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【連載小説】聖ポトロの巡礼(第18回)

聖ポトロの日

 疲れきっていた俺は、昼ごろに女主人に起こされた。
 彼女はおそらくもう中年を過ぎたくらいの年齢で(サバラバの人たちは自分の年を明かさない。もしかしたら、本人も知らないのかもしれないし、もしくは、年齢を重ねること自体を全然気にしていないかもしれない)、中肉で背は少し低め、髪は黒くて白髪交じりで、後ろに無造作に束ねてある。サバラバの女性は化粧をしないようだ。これはピトのときも、ゼビルのときも一緒だった。みんな質素で、素朴な服装を好む。貧乏だからとか掟だからとかじゃなくて、好き好んでそうしているんだから誰も文句なんか言わない。変な文化だ。

 女主人(名前は確かメロだったか?)は俺を起こし、今からみんな集まるから、ぜひ一緒に来て欲しいと言った。彼女に従い俺は集落の井戸に向かう。井戸のあるところはこの集落(建物が7軒ほど集まっているだろうか、村というよりは集落だ)の広場兼集会所になってるらしく、すでに集落の全員(15~20人くらいか)が集まっていた。井戸の脇に、枯れた草が生えている花壇のような場所があって、それをぐるりと取り囲んでいる。

 一番年配と思われる男(ぶっちゃけ言うと、じいさんだ)が、全員揃ったのを確かめるように見回すと、やおら手を合わせ、厳かな調子で口を開く。
「ムーンポトロナガイン。ムーン・・・」
『聖ポトロの日、南無~・・・』といった意味だと思う。みんな、じいさんと同じように手を合わせ、目をつぶって「ムーン・・・」とやり始めた。俺もそれに倣う。

 しばらくして、みんなは目の前の花壇の、枯れた草をむしり始めた。枯れ草をむしりとって、そこを鍬のようなもので集落の男が耕す。そしてじいさんが、集落の各人に、何かの種を配り始めた。彼は嬉しそうに俺にも種を渡し、
「イーギドムコンナポトロ」
と言った。俺はハァ? と思って
「アーシーラドムアー?」
って言ったら、集落の人たちは珍しく、ホントにサバラバの人にしては珍しく、激しく笑い始めた。
 俺、面白いこと言ったみたい。テヘヘ。
 笑いながら、涙目になりつつメロが教えてくれた。
「イーシーポトロ、アンナコンシーポトロ、トントン」
なるほどなるほど、どうやらポトロという言葉には「種」という意味もあるらしい。今日は『聖なる種の日』でもあるというわけか。
 俺はみんなに倣って、種を埋めた。他のみんなも埋め終わっていた。ふと見ると、花壇の真ん中だけ、人が一人立てるくらいのスペース分、種を埋めず丸く空けてある。何だろうあれ?

 種を埋め終わった集落の人は、花壇を囲んで再び「ムーン」を始めた。メロが俺にそっとささやいた。
「コンマールシーマロローネコピタラ。ポトロシーペタンコンナポッタ」
意味はおそらく『今年は新しい人が来るかもしれない。ポトロがここにいるから』ってことだ。さっぱり何のことか分からなかったけど、その意味するところを俺はすぐ知ることになる。

 空けてあった花壇の中央に、ふと何かの影みたいなものが見える。青緑色の、細かいホコリみたいな光の粒が、どこからかチリチリと小さな音を立てて集まってくる。だんだん増えていくそれらは渦を巻き回転し、少しずつ何かの形を成してゆく。
「ロー!ロー!ネコピタラ!ムーン・・・」
誰かが叫ぶ。みんなムーンをやりながら、この様子を見守っている。俺は何が起こっているのかわからず、ただその場で立ち尽くしたまま、固唾を呑んでいた。

 光のかけらが寄り集まり、目を開けていられないくらいの眩しさで輝いたかと思ったら、それがふっと消えて、そこにひとりの女の子が立っていた。12~3歳くらいだろうか。黒髪で色白の、かわいらしい女の子だ。彼女は到着したことが分かったらしく、にっこり笑って「ゾーガイン」と挨拶した。

 彼女は、集落の家の一軒に引き取られることになった。理由は、順番だから、ということだ。

 もうわけが分からない。

 こうやってこの集落は人を増やしてるのか? この集落(というかサバラバ全部がそうなのかもしれないけど)の家に住んでるのは、こうやって寄せ集まった人間の集団なのか?

 ・・・そういえば、サバラバに来て、乳児や幼児を見たことがない。子をあやす母親の姿なんてのもだ。どういうことなんだ? ああ、もうほんとわけが分からなくなってきた。空間から人間が生まれて、それがいきなりしゃべるの?

 雑貨屋の二階に戻ってから、大混乱な俺を見てメロが、
「イーシーポトロ、アンナポトローシーウォンピタラ。」
と教えてくれた。俺があの子を作ったってのか? ますます分かんないよ。

 昼のことばかり考えてた俺は、きっとひどい顔をしてたんだろう、その日の夜、食事をしながらメロが、『王国』はもう少しだ、この先にある山を越えたら見える大きな木を目指せ、と教えてくれた。今日唯一ホッとしたことだ。もうすぐ、旅の目的地だという。こういう類の情報を得るのは初めてなんじゃないかな? まだまだ聞きたいことはあるけど、明日には出発しよう。



「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)