庭は、滞在する庭ではなく眺める庭としての機能になるため、ちゃんと予算をかけてしっかり作り込むことに。

中庭に面した母屋の窓を大きく開口し直し、キッチン棟の外壁は透明のポリカーボネートにすることで、どこにいても中庭の緑だけが見えて、隣の建売住宅が気にならないようになります。


次に間取りをどうするか。思い切ってキッチンが離れにしかないと割り切ったことで、母屋はリビングと寝室だけに割り振れます。

どんな方に泊まってもらいたいか?と考えはじめると、別荘はカップルで泊まることもあれば、友人同士や家族、さらには家族+両親や友人家族と2家族で、なんてシチュエーションもあるかもしれません。

せっかく別荘をシェアするというコンセプトならば、ゲストにも自分の別荘のように使ってもらいたいので、できるだけ様々なシーンに対応できる間取りはなにか?を考えた末に、ちゃんと区画されプライバシーが保たれた3LDKにベッド4台+小上がりにマットレス3つ、合計7名が宿泊可能なプランに落ち着きました。

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僕自身が小さな子供の3人いる5人家族なので、ベッドから子供が落下する心配をすることなくマットレスを3つ並べて全員で寝られる小上がりを、リビングの一角に作ることにします。

小上がりには子供が大好きなハンモックをブランコ代わりに吊り下げ、どこでも移動できるポータブルテレビを用意することで、母屋で遊ぶ子供たちを窓越しに確認できながら、大人は離れでBBQやお酒をゆっくり楽しめるつくりにします。


また男女の友人同士で泊まる際にはプライバシーが保たれた部屋がほしくなるので、3部屋はしっかり区画することに。

こんな風に様々なメンバー構成のパターンをイメージしながら、女性5人組だったらどこに各自のメイクポーチを置くだろう?というレベルまで解像度を上げて想像しながら間取りをプランニングしていきます。


ターゲットを想定する、とはよく言いますが、宿の場合にはあまりターゲットを絞り込むのは得策ではないと判断し、通販番組でよく見かける「100通りに着られるワンピース」みたいなイメージでいろんなパターンを検証しました 笑

不動産仲介を仕事にしていることもあり、使いやすい間取り論についてこだわりがあることもありますが、こういうことを考えている過程が、ホビーとしてなによりの楽しみだったりします。


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インテリアは思い切って仲間に一任する

そして最後に宿の印象を大きく左右するインテリアです。

ここは正直、自分一人ではセンスよく作れる自信がなかったので、東京R不動産のグループ会社toolboxで働く同僚の渋谷南人にディレクションとスタイリングを一任することにしました。


沖縄にはいわゆる古民家の宿が多い中、僕の宿は沖縄らしさが売りの立地ではないので、インテリアはあえて沖縄感を排除して様々な国籍や年代の家具や小物をミックスすることで、ホテルに泊まりにきたというよりセンスの近い友人の別荘に遊びにきたような感覚を出せるように心がけました。

古民家のフォルムを残した母屋の外観と、沖縄ならではのセメント瓦を現しにしたリビングの天井、そして花ブロックをキッチンの土台部分に使うことで若干の沖縄っぽさをプラスして、この宿の企画を完成させました。


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と、興味ない人にはまったく興味がないであろうマニアックな内容になってしまいましたが、不動産をホビーにするってどういうこと?というのを具体的にお伝えするために、僕がはじめて手がけた宿『irregular INN Nakijin』の企画の裏側を公開させてもらいました。

実際に宿に泊まりにきていただいて、この記事を読んでいただけると答え合わせ感があってそれはそれで面白いと思いますので、ぜひ泊まりにきてくださいね。


物件をどのように見立てて、どんな企画を入れて世に出そうか?を考えている時期が本当にいつも楽しくて、不動産というホビーにすっかりハマっています。

このnoteでは今後も、マイクロデベロッパー目線やR不動産での仲介スタッフ目線で、不動産に関する解像度を上げていくための情報を綴っていこうと思いますので、よろしければまたのぞいてみてください。

では!


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