【連載小説】聖ポトロの巡礼(第23回)

はじまりの月9日 

 おそらくこれが最後の日記になるだろう。 

 結論から書こう。俺は明日、カプセルに入る。そして二度と目覚めないだろう。俺のまいたポトロが、この星に美しい花を咲かせることを切に願う。
 こちとら命を懸けてるんだ。シッカリしてくんないと困るぜ? 俺の子供たちよ。 

 正直、決断までにあまり悩んでない。今思うと、昨日クッタポッタでロヌーヌの話を聞いてるとき、俺にはもうほとんど覚悟ができてた。
 いやまぁ、死ねって言われて、はいそうですかと死ぬのは絶対にありえないけど、でも、ここでカプセルに入るのイヤだって言って元の世界に帰ったとして、たとえ記憶は残らないにしても、絶対心のどこかでその選択を後悔し続けたまま、死ぬまで生き続けなきゃならないんだと思うんだよね。
 それはもうある意味一種の呪いですよ。
 記憶がない分、謎の呪縛。自分でも得体の知れない何かの呪いを引きずったまま、毎月のクレジットの支払いに頭を痛めながら、養鶏場同然の集合住宅で合成食料をむさぼり食って暮らしていくのは、絶対に御免こうむる。 

 とはいえ、「入ったら終わり」である事実は確実にそこにあるわけで。

 だから、心から喜んで入るわけではない。俺は、最期くらい自分に素直でありたいと思うし、もしかして誰かがこの日記を読むことがあるかもしれないから書いとくけど、決して「この星の誰かのために」とか、「人類を愛する気持ち」とか、そういう偽善的な大義名分でカプセル入りするわけじゃない。
 はっきり言って、現実逃避ですよ。体のいい自殺みたいなもんだ。しかも、苦しまずに楽ーにやってくれるっていうから、ま、それならいいかってね。 

 だけど、正直結構葛藤はあったよ。だって、死んだ人間は生き返らないんだぜ? 当たり前だけどさ。それは自分も例外じゃなくって。
 俺の人生、正味つまんなかったけど、長生きしてりゃそれなりに楽しいことあるかもしれないし、今まですぐにでも死ななきゃなんない理由なんてなかったし、死にたいとも別に思ってなかったし。
 だから、じゃここで死んで、って言われたら、そりゃ少なからず「えーやだー、怖いもん」って思うでしょ? そりゃ怖いさ。きっと人間誰しも、死ぬのは怖いよ本能的に。今でも結構、明日起こることを考えただけで手足の震えが止まらない。

 明日、俺、死ぬんだ。怖ぇえよ。 

 でも、もう決めちゃったし、今日の朝ロヌーヌにもそう伝えた。ロヌーヌは意外にも心配そうな表情で、 
「本当によろしいのですか? もちろん、元の世界に戻られても、だれもあなたを責めはしませんし、再びこの世界に呼ばれることもありません。あなたの記憶は完全に消えますから、自責や後悔の念も起こり得ません。それでも、お残りいただけるのですか?」 
と俺に言った。俺は手を軽く振って、 
「かまわない。準備が出来しだい呼んでくれ。」 
と言って微笑みを繕った。
 もしロヌーヌが女の形をしてなかったら、こんな風に気取ってみたりはしなかったろう。細かいところまでよく考えられてるもんだ。きっと俺が女だったら、イケメンの男性型のインターフェイスが登場してたんだろうな。 

 夕べは当然寝られなかった。一睡もしてないのに、今日は意外に元気だ。ま、死ぬか生きるかって時だから(死ぬんだけどな)当然といえば当然だけど。
 で、夜中もやっぱり色々考えるわけよ。俺、別に宗教やってないし、神を信じてもないから、死んだらどうなるかなんて分かんないけど、そんなことよりも、自分の人生についてずっと振り返ってて。
 総括してみて言えることは、モテなかったなぁ、ってことくらいか。俺にはちゃんと生殖能力があるんだから、一回くらい女の子にモテてみたかったなぁ。ま、世の女どもは見る目がないんだ。太ってて眼鏡かけてたら、もう絶対モテないのが当たり前の世の中だ。世の中のほうがきっと間違ってる。
 で、そんな世の中をこっちの世界と比べてみて、こっちの世界のシステムがどう間違ってるのか、ちゃんと説明できないんだよね。男と女がなくて、人は機械から生まれる。人は増えすぎないし、惑星も汚れない。 

