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縄文への接近

今から別の時代に行くとしたら何時代がいいですか?
と聞かれたら私は迷わず縄文時代と答えるでしょう。

私たちの子ども時代、高学年になり、学校の教科書で歴史を習ったときは
縄文時代は狩猟・採集という現代よりも遅れた生活をしていたイメージでした。

それから遺跡の発掘がすすんだり、
年代測定法を利用した研究がすすんだり、
ずいぶんと縄文時代のことが分かってきたようです。
また、学問的な分野だけでなく、スピな分野も縄文を題材にしたものも出て
魅力とすてきな謎にあふれた縄文像が語られることもあります。

2月の松原さんの記事の中で、「縄文」とミライの村づくりの記事を書いていただきましたが、
前々から縄文人気質ということを言っていただいていたので、
これを機に以前から断片的に学んでいた縄文について整理してみようと思い立ちました。

ひとまず、縄文時代とは縄文土器がつくられるようになったころ、
紀元前14000年~13000年というと、今から16000年前~15000年くらいからはじまり、
紀元前300年=2300年前の弥生時代が始まるまでの時代。
約10000年以上続いていて、次の弥生時代が500年くらいで終わっているので長い!


1.縄文時代にあった食べ物一覧


この縄文時代で一番興味があるのは何を食べていたのかということ。
縄文時代は狩猟・採集をして暮らしていたということですが、
それぞれの遺跡によって発掘されているものにはずいぶん違いがあるようです。

日本海側、太平洋側なのか、湖がある地域なのか、山地か平野かでも
食べ物が変わってくることは容易に想像がつきますね。

縄文時代には現在「野菜」と言われているものはほとんどないです。
ですが、多くの植物が食べられていたようです。
以下、一部弥生時代の伝来ではないかと言われているものも含めてまとめてみました。
いろいろな地域のものをまとめたので、一部採れない地域がありますのでご注意ください。

<野草・野菜・山菜>
アブラナ、小豆、あわ、うど、えごま、かたくり、きいちご、きのこ類、きび、こごみ、ごぼうぜんまい、里芋、
せり、蕎麦、大豆、のびる、ひょうたん、ふき、みつば、みょうが、れんこん、山芋(自然薯)、
やまぶどう、ゆうがお(かんおようの材料)、わさび、わらび

<穀物>
稲(縄文時代後期:諸説あり)

<木の実> くるみ、くり、各種どんぐり

<魚介類>
海の魚 アイナメ、アジ、アナゴ、エイ、カツオ、カタクチイワシ、カマス、カレイ、キス、クロダイ、コチ、サバ、
サメ、サワラ、サンマ、スズキ、ソイ、メバル、ハゼ、ヒラメ、フグ、ボラ、マイワシ、マダイ、マグロ
川の魚 ウグイ、ウナギ、ギバチ、コイ、タナゴ、サケ、ドジョウ、ニゴイ、フナ、マス
それ以外 アサリ、アザラシ、イカ、イボキサゴ、イシガイ、ウミニナ、エビ、オオタニシ、オキシジミ、カニ、コンブ、
サヨリ、シオフキ、スガイ、タコ、チョウセンハマグリヌマガイ、、ハイガイ、ハマグリ、マガキ、ヤマトシジミ、ワカメ
50音コンプリートできるかと思ったけど、やめた、笑

<動物>
陸上 イノシシ、キツネ、クマ、サル、シカ、タヌキ、ノウサギ、ハチミツ、ムササビ
海 アザラシ、アシカ、イルカ、オットセイ、クジラ、トド

※上の写真は山芋。
ついついいろいろな種類の山芋を植えようとしてしまうのは昔から。

2.縄文の食卓は現代よりも豊か!?


今食べられている野菜はほとんどないにもかかわらず、
ここにあげていないものも含めて約40種類もの植物が食べられていたというから驚きです。
私も春から初夏にかけて野草が食卓に上る確率が上がるので、きっと縄文人も四季折々の野草を楽しんでいたのでしょう。
それも私たちが考えるよりももずっとバリエーション豊かだったのでしょう。

稲の栽培は弥生時代だと習った覚えがありましたが、地域にもよるのでしょうが、縄文時代後期という説もあるようです。
これだけたくさんとれる植物だし、おいしいし、瞬く間に広まったことでしょう。

魚は今よりよほど豊富に食べられていたようですね。
魚高いとか言わなくていいし、今より豊富にいるだろうから、うらやましい。

約70種類の魚の骨や350種類以上の貝殻などが出土しているようで、中には100種類をこえる遺跡もあるということなので驚きです。
今の私たちのようにあれがいいこれがいいと言わず、毒がないのなら食べましょう!ということですね。
そして、毒があるフグの調理法も分かっていたということなので、驚きです。
ふぐ自分で捌けるの、い~な~!

