わたしが苦しむことも、この世界の表現

ずっと、わからなかったことがひとつあった。

この世界は自分の思い通りだし、すべてが可能性として存在している。そして、わたし自身は単線的に時間軸を歩む体験隊として生きている。認識がそのように作用している。認識そのものを疑うこともできるが、時間の進みや歯牙にも掛けない事実が多少変更がなされるだけであり、わたしが固定的な事実だと思っているものがくにゃくにゃと変更されるわけではない。

この世界は、やはりわたしの自我が生成されてきたそのシステムによって構成され続けるのであろうか。それはほとんど自動的に生まれ続け、更新され続けるシステムなのである。嗜好や行動の是非、利害や健康について。生命体として人間として、いくらかのシステム更新を続けるだけなのである。

はたして、ほんとうにそうなのであろうか。


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