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素晴らしいのだから推しには自信を持ってほしい。 自信なさげな推しを前にVtuberの厄介オタ…
どの程度まで推しに人生を捧げたものだろうか。 私はVtuberの厄介オタクをしている者である。…
出会いがあって別れがある。それが応援している存在の旅立ちであり、前向きな理由であればある…
時代柄、Vtuber推しの人類が増えている。しかし、Vtuberのどこに触れ、何を具体的に推してい…
人生が言い訳に塗れたのはいつからだったか。私はVtuberの厄介オタクをしている者であるが、…
私はVtuberの厄介オタクをしている者であるが、推しの最期、つまり死について思いをはせるう…
まだ無名の推しを推す際、いつか主役になって欲しいと祈りを込めたことはないだろうか。私にはある。しかし、これはきっと間違いである。少なくとも、推しは既に主役であった。 では、なぜ推しに主役の座に着くことを期待したのだろうか。半分は単純に知名度や名声の問題であろう。広く周知されて活躍して欲しいという意味で、その業界の主役の座へと昇りつめることへの応援や期待として。もう半分は、自分の主役になって欲しかったのではないだろうか。もっと言えば、私の場合に限ってかもしれないが、自分の
私はVtuberの厄介オタクであり、前回投稿したnoteで「バーチャルかリアルかって重要?」と謳…
バーチャルかリアルかの境目が人それぞれ違う形でどこかには存在し、どちらか一方が取るに足…
私はVtuberの厄介オタクであり、前回投稿したnoteで声豚を自称する知人から声豚でないのにV…
私はVtuberの厄介オタクをしているのだが、声豚を自称する知人から「声豚じゃないのにV推し…
私はVtuberに関する厄介オタクである。もちろん胸を張れるほど立派なオタクであると自負し…
オタク趣味をやっていると、それを起点に知り合う同志のような人達と出会うことがある。しか…