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『日本刀に宿るもの』6


  運命の出会い

 一樹はさらなる手掛かりを求めて、各地の古書店や刀剣展覧会を巡っていた。
 
 その展覧会は東京の大規模な美術館で開催されており、多くの刀剣愛好家たちが訪れていた。古刀から現代刀までの名品を集めた一大イベントである。一樹もその中に混じり、展示されている刀剣の数々を見て回った。

 一樹が現代刀匠の作品が展示されているコーナーに足を踏み入れた瞬間、その場の空気が変わったように感じた。目の前に展示されている一振りの刀は、他の刀とは一線を画した美しさと力強さを放っていた。

 「これは! こんな刀、誰が打ったんだ?!」

 一樹はその刀に見入った。美しい太刀姿に、大ぶりの重花丁子の刃紋が、龍の背びれのように躍動している。人知を超えた自然の力を感じさせるその刃紋は、見ているだけでどこからともなく勇気が湧き起こり、まるでこの刀があれば火星にでも行けると思わせるほどだった。その輝きは、彼の心を捉えて離さなかった。

 その時、楽し気な声がかかった。

 「良いでしょ、それ」

 振り返ると、物静かな紳士が立っていた。その目には優しさと深い叡智が宿っていた。その人物こそ、現代刀の生ける伝説、杉田善昭その人であった。画期的な焼き入れ技術で、斬新な刃紋を焼き、日本刀の歴史に新たな1ページを拓いた人物である。刀鍛冶によくある、職人然とした風体とはまるで違う、学者か芸術家のような佇まいをしている。年齢は60歳を越えているはずだが、青年のような若々しさをたたえていた。

 まさかこの展覧会で、杉田善昭に会うとは!

 「杉田先生ですか? お目にかかれて光栄です。見事な刀です。まるで刃紋が生きているようです」

 一樹が畏まってそう言うと、杉田は我が意を得たりといった表情で、

 「そうです。刃紋に生命力を与えることを、私は常に心掛けています」

 と答えた。杉田の声には、自分の作品に対する誇りと愛情が込められていた。

 一樹は、杉田の作品から受ける感動をうまく言葉にすることができなかった。だが彼は杉田に近づき、もっと彼の作品について知りたいという思いを抑えきれなかった。

 「先生、この刀には何か特別な力が感じられます」

 杉田は微笑みながら頷いた。

 「この刀は、私が精魂込めて作り上げたものです。刀はただの武器ではなく、持ち主の心を映し出す鏡のような存在です。この刀からあなが特別な力を感じるなら、あなた自身がその力を必要としているからでしょう」

 その言葉に、一樹は心から共感した。彼は鬼神丸の影響で心が揺れ動いていた。杉田の言葉がその心の乱れを落ち着かせるようだった。

 「先生、私は今、ある刀のことで悩んでいます。その刀は不吉な力を放っているように感じるのですが、どうすればその力を正しい方向に導くことができるでしょうか?」

 杉田はしばらく考えた後、真剣な表情で答えた。

 「刀は持ち主次第で善にも悪にもなる。どんな名刀でも、それをどう扱うかが重要です。その刀が名刀になるか、妖刀になるかは、持ち主の心の在り方にかかっています」

 一樹は杉田の言葉に深く感銘を受けた。彼は鬼神丸を名刀にするために、自分自身の心の在り方を見つめ直す必要があると感じた。そして、杉田の言葉を胸に刻み、妖刀の謎の解明に挑む決意を固めた。

 「先生、もっとお話を聞かせていただけませんか? 私にはまだまだ多くのことが判りません。先生の教えが必要です」

 杉田はしばらく黙って一樹の顔を見つめた後、柔らかな笑みを浮かべた。

 「良いでしょう。あなたが真剣にその刀と向き合おうとしているのが判ります。私の仕事場に来てください。その時、その刀を見せてもらえますか?」

 一樹はその言葉に深く感謝し、頭を下げた。

 「ありがとうございます、先生。是非伺わせていただきます」

 こうして、一樹は杉田の仕事場を訪れる約束を取り付けた。
 
 杉田の教えを受けることで、一樹は自分自身と鬼神丸に対する理解を深め、妖刀の謎に挑む準備を整えて行くことになる。

続く



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