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シネマディクトSの冒険〜シュウハルヤマの映画評論・第四回「1917 命をかけた伝令」

サム・メンデス『1917』

※以下、ストーリーの中核部分が含まれます。

 この世のものとは思えないほど美しい草原でまどろむ二人の若い兵士。そのうちの一人を上官が起こし、もう一人の若い兵士を連れて本部の将軍のところまで案内する。二人は狭い塹壕を抜け、カメラはその姿を途切れることなく追っていく。場面は、草原から草木も生えないような塹壕へと移り、汗と血と死のにおいがたちこめる戦場であることが示される。
本作は宣伝段階で「全編ワンカット」であるとされていた。これが虚偽であることは観ればすぐわかるのであるが(中盤で明らかに暗転する)、問題にしたいのはそのようなことではない。全編ではないにせよ、実際、通常では考えられないほどのスケールでワンカットを試みているのは確かであり、これが驚異的かつ野心的な撮影であることには間違いない(実際、アカデミー賞視覚効果賞を受賞した)。問題は、なぜそのような手法を採用したのか、ということである。

 単純に考えるならば、ワンカットはそれがもたらすリアリティのゆえであろう。前半の二人の冒険譚は確かにワンカット撮影によって緊迫感あるものとなった。それはまるで『コール・オブ・デューティ』や『PUBG』のようなゲームのようだ。サム・メンデスもゲームを参考にしたと述べている。しかし、その流れは中盤になると一変する。狙撃兵との緊迫感ある銃撃戦で主人公は意識を失い、目覚めたときにはすでに夜になっている。彼は何とか這いつくばって目的地を目指そうとする。しかしここからカメラは狙撃兵のいる部屋を通って窓から市街地を見渡す。すると、光と影が急激に変化し、花火なのか火事なのか判別のつかない光が挙がる。まるでファンタジーの世界のような…と思っていると、先ほどまで這いつくばっていた主人公が(胸を撃たれたはずなのに!)全速力で街を走っているのである。その街並とそこで起こる出来事はほとんど一般的な意味のリアリティを欠いている。謎の敵兵に急に撃たれて追いかけられたり、謎の秘密扉から民家に入ったりと、まるで『007』の世界である。

 市街地以降のシーンは、胸を撃たれ瀕死の主人公が見た夢ではないか、とさえ考えていると、主人公は市街地をどうにか切り抜け、クライマックスに至る。カフカ的な塹壕を経て、突撃する兵士たちの間を横断して激走する。恐らく映画史上初めて撮られたのではないかと思われるここでの構図も圧巻であるが、ラストシーンで主人公は木に背をあずけ、何ともいえない顔で正面を見つめる。一時的な休戦とさわやかな風が吹く草原。これはオープニングとある重要な一点を除いて完全に対応しているのであるが、最後に、この映画がサム・メンデスの祖父が語ったストーリーに基づくことが明かされる。要するに、この映画は、祖父が孫に対して「語った」ものであり、「お話」、言ってしまえば「ホラ話」なのである。

 この種明かしを踏まえれば、本作におけるワンカット撮影は、まさに物語が声に出して語られる速度に対応していると考えるべきである。戦場での兵士の話は、まさにその兵士の立場で語られる。この映画の劇的な展開や都合のよさも、まるで寝る前に子どもに読み聞かせる「お話」だと思うと合点がいく。それは無数の人間の口承を経た「面白い話」である。したがって、想起されるべき映画は戦争映画ではなく、ティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』なのである。この映画もまた、ストーリーテラーの父が子どもに対してあることないことを物語として話していたことがストーリーの中核になっていたのであった。

 それゆえ、本作はストーリーがそのうちに含んでいるような戦場のリアルさを追求するためにワンカット撮影を用いたわけではない。むしろ、ホラ話に近いような「物語」のイメージ、言いかえればストーリーが語られていることそれ自体を映像に写し取ろうとした野心的試みなのである。祖父が孫に向かって「1917年…若い二人の兵士が美しい草原でまどろんでいた…」と語りかけているイメージこそ、この映画が表現しているものなのである。イメージはそれ自体で現実だということを改めてこの映画は教えている。

 もっとも、だからといって本作が全くの虚構ということにはならない。うわさや都市伝説が一定の事実が基になっているように、イメージという現実は現実のイメージを基礎に持つからである。『ビッグ・フィッシュ』のラストを想起してほしい。そこでは父のホラ話(だと思っていた話)に登場する人物たちが次々と登場し、父との思い出を語り始めるのである。本作はこの構造を自覚的に取り入れている。本作は、その意味で、近年急激に増えているように思われる「Based on a true story」というメッセージによる安易なアリバイの確保に対する一定の批評性をも持つ一方で、戦争についての安易なイメージ化の危険(『ジョジョ・ラビット』)をも同時に抱えているのである。

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