ただ潮だまりに残った魚をとるといううらやましいやらうらやましいやらの漁法から、
釣り針を使ったものまでいろいろな漁の方法があったみたい。
それにローマではカキの養殖の跡もあるというから、
歴史的には室町時代がカキの養殖のはじめだそうだけど、
ひょっとしたら名も知らぬおじさんおばさんでかきを養殖していた強者もいたかもしれないね。

もちろん醤油や味噌はなかったでしょうが、縄文以前から「干す」という加工方法があり、
「焼く」「蒸し焼き」「燻す(いぶす)」といった調理法があり、
縄文時代になって「煮る」という調理法が発達したようなので、、
この魚は煮たほうがおいしい、別の魚は焼いた方がおいしい、いや刺身やでとか言って、
多くの魚介類をいろいろな食べ方で食べていたんでしょうねぇ。

そして、興味深かったのがキングカムイなどで知られるアイヌ民族のイオマンテといって、
ヒグマなどの動物を殺して、その魂を神々の国に送る儀式と同じような儀式が行われていた跡があるという。

琵琶湖に続く面積の霞ケ浦周辺にある大谷貝塚ではマダイやイルカ、いのししの頭の骨が並んで出土されていて、
再生、豊漁を祈った「マダイ送り」のような儀式が執り行われていたと言われている。

このようにまとめると魚介類と動物の数の多さから、狩猟中心というイメージがあるかもしれませんが、
狩猟は冬を中心に行われていて、メインは植物だったというのも、びっくりです。
まだ私も食べたことのない野草を食べていたんだろうなぁ。

そして、これらの食物をカロリー換算すると、1日2000キロカロリーを超えているらしく、
現代人よりも穀物への依存が少ないことからミネラルバランス含め栄養状態がいいという説も!
現代人だけでなく、縄文から現代まで含めて一番いいようだ。

3.縄文時代に行ってみたい!


ここまで調べてみて、
やはり、他の時代より縄文時代が圧倒的に私に合う!

もちろん今のような植物はないので、お野菜はない。
でも、日ごろから野草人なため、野草生活のイメージはばっちり。
毒のある野草ときのこさえ見分けられたら、だいたい食べる前提だと、植物質はクリア。

穀物も豊富にないし、現代のような技術はないが、
栗の半栽培もあり、他に食べ物があり、
それぞれの食べ物に合わせた技術はあっただろうから問題にならない。

そして、人口がそもそも少なくて、豊富な動植物もあり、争いがないというのが高ポイントだ!

犬をパートナーとした狩りもしていたので、狩りもできるし、
様々な漁の道具があり、たこつぼもあったというから、漁もできる。

水は今よりも湧き水が多く、川の水、海の水のきれいさも上だろう。
弥生時代くらいから井戸の利用もはじまるようだが、川のそばで暮らすと水は井戸なしでもいただける。

火起こしとか大変だっただろうなと思うけれど、
火は当然こうやっておこすものという技術があるので、
ガスやマッチがないので、「苦労」は置いておいて、その方法で起こすのが普通になるだろう。

住居もチームでDIYして、災害がきても、また建て直せる技術がある。

4.懐かしき縄文
自分が縄文時代の考えに近い考えや感性をもっているからか、
調べれば調べるほど、かつて自分が住んでいたような気になります。

現代で自然をみるというと、自分の外に置いて、自分とは距離を置いてみるように、
観察したり、栽培したり、実験したり、働きかけたり、守ったり、という感覚でしょうが、
私はそうじゃなくて、自然の中にどっぷりとつかって、自分も自然の一部だという感覚がぴったりきます。

幼いころ、父がよく昆虫を取りにつれて行ってくれて、いろいろな昆虫をとりましたが、
昆虫に触れること自体は好きなのですが、「飼う」ということに違和感を感じていて、
自分からはあまり積極的に飼おうという気持ちがわくことはありませんでした。
生き物は狭いところで閉じ込めず、自然の中を自由に動くものだと考えていたからです。

それに対して、とった生き物を食べたいという思いは自然とわいてきました。
どちらが「残酷」かというと、飼う子のほうが優しく、食べる子の方が残酷なのかもしれません。

でも、残酷という言葉を知らなかったときから、
食べることよりも、飼うことに抵抗があったというのは個性が関係してるのでしょう。
結論、やはり別の時代に行くなら縄文時代に決まり!


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