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【連載小説】聖ポトロの巡礼(第22回)

はじまりの月8日

 こんな夢を見た。

 むかしむかし、あるところに一つの星がありました。星には動物や植物がたくさんいて、きれいな海と陸がありました。
 ところが、この星に住む生き物の一つが、海や陸を汚し、多くの動物や植物を食べてしまいました。
 神様は怒って、この生き物を、陸地ごと海の底深くに沈めてしまいました。しかし、その生き物はあまりに数が多く、そしてあらゆる場所に住んでいたため、神様は陸のほとんどを海に沈めなければなりませんでした。しまいには、その生き物の住んでいないほんのわずかな陸だけを残して、この星はほとんどが海になってしまいました。
 これを残念に思った神様は、もう一度、このわずかな陸に美しく豊かな楽園を造ろうと考えました。神様はこの陸を集めて、気候の穏やかなところに置き、色々な動物や植物を住まわせました。
 そして、慈悲深い神様は最後に、あの生き物にも、もう一度生きるチャンスを与えようと考えました。でも、ただ住まわせたのでは、また他の生き物をすべて食べてしまうので、この生き物だけは増えすぎないよう、男と女の区別をなくしてしまいました。そして、この生き物が死んだら、その分だけ少しずつ、新しくこの生き物を住まわせることにしました。
 ただ、この生き物にはもう男と女がありませんから、神様は宇宙の遠いところから、この生き物の新しいタネ=ポトロをつれてこなければならなくなりました。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ご気分はいかがですか?」
 流暢な母国語の女の声で俺は目覚めた。ベッドの脇に、見覚えのない女が立っている。薄紫のゆったりしたローブを身に着け、豊かな長い銀髪を後ろに束ねている。端正な顔立ちで肌の色は透き通るように白く、瞳は緑がかった青色だ。額に金属でできた星型のアクセサリーが張り付いていて、それが壁の光を受けてキラキラ光っていた。 

「・・・あんたがロヌーヌか?」
「私は、自律思考型人工頭脳ロヌーヌVer.2の、末端無線インターフェイスです。・・・こういう説明の仕方でも、あなた方ならお分かりでしょう? この星の人間は、すでにコンピューターという概念すら失っていますから。
 ロヌーヌ本体はあなたが見た『大きな木』そのものです。ですから、あなたの先の質問への答えはYesであり、Noです。」
 もう驚かない。ここは、古代のこの星の人間が作った巨大なからくりの中だ。さっきの夢も、このベッドに眠ることによって強制的に見させられるのだろう。
「夢、見たよ。大体分かった。」 
俺は起き上がり、ベッドの縁に座った。
「もう一つ、お見せしたいものがあります。こちらへどうぞ。」
と彼女は、部屋の壁の一部を開け、その奥にある薄暗い部屋へ俺を手招いた。

 もうどんなことがあったとしても、俺は絶対に驚かないと思っていた。だけど、俺はその部屋にあるものを見て驚愕した。
 衝撃だった。
 ため息も出なかった。

 その薄暗い部屋には、大きな円筒形のカプセルがたくさん並んでいた。カプセルは金属の台座の上に横向きに寝せて置いてあり、透明なガラス筒部分の左右端を、金属で挟むような感じの造りだ。ちょうどヒューズみたいな形。
 ただヒューズと違って、その中にあるのは、なんと人間だった。彼らは薄緑色の液体の中に裸で漬けられていて、男もいれば女もいた。全員、眠っているように目を閉じて、装置の中でじっとしている。顔には金属のマスクのようなもの、股間には金属のブリーフのような装置をつけられてて、それらは金属のチューブによって、筒の外部につながっているようだった。そして、その頭には・・・ 
「これがクッタか・・・」
思わず口をついた。彼らは一様に、銀色の王冠のような装置を頭につけられていたのだ。
 ラピが言ってたのはコレのことだったのか。
 ここがクッタポッタ=王冠の場所と言われるのは、そういうことだったのか。

 この星の全住民は、ここで生まれるんだ。そして、いろんな場所へ運ばれるんだ。あの集落で見た少女のように。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「私たちの星の、すべての人間の父親になっていただけませんか?」
呆然と立ち尽くす俺に、ロヌーヌがおごそかに言った。 

「・・・嫌だと言ったら、どうなるんだ?」
「あなたはすぐに、元の星の元の時間に送り届けられます。そして、この星での記憶はすべて消去され、あなたが自分の意思で残した日記などの記録や持ち物もすべて処分されます。」

 ・・・そうか、ズモーが言ってた、元の世界に帰る唯一の方法がこれなんだ。ここで元の世界に帰ってもいいし、この星に残ってもいい。ただし、残るなら、このカプセルの中に入るしかないということか。
「カプセルには、どのくらいの期間入ったらいいんだ?」
「一生です。」 

一生!

