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『日本刀に宿るもの』1


 この物語はフィクションであり、実在の個人、団体、刀剣とは無関係である。


   あらすじ

 愛刀家である田中一樹は、日本刀の美しさとその歴史に深い敬意を持っている。ある日、刀屋で奇妙なオーラを放つ刀を手に入れ、その刀が彼の心に不吉な感情をもたらすようになる。妖刀の謎の解明に挑む一樹は、伝説の現代刀匠と出会い、名刀とは何かを学ぶことになる。


  刀への愛 

 東京の繁華街から少し離れた街並みに、ひと際目を引く一軒の刀屋があった。想剣堂というその店は、日本刀を専門に扱っており、刀剣愛好家たちの間では有名な場所だった。

 田中一樹はこの店の常連客の一人だった。30代半ばの彼は、幼少期から日本刀に強い興味を持ち続けてきた。祖父から譲り受けた初めての刀を手にした瞬間、一樹の心はその美しさと歴史に魅了され、刀剣収集の道を歩むことになった。

 一樹の部屋には、見事な刀剣コレクションが並んでいた。古刀から現代刀まで、様々な時代と流派の刀が揃っており、それぞれに独自の物語が宿っていた。一樹は、刀を見つめるだけでその時代や作者の思いを感じ取ることができた。

 ある晴れた日の午後、一樹は想剣堂を訪れた。店主の小林は一樹の顔を見ると、笑顔で迎え入れた。

 「田中さん、今日は何か探しているのですか?」

 「いや、特に決まってないけど…、少し覗いてみたくなりましたので」

 一樹は店内をゆっくりと歩きながら、棚に並ぶ刀を眺めていた。その時、店の奥に置かれた一振りの刀が彼の目に留まった。他の刀とは違う、何か特別なオーラを放っているように感じた。

 「これは…! 清磨ですか?」

 身幅が広く切っ先が伸びた豪壮な姿。板目に鍛えられた強い地鉄に叢雲のような刃紋が冴えわたる。棟の切込み傷が実戦経験を物語っていた。

 「それは、ちょっと前に入荷した刀です。鬼神丸信俊。清磨一門です。清磨そっくりでしょ。無銘なら清磨で鑑定書が付きますよ」

 鬼神丸信俊は新々刀期の刀鍛冶。来歴は詳らかではないが、源清磨にも学んだと伝えられており、作風は清磨伝である。幕末の騒乱期に鎚を振るった多くの刀鍛冶の一人だ。

 「だが…、田中さん。この刀は気をつけた方がいいかもしれません」

 「というと?」

 「持ち主に不運をもたらすという噂があるんです。奥さんと別れたとか、破産したとか…」

 一樹は少し考え込んだが、その不吉な雰囲気に逆に魅了されていた。

 「何にでも終わりはあります。それはこの刀と持ち主との縁が切れたということでしょう。僕はこの刀を買います。この刀には何か特別な力を感じるんだ」

 小林は一樹の決意を見て、静かにうなずいた。

 「わかりました。でも、くれぐれも気をつけてください」

 こうして、一樹は鬼神丸信俊の刀を手に入れることになった。

 それ以来、一樹の周囲で小さなトラブルが立て続けに起こり始めた。

続く



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