見出し画像

『日本刀に宿るもの』5


 

  魔境

 一樹が鬼神丸を手に入れてから数か月が過ぎた。彼の周囲で起こる不可解な出来事は増え続け、彼自身の心にも変化が現れ始めた。夜になると、眠れない日々が続き、奇妙な悪夢に悩まされるようになった。夢の中で、彼は刀を振りかざし、何かから逃げ惑う自分を見ていた。

 「この刀、やっぱり手放した方がいいのかな?」

 一樹は自問自答しながらも、鬼神丸の美しさに魅了されていた。彼はこの刀に宿る力の謎を解き明かしたいという思いから、手放すことができなかった。

 そんなある日、一樹は仕事から帰宅すると、自室が荒らされていることに愕然とした。床には散乱した書類や壊れた家具が散らばっており、部屋全体が無惨な状態だった。大切な刀剣コレクションは無事だったが、他の物が無造作に放り出されていた。

 「誰が…こんなことを...!」

 妻の美咲も気づかなかったという。一樹は警察に連絡し、調査が始まった。警察が現場を調べたが、犯人の手がかりは見つからず、事件は未解決のままとなった。この出来事は一樹にとって大きなショックであり、彼の心にさらなる不安を植え付けた。

 「美咲、何か心当たりはないのか?」

 「全くないわ。誰が…こんなことをするなんて…」

 その後も、一樹の周囲で不吉な出来事が続いた。友人や家族との関係も次第に悪化していた。友人たちも一樹の変化に気づき、距離を置くようになった。

 「最近、少し変だよ。何かあったんですか?」

 友人の一人が心配そうに尋ねた。

 「いや、何でもない。ただ…ちょっと疲れてるだけだよ」

 一樹は言葉を濁し、話題を変えたが、その言葉の裏にある孤独感と不安は増していった。家庭でも、妻との会話が減り、些細なことで口論になることが増えた。

 「どうしたの? 最近のあなた、本当におかしいわ」

 美咲の言葉に、一樹は何も答えられなかった。彼の心は次第に追い詰められ、孤立感を深めていった。

 彼の心に巣食う不安と孤独は、鬼神丸の力がもたらしたものなのか、それとも彼自身の内面の問題なのか。一樹はその答えを見つけるために、さらに深く刀の謎に迫ることを決意した。

 一樹は想剣堂の小林に相談することにした。

  想剣堂にて

 「小林さん、この刀には本当に不吉な力が宿っているんじゃないかと思う」

 一樹は重い口調で言った。

 店主の小林は一樹の話を聞き、深く頷いた。

 「田中さん、私もそう思う。この刀が持つ力は普通じゃない。正直言って、私もその刀には手を焼いたことがある。もし希望されるなら、返品に応じますよ」

 一樹はその言葉に一瞬心が揺れたが、すぐに決意を固めた。

 「いや、小林さん。僕はこの刀の持つ不思議な力を解き明かしてみたいんだ。さらに調査を続けるよ。もしかしたら、この刀が持つ歴史や背景に何か手がかりがあるかもしれない」

 小林は一樹の目をじっと見つめ、その中に強い意志を感じ取った。

 「田中さん、あなたの決意は理解しました。でも、この刀には本当に注意が必要です。過去にこの刀を持った人たちの中には、不幸な結末を迎えた方も多いんです」

 一樹は深く息を吸い込んで、言葉を選びながら話し続けた。

 「知っています。でも、僕はその運命を受け入れる覚悟です。この刀の持つ力がどれほど危険であろうと、その謎を解き明かすことで、日本刀の真実に辿り着けるかもしれない。それに賭けたいんです」

 小林は一樹の決意に圧倒されながらも、心配の色を隠せなかった。

 「田中さん、くれぐれも気を付けてください。この刀はただの刀ではありません。その奥に潜む力があなたの人生を大きく変えてしまう可能性があるのです」

一樹は小林の言葉を胸に刻みながら、深く頷いた。

 「ありがとう、小林さん。僕は慎重に進めるつもりです。この刀が持つ力を理解し、その謎を解き明かすことができれば、僕自身も成長できると信じています」

 小林は一樹を見送ると、心の中で祈った。

 「どうか無事でいてくれ、田中さん」

 一樹は想剣堂を後にし、夜の街へと歩み出した。月明かりに照らされた鬼神丸が、一層不気味な輝きを放っているように感じたが、その謎に挑む決意は揺るがなかった。

続く



あなたの貴重な時間をいただき、ありがとうございました。楽しめたら寸志を!