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アニメ「劇場版 響け!ユーフォニアム 誓いのフィナーレ」レビュー「なんで先輩の癖にヘタクソなんですか!?先輩は後輩より上手くなければいけないんです!」

「誓いのフィナーレ」はユーフォ映画の4作目に当たり
吉川優子が北宇治高校吹奏楽部の部長に就任し
黄前久美子が2年に進級し
新1年生が入部して
黄前が1年生のお世話係「黄前相談室」を拝命し
新生・北宇治高校吹奏楽部として
全国で金賞を取る事を目指す話となる。

「黄前相談室」に寄せられる1年生の悩みとは

鈴木美玲:あの人(加藤葉月)ワタシよりヘタクソな癖に
なんで楽しそうに部活やってるんですか!?

久石奏:あの人(中川夏紀),なんで後輩の私に
演奏技術の教えを乞いに来るんですか!?
恥ずかしくないんですかねえ?
先輩は後輩より上手くなくちゃいけないんですッ!

「なんで先輩の癖にヘタクソなんですか!?」

鈴木美玲と久石奏の「悩み」は
上下関係のうるさい部活動をやった人間なら
誰しも一度は抱える悩みだと思う。

吹奏楽部の本質は「体育会系」と言われていて
体育会系の建前として
1年より2年の方が技術があって当たり前
2年より3年の方が技術があって当たり前
従って1番技術のある3年がレギュラーに選ばれて当たり前
ってのがあって
「下級生よりヘタクソな上級生など存在してはならない」
のだ。
「存在してはならない」のに存在しなければならない
「ヘタクソな上級生」の抱える苦痛。

2年になった川島緑輝と1年の月永求の様に
川島の方が技術的にも人間的成熟度に於いても
月永のそれを上回り
月永が川島を常に仰ぎ見て
川島の一挙手一投足から月永が「何か」を学び取ろうとする
師弟関係が成立するのが理想だが
現実はなかなかそういかず
後輩の技量が先輩のそれを凌駕する事がしばしば起こる。

「リズと青い鳥」のブルーレイの音声解説(キャストコメンタリー)で
中川夏紀役の藤村鼓乃美氏と吉川優子役の山岡ゆり氏との間で
次の様な会話がある。
山岡氏が学生時代に実際に吹奏楽をやっていたとの話を聴いた
藤村氏が次の様な質問を投げかけるのだ。

藤村「あのさ」
「私の方がセンパイより上手いからレギュラーになるべきって言える?」
山岡「無理無理無理無理無理!そんなコト…そんなコト言える訳ないじゃん!」

僕の会社の先輩で空手の有段者の方がいて
次の様な話をしてくださった事がある。
「俺はあるとき,空手の昇段試験で先輩を差し置いて合格してね」
「他の先輩方から鉄拳制裁を受けたんだ」
『オマエは後輩に追い越された,あの先輩の気持ちを考えた事があるのか?』
「『オマエは空手技術は高いかも知れんが人間としては下の下だ』ってね」

体育会系には後輩の技量が先輩のそれを勝る場合,
後輩が先輩を立てる不文律があり
ソレをしなかった後輩は厳しく「制裁」されるのだ。

黄前が1年のとき,同じ1年の高坂が3年の中世古香織を差し置いて
トランペットのソロパートに抜擢されて2年の吉川の怒りを買い
吉川は高坂の父親が滝教諭の恩師である事を知り
高坂が縁故でソロパートに選ばれたと高坂を中傷し,
「高坂は演奏技術は高くとも人間的にはクズだ」
との流言飛語を流布した。

コレが体育会系の上下関係を無造作に侵害した者への制裁なのだ。
「年次に関係なく実力のあるものがレギュラーになる」
ってのは建前で実際には
「先輩を差し置いて後輩がレギュラーになるのは許されない」
のだ。
僕は「古い人間」なので「エースをねらえ!」の岡ひろみを思い出したよ。
岡のいびられ方を見たら後輩が先輩に何かと譲らないと
「大変な事になる」ってのが大変良く分かる。

山岡氏の「無理無理」発言は制裁を恐れてのものだし
僕の先輩は実際に制裁を受けた。

「ユーフォ」のアニメの放送当時吉川はボッコボコに叩かれて
「人間のクズなのはオマエの方だよ!」
「北宇治高校吹奏楽部が強くなれないのはオマエの様な先輩がいるからだ」と中傷された。

その「人間のクズ」・吉川もこの1年で人間的に大きく成長した。

「余りにも偉大な前副部長・田中あすかの影」の重圧と必死に戦い,
人の上に立つ者の苦しみも散々味わった。

全国に進めず,ひとり泣き崩れ,副部長・中川に支えられておきながら
そのことをおくびにも出さず
意気消沈する一同に「頭をあげろ」と檄を飛ばし
「この悔しさを来年に繋げるんだッ」と皆を励ます吉川の姿。
それは「全国で金」の様な記録に残る事はないが
確かな成果なのだ。

滝教諭の指導は演奏技術に関するもので
個々の生徒の問題には立ち入らない。
滝にとって重要なのは自分の要求が出来るか出来ないかであって
出来ないなら何時までに出来る様になるかの期限の確認なのだ。

その「生徒の個々の問題」解決を一任されたのが「黄前相談室」であり
鈴木美玲に対しては
「頑なに自分の意見に固執し孤立するのは良くない」
と指導し

「制裁」を恐れる余り
ワザとヘタクソに演奏してオーディションに落ち,
中川夏紀にレギュラーの座を譲る
片八百長を演じようとした久石奏の心得違いを叱るのだ。

「黄前相談室」に寄せられる悩みに
右往左往する黄前を見て高坂はこう呟く。

「今年は…全国で金どころか全国大会への出場も無理だろう」

高坂の予言はゾッとする程正確だった。

僕は黄前や高坂が入学する前年に
北宇治高校吹奏楽部でやる気のない上級生と
やる気のある下級生が対立して
部員が大量に辞め,実質的な活動休止状態に
陥っていたことが痛かったと思う。
吹奏楽部の屋台骨を支えるべき
現行の3年生の層の薄さが辛かった。

本作の最後に黄前は3年に進級して部長に任ぜられる。
確かに演奏技術や演奏に対する心構えで言えば
黄前より川島や高坂の方が上だろう。

だが黄前は1年間「黄前相談室」を開設して
1年の悩みを聞き続けて来たことが評価されたのだと思う。

黄前「奏ちゃん…全国大会に進めなくて悔しい…?」
久石「悔しいですよ…悔しくって死にそうですよッ!」

1年前には決して明かさなかった「本心」を明かす様になった
久石の姿こそが「この1年の成果」と描かれて映画は閉じる。




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