【連載小説】聖ポトロの彷徨(第19回)
60日目
久々の記録だ。だが、これと言って記録することも思いつかないのだが。今回記録をする気になったのは、ベッドの下にあった私の薄汚れたしみだらけのバックパック(これでもかなり頑張って洗ったのだが)の中から、ごろんとこの古き悪しき相棒が転がり出てきたとき、退屈しのぎにと何となく手を伸ばしたのがきっかけだった。ただそれだけのことだ。
前回記録してからの生活は、それほど驚きに値する出来事もなく、それはそれは、平穏かつ単調に続いている。
私とノーラは夜明けと共に起き、お互いの仕事をし(彼女は水汲みへ、その間に私はまき割りを、といった具合に、生活の用事をする時間は、特に何らかの取り決めをするでもなく、二人ですり合わせてある。このほうが二人で過ごせる時間が増やせるため、なんとなくそうなっているのだと思う)、食事を取って後片付けと掃除をし、そのあとは、お互い好きなことをしてのんびり過ごす。
彼女は絵を描いていることが多いが、最近の私はもっぱら、海辺に流れ着いた品々を集め、分類することに楽しさを見出し始めている。
最初の頃はノーラのスケッチに付き合っていたのだが、私自身があまりにも絵心がない上、彼女が絵を描くのを邪魔したくなかったので、私はちょくちょく、一人で裏庭から伸びる道を下って海のほうへ出かけていた。
海はいつも大変穏やかで、それでいてとても表情豊かだ。海岸に腰を下ろし、その美しい青を眺めているだけで、私は少しも退屈することなく十分に一日を消費できる。
その日、私は何となく波の音を聞きたくなったので、午前中から海のほうへ降りていた。砂浜にパラソルを立て、その下にぼんやりと寝そべって、心音のように繰り返す心地よいノイズに耳を傾けていた。
やがてそのままとろとろと、まどろみと覚醒の境界線を漂っていた私は、ふと自分のすぐ隣に、奇妙な形をした透明な塊が、砂から頭を突き出しているのを発見した。
その漂着物に興味を覚えた私は体を起こし、透明でごつごつしたそれを掘り起こしてみた。すると、どうやらそれは結晶化した水晶か何かのようなもので、大きさは握りこぶしより少し大きかった。複雑かつ直線的な凹凸を持つ透明な基部から、六角柱の結晶が上向きに何本か突き出しており、全体的にひんやりと冷たく、ずしりと重い。
なぜ海岸にこんなものが漂着しているのか全く説明が付かなかったが(普通に考えると、海辺で水晶の結晶を発見することなんかありえないのだが・・・砂浜という場所は水による侵食の最果てである為、それこそ砂になっているか、少なくとも丸くてスベスベした小石になっているはずなのだ)、私は似たようなものが落ちていないかを探し始め、それがきっかけで、今では家の裏の棚に結構なコレクションができてしまった。
漂着物は実にさまざまで、先のような結晶から、何かの部品と思しき金属片、ガラス製の瓶の口の部分と思しき破片や、波に洗われて面白い形状になった木片、なめらかな表面の透明な小石など、大きさから形まで本当にまちまちで、これらの物体の種類に何らかの法則性があるようには感じられない。ただ、プラスティック製の容器や袋の類は、今のところまだ見たことがない。サバラバにはプラスティックが存在しないということなのだろうか。
しかしまあ、どうせ何も分かりはしないのだ。いろいろ考えたところで結論など出るはずもないし、それに、そもそもそんなものは不要だ。家の裏庭にゴロゴロと並ぶ、さまざまな大きさや形の奇妙な造形は、焼き杉のこげ茶色を背景にしてとても見栄えよく、見ているだけでいろいろな想像力を私に授けてくれる。それで十分のような気がしているし、ただ『集めることを楽しむ』というだけでも、この行為は十分な娯楽として機能していると言える。
夕方になるとノーラがスケッチから帰ってくる。昨日は遠くに見える山のふもとまで出かけていたそうだ。どうやらあそこにしかない花があるらしい。夕食の折、私にスケッチを見せながら、形はアブラナに似ている花だが、色が濃い紫色なのだ、と彼女は手話で説明してくれた。なかなか興味深い。
漂着物集めに飽きたら、スケッチに向かう彼女の後についていって、植物採集と分類に取り組むのも面白いかもしれない。
【記録終了】
「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)