【短編小説】今夜もベランダで【#2000字のドラマ】
「あ、悠真。またこんなところでお酒飲んでる!」
悠真(ゆうま)がマンションのベランダで缶ビールをちびちびやっていると、隣の部屋から結衣(ゆい)がパーテーション越しにひょこっと顔を出した。
「いいだろ、夜風に当たりながら飲むビールは美味いんだよ。結衣こそ毎晩覗きに来るなよ。女子大生のくせに毎晩予定もないのか?」
「女子大生は関係ないし。っていうか、悠真だって大学生じゃん」
「俺はぼっちの大学生活を謳歌するって決めてるんだよ」
そう言うと悠真は、ズズズ、と缶ビールをすすった。
「なんか格好つけてるけど、この前まで『ビールは苦手』とか言ってなかった? どうしたの、イメチェン? 第二次中二病?」
「…………」
「あ、さては好きな人できた? 好きな人の好みに合わせちゃうタイプだ! それでビールに挑戦してるんでしょ?」
「うるさいな。はいはい、中二病ですよ。あんまり近寄ると移すぞ」
悠真は結衣を横目で睨むと、手でしっしっと追い払う仕草を見せた。
あーあー、そんなこと言ったらまた……。
「なによー! そんなに邪険に扱わなくてもいいじゃん! 悠真の癖に!」
結衣はむっくり膨れた顔を引っ込めると、パタパタと足音を立てて部屋の奥へと行ってしまった。
ほら見たことか。
毎晩の様に悠真はこうやって結衣を怒らせている。
しかし、たいてい次の日には何事もなかったかのようにまた絡みにくるのだから結衣の方も懲りないというか……。
二人がどのような関係なのか俺は知らないが、去年あたりから悠真が酒を飲みだしたところを見ると大学生活は残り少ないのかもしれない。
二人の仲は果たしてどのような結末を迎えるのか……やれやれ、今日までの変わらない毎日を見ている身からするとあまり期待はできそうにないな。
……え? さっきからお前は誰だって?
俺は、その、アレだよ……こいつらの向かいのアパートに住んでる林秀夫だよ。
誰だよ? 知らねーよ? そりゃそうさ、日がな一日引き籠ってる売れない作家だ。俺の事を知ってるやつがいるならむしろ連れてこいってんだ。
風呂なし、ベランダなしのワンルーム暮らし。テレビはおろかラジオもない俺にとって、毎晩の様に聞こえてくるこいつらの会話は調度いいBGM代わりだった。
……別に聞き耳立ててるわけじゃねーよ。聞こえてくる声で話すこいつらが悪いんだ。
しかし、この悠真とかいうやつ、自分のことを『ぼっち』だとか言ってたが、真のぼっちは隣の部屋に住む女子大生と仲良くできたりしない。
俺みたいに、目が合ったら即座に部屋の中に逃げ込む、という行動が擦り込まれているものだ。故に、悠真、お前はぼっちではない。
悠真は早く自分が恵まれていることに気がつくべきだ。
お前の隣には可愛い女友達が住んでいて、幸運にもその子が毎晩話しかけてくれるのだ。神様がここまでやってくれているのだから、これ以上に都合のいい展開は望めないぞ?
しかし、俺がそう思っていた矢先だった――、
パタパタパタ、という足音が近づいてくる。
「じゃーん!」
「また来たのか……」
また来たのか! 今日はいつもに増して復活が早いじゃないか結衣。
「しょうがないから今日は私も晩酌に付き合ったげるよ」
という結衣の声とともに、プシュッ、という音。
「わっ、ととと……!」
「うわ、何やってるんだ!? 缶ビール持って走ったらそりゃそうなるだろ……」
どうやら結衣も部屋からビールを持ってきたらしい。いつもと違う展開につい俺は聞き入る。
「うへ~、苦い。こんなんよく飲めるね?」
顔をしかめる結衣。
「結衣にはまだ早い」
悠真はまた、ズズズ、と缶ビールを飲む。
「なにそれ? 歳なんか一個しか変わんないじゃん」
そっけない悠真だが、結衣は機嫌良さそうだ。……こういうやり取りを見てるとなんだかんだ相性の良い二人だよな。
「……さっきのアレ。そんなこと別にないから」
急にぼそぼそと話しだす悠真。
悠真、お前はもうちょっとハッキリ喋ってくれ。ギリギリこっちまで聞こえないときがあるから。頼む。
「え? 何のこと?」
「……好きな人ができてその人に好み合わせてるとか……そういうんじゃないから。ベランダで飲んでる時間が好きなだけ」
そう言って、ぷいっと悠真は顔を背ける。
結衣は、
「……そっか」
と一言だけつぶやくと。薄っすらと頬を染めて嬉しそうにベランダの手すりにあごを乗せた。
うわああああああああ! なんだよ! 両想いじゃん! 絶対そうじゃん! もう、どっちからでもいいからさっさと告っちゃえよ! ほら! いますぐ! さあ!
「あ、そうだ。これ」
「え、なにこれ? 煮卵?」
煮卵!? なんで!? 告る雰囲気だろ! 煮卵の雰囲気じゃなかったろ!?
「おつまみに作ってみた。好きでしょ?」
「好きだけど。何で急に?」
「……ちょっと作戦を変えてみようかと」
「え?」
「ううん、なんでもない」
なんてやり取りをした二人は煮卵を食べながらビールをちびちび。
……はぁ。これはまたしばらくは発展しそうにないかもな。
「うん、美味い」
「ほんと? なかなかやるでしょ~?」
しかし、もしかすると大学卒業までは仲睦まじい二人の姿を見れるかもしれないな。
そんなことを思うと、俺はため息一つ吐いてからそっと窓を閉じたのだった。
✒あとがき
こちらの企画に応募する短編小説を書いてみました!
むらさき(作者)は圧倒的に林秀夫サイドの学生生活でしたがみなさんはどうでしたでしょうか?
こういうテーマ募集の短編企画は大好物なのでまた書きたいなと思います!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?