 性別がないってことは、考えてみるとつまり、この世界の人は誰も恋を知らないんだ。それはどうなんだ? でも、恋には苦しみや痛みが付き物だし(残念ながら俺にはそんな記憶しかない)、いろんなトラブルの原因にもなるし、たしかにロヌーヌが言ってたように「ほとんどの暴力の源」なのかもしれないよな。モテる連中はいいけど、俺みたいな蚊帳の外の人種には不要な機能だきっと。
 そんな意味で、この世界はとても居心地がよかった。誰にも恋しないし、誰も俺に惚れない。すべての人が、それぞれ個人として、自分をしっかり持って生きていく。他人は単なるパートナーであって、自分の人生を生きるのはあくまで自分。ある意味、理想なんじゃないかな?
 恋の気持ちは本来すごく純粋なものであるはずだけど、俺たちの世界じゃ、それを利用して他人をうまく操作することがもう日常茶飯事だから、誰も自分のやってることがおかしいって気付かない。
 とはいえ、俺みたいな外野がそういう風に言っても、普通にモテたことのある連中には、それがくだらないやっかみにしか聞こえないわけだ。ま、事実やっかみも多分に含んでいるんだが。 

 こっちに来てからのことも色々考えてた。日記も読み返してみた。ハードコピーの偉大さに改めて気付いたね。検索しなくても、情報がそこにあるのはハードコピーのいい点だ。
 すべてをデジタル化するのがユビキタスだっていう考えは、やっぱりどっかの金持ちが考えた幻想なんだろうな。
 で、ぺらぺらとめくってみて気付いたのは、ピトの町を出る前のこと、なんにも書いてなかったな、ってこと。俺の頭の中にはちゃんとあるからいいんだけど(それももうすぐ消滅しちゃうわけだが)。
 この世界に迷い込んだとき、もう気持ち悪くてフラフラしてて、気付いたら誰かの家のベッドの上だったわけだけど、そこがラピとラピの爺さんの家だった。ラピは13〜15歳くらいの男の子だった(男性型の肉体、ってことだろうなきっと)。俺を指差して、ポトロ、ポトロとしきりに爺さんに言ってたな。
 ラピも爺さんも、俺の世話を喜んでやってくれた。それが、最初はホントに不思議で仕方なかった。なんで見ず知らずの俺のためにここまでやってくれるんだろうってね。今の俺に、それと同じことが当たり前にできるだろうか。前の世界なら、きっとできなかったろう。それが当たり前じゃなかったからね。 

 ・・・なんつって、結局何もかも世の中のせいにしてるだけだ俺は。

 弱いな。

 こんな俺が父親か。しかも、ものすごい数の子供たちの。なんだかな。みんな親父がこんなチンケな男だと知ったら、どう思うだろう? 

 今思うと、ピトを旅立つとき、ラピは喜びと悲しみの入り混じった、複雑な表情で俺を送り出してくれた。ラピは、俺がもう帰ってこないことを知ってたのかもしれないな。ラピや爺さんにお土産を買って帰る予定だったけど、どうやら無理みたいだ。ごめんな。あと、ズモーにもね。 

 そういえば、ズモーはイレギュラーなんだっけ? どうしてそうなったのか分からないけど、もしかしたら俺も・・・なんて、甘いよな。俺はそこまでラッキーな人間じゃない。
 それにしても、ズモーのイレギュラーって何だったんだろう? 肉体的な欠陥か? コンピューターのミスか? ま、いずれにせよ、そうそうあるもんじゃないんだろう。俺も結局、元ポトロの人間はズモーしか知らない。 

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 はぁ、取り留めのないことを書くのはもうよそう。いまさら決心が鈍っても嫌だからな。
 やるんなら早いとこやって欲しいんだけど、俺専用のカプセルを用意するのに明日までかかるんだそうだ。棺桶屋に自分が入る棺桶を注文して、完成を待ってるわけだ。ハハ。俺の棺桶、カッコよかったらいいな。
 日記帳があと1ページ余っちゃったのが唯一の心残りだ。全部埋めたかった。もうちょっと書こうかな?・・・いや、やめとこう。 

 もしこれを誰か俺以外の人間が読んでいるなら、その人に俺が言えることは・・・うーん、特にないや。
 でもこれだけは言っておく。俺はこの道を自分で選んだ。俺のくだらない人生の中で、それだけが、俺の誇りだ。最後まで読んでくれてありがとう。

 もしあんたが俺と同じ立場なんだったら・・・自分とよく相談して、自分で結論を出しなさい、と言っておこう。あんたはどうしたい? どうなりたい? それだけを、考えればいいとね。

 じゃ、逝ってきます、文字通り(笑)。

「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)