#月夜
story 月夜〜後編〜
これが観音様だよ
朧げな記憶の彼方で
母が言う
ふくよかな頬に
細い目をした木彫りの像は
泣いているのか
笑っているのか
幼い左伊には
分からなかった
ただ
母のようだと思った
微かに香の匂いがする
ハッとして左伊は
起き上がろうとしたが
背中に猛烈な痛みが走り
思わず声が漏れた
静かに…
すぐ横で気配がした
気配は左伊に触れた
まだ動いてはいけない…
左伊は耐えつつ気配を追った
声の主が
湿った
story 月夜〜前編〜
左伊という男がいた
隠れ里の者で
間者だった
ある時不覚をとり
深手を負った
身を眩ますことはできたが
山沿いの沢まで逃げて
動けなくなった
これまでか…
骸を残してはならない
里の掟があった
私の骸は
いずれ里の者によって
跡形もなく消えだろう…
左伊はできるなら
自ら姿を消したかった
だが
できなかった
この期に及んで…
遠くなっていく意識の端で
必死に何かを掴もうとしている
左伊は沢の流れに
story 月夜〜沙耶編〜
薪を割る音がする
薬草摘みから帰ると
沙耶は庵の裏へとまわった
薪は小気味良い音を立てながら
辺りへと転がっていく
野良着が良く似合うている
沙耶が近づくと
左伊は手を止め
汗を拭いた
目当ての薬草は採れたか
左伊が聞くと
沙耶は籠を傾けて見せた
傷はもう良いのか
あまり無理するな
沙耶が言うと
左伊は腕を回して見せた
この通り
沙耶のお陰だ
穏やかに笑う左伊が
沙耶には眩しく感じられた
これだけ