・・・さらっと言ってくれるぜ。残ったら俺はこのカプセルの中で、死ぬまで精子を生み出し続けなきゃならないのか。

 じゃ、ズモーはなぜあそこにいるんだ?
「来る途中、元ポトロの人間に会った。あれはどうなんだ?」
「彼はなんというか・・・予想外のイレギュラーです。現在調査中で、その原因は分かっていません。ですので、例外中の例外、だとお考えください。」
・・・はぁ。普通は一生カプセルですよ、ってことか。 

「カプセルの中に入ったら、もうあなたの意識は戻りません。肉体が寿命を迎え、生殖細胞の抽出が不可能になったら、あなたの役目は終わります。痛みや苦痛はありません。中に入っている間も、完全に意識がありませんので、夢を見ることもありません。」
とロヌーヌは言った。つまり、入ったら最期なんだ。

 俺は今、死ねと言われてるわけだ。

「あなたはこの旅で、多くの人に会い、豊かな自然に触れ、この星の魅力をすでに十分ご存知だと思います。この星がこのように豊かでバランスのよい状態を保てているのも、あなた方ポトロになっていただける皆さんのおかげなのです。
 ・・・どうか、私たちの星をお助け願えませんか?」
ロヌーヌはすがるような表情でそう言った。この表情や仕草も、ただのコンピューターのプログラムなのは分かってる。でも・・・

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 元の部屋に戻って、俺は大理石のいすにかけて頭を抱えた。その脇に、ロヌーヌが立っている。
「・・・一つ訊いてもいいか?」
「なんなりと。」
「人類が、要は環境破壊とかそういうので、昔一回リセットされたわけだろ?」
「そういうことです。」
「じゃ、なんで神様は人間をもう一回生かすことにしたんだ? 人間以外の生物だけを、この土地に住まわせたらよかったんじゃないのか?」 
彼女は口調を変えずに
「惑星規模の天変地異によって、大陸のほとんどが海中に沈んでしまった、いわゆる大変動のあった時代、当時の有識者たちは、人類がまもなく滅亡することを予見し、その為の準備を、大変動以前から密かに続けていました。
 おかげで人類の一部はかろうじて生き残り、種は絶滅を免れました。
 大自然の大きな流れから言うと、人類の絶滅は、食物連鎖に大きな影響を与えます。ひいては他の生物の絶滅、生命そのものの消滅につながる可能性もあるのです。
 生き残ったわずかな人類はそういう観点から、自らの種を絶やすことなく、かつ自然と共存する最適の方法を模索し、実践することにしたのです。」
淡々と、ロヌーヌが解説してくれた。俺は少し考えてから、
「男と女を、つまり生殖能力を遺伝子操作で排除し、個体数を自ら管理することで、逆に人口過多によって種が絶えるのを防ぐ、ってことか。」
するとロヌーヌは
「性の排除には、もう一つの利点がありました。あなた方の星でも同じことが言えると思いますが、ほとんどの暴力は、性欲に根源を見出すことができます。」
「は?・・・そうなの?」 
俺は驚いて、うなだれていた首を思わずロヌーヌに向けた。
「そうです。人間の性衝動は、何かを溜め込まなくてはいけない、何かを他者から奪わなくてはいけない、他の個体より秀でていなければならないといった競争原理の源となっています。
 これらが消滅することにより、人類は平穏と安定の社会を効率よく形成することができ、また周辺環境を悪化させることなく、調和の取れた生命活動を行い得るのです。
 さらに、当然のことですが、性差による固体の差別化、平たく言うと性差別も消滅しました。」
「ふーん・・・」
 なんだか狐につままれたような話だ。多分、半分も理解できてないと思う。

  「今すぐ結論を、というわけではありません。よくお考えになってください。それまで、この部屋をご自由にお使いください。あなたの必要なものは何でもご用意いたします。ご用の際はひとこと『ロヌーヌ』とお呼び下されば結構です。
 結論が出るまで、何日でもご滞在ください。何ヶ月でも、なんなら一生でも結構です。」
彼女は額の星をキラキラさせながら、首を傾げてみせた。
「はは、コンピューターなのに冗談言うんだ。」
「私はあなたよりずっと長生きですよ。それに脳の大きさも、全高112メートルを誇ります。」
ロヌーヌは微笑みながらそう言うと、すっと消えた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 それから俺はずっと、ベッドに横になって、ただただぼんやりしていた。さっきのロヌーヌの話よりはむしろ、これまでの旅で起こったいろいろなことを考えてた。

最初の集落で見た渡り鳥の群れ。

俺を苦しめたドドロの赤い実。

地面から岩の生えてる草原。

森の中のガイコツ。

バンナバンナの味。

荒れ地の集落での儀式。
・・・あの時植えた種は、どんな花をつけるんだろう。

空を飛ぶサリサも見たな。
あれに乗ってた人は、ここからどこへ向かったんだろう。







 結論、出さなきゃいけないんだろうな。



「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)