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にぼしいわし・いわし似の上司に恋をしてしまいました。

とある編集プロダクションに内定が決まった。正式な入社は来年の4月からなのだが、早く経験を積みたかったので、一足先にアルバイトとして働き始めることになった。

仕事を始めて思ったのは、案件の幅が想像以上に広かったことだ。出版社や企業からの依頼をもとに書籍・雑誌・Webコンテンツなどを制作していくのだが、社内報やフリーペーパーなどの制作も請け負っているようだった。

中でも珍しいと感じた案件は、とあるアイドルグループのファンクラブ会員に向けたコンテンツ制作の依頼だ。企画内容を聞いて驚いた。簡単に言うと、アイドルグループのメンバー達にゲームをしてもらい、その様子を動画に撮ってファンクラブ会員に向けて配信しようというものらしい。編集者という仕事が何でも屋のイメージはあったけれど、「ここまで来るともはやテレビかYouTuberみたいだな」と思った。

遊んでもらうゲームとして採用されたのは、「スリッパリレーゲーム」だ。これは、「全員が横並びになって肩を組み、手は使わずに片足だけでスリッパを受け渡していく。最後の人まで運べたらクリア」という、宴会で定番のゲームらしい。

僕は撮影のリハーサル準備を手伝うことになった。「このゲームがどれくらい難しいものなのかとか、普通のスタッフが挑戦したらどれくらいの時間がかかるのかとか、事前に把握しておきたい」という理由で声をかけられた。僕にはやるべき仕事があったし、「なんか凄いしょうもないことに付き合わされてるな」という感覚はあったけれど、新人なので文句は言わない。

僕たちは靴を脱いで、肩を組んだ。僕は端っこで、右隣には2つ年上の女上司がいる。「にぼしいわし」の「いわし」に似ていて、普段はずっと暗い雰囲気の人だ。「あんまり話した事もないしちょっと気まずいな」と考えているうちに、ゲームスタートの合図があった。

右足でスリッパを拾い、いわしに渡そうとして、気付く。

いわし、めっちゃ楽しそうやん。

聞いたこと無いくらい高い声出すし、足震えてるし。
しかも、いつもメガネをかけているから気付かなかったけど、改めて近くで見るとめちゃくちゃ綺麗な目をしている。

というか、女性の人と肩を組むのなんて小学校の運動会以来だ。
そう考えると急にドキドキしてくるのは、僕がまだ学生だから?

スリッパのアーチは思ったよりも狭い。僕の右足がいわしの左足に強くこすられた時、「一生この会社で働こう」と固く決心した。


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