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リベラルアーツを考える

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リベラルアーツとは何なのか、リベラルアーツで何が得られるのか、なぜリベラルアーツが必要なのか、といった諸々の疑問について考えるための記事を集めています。
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#教養

[質問箱]教養って何ですか?

「教養とは何か」。ホントによく質問されます。わたしは折々に、けっこう思いつきで答えていて、総合すると話がとっ散らかってきたかもしれません。でも、今日も思いつきで答えますね。難しいご質問ゆえ、ご容赦ください(なら、思いつきで答えんなって話ですが)。 教養とは何か。ぱっと想像されるのは、「知識ある人」かもしれません。確かに知識は大切です。でも、たとえばソフトウェア言語のみ無尽蔵に知識がある人を教養人と呼ぶでしょうか。あるいは「〇〇年から製造されているあの新幹線の車両の座席数はい

教養ブームが生む弊害について。教養とは”思いやり”である。

コロナ禍に前後して活況を呈するのが”教養”市場だ。日本人の勉強好きは昔からの特徴だが、社会の不安定化を反映してか、単なる勉強を超えた"教養"という分野が注目を集めている。 たとえば書店の入り口を潜れば、真っ先に教養コーナーが目に飛び込んでくるなんでこともしょっちゅうだ。 そこに並べられている本を見れば 「教養としての地政学」 「教養としての地理」 「一日一ページ、読むだけで身につく世界の教養」 なんて本まである。 先の読めない社会状況が続く中、手軽に、しかし確実に教養を

「教養」の真の理解

この記事は広い緑豊かな庭が見えるゲストハウスで書いている。小旅行気分で貸し切り状態の広いゲストハウスに宿泊することにしたのだ。 以前に雑誌でワーケーション(観光地やリゾート地でテレワーク(リモートワーク)を活用し、働きながら休暇をとる過ごし方)に関する記事を見たが、今まさに自分はそういう環境だ。これなら仕事もはかどるだろうなと思う。 いつもは満員電車の中で立ったまま記事を作成しているので、ゆっくり腰掛けて文章を書けるのは幸せ以上の何物でもない。 そのような緑の中で今日は

育ちが悪い人にも教養はある。

むかし、どうして勉強しなくてはいけないのか?と考えたことがある。 大体の子供は通る道だろう。 当時からパソコンは一通り使えたから、インターネットでも検索してみるなどしていた。 すると、たくさんの答えの中に「いつか役に立つ教養を身に着けるため」というものがあった。 「教養」とは便利な言葉だ。 おそらく「教養」という言葉を使っている本人ですら、「教養とは何ぞや」をうまく言語化することはできないだろう。 なのに、大人たちは「教養は大事」という。 「なんだかよく分からんけど、い

教養の面白さ

先日、金融機関の窓口で手続きお願いしたあとの待ち時間に ふと学資保険のパンフレットを手にとって眺めてたら、 対応して下さった方が今の不安定な情勢と我が家の家族構成に合わせたお金との付き合い方を少しお話してくださいました。 商品推さないんですかwww って思わずツッコんだけど、無茶苦茶誠実でいい人だった… 今回はそれはさておき 話のシメに、まだまだ先が読めぬ物価高を嘆いて 「じっと手を見る」 ってその方ポソっと仰ったんですよね。 そこで「石川啄木さんねー」って返せた私、

今更のリベラルアーツ

リベラルアーツがアツい? パンデミッックで多少下火になった感もありますが、秋田の公立大学法人である国際教養大学の成功で、近年もてはやされているのが国際教養学部などの国際的リベラルアーツ学部です。  留学の必須化やアメリカ式のリベラルアーツ教育が「いいね!」された影響の様ですが、今に始まった話ではありません。  私立では、国際基督教大学がアメリカ式のリベラルアーツの教育を、戦後の開学から伝統的に続けています。  国立では、東京工業大学が戦後

アルテス・リベラレストとは?【リベラルアーツに学ぶ】

こんにちはsomekichiです。 「アルテス・リベラレスト」とは、古代ローマにおいての「技術」の中で2つに大別される「機械的技術」と「自由の諸技術」のうちの「自由の諸技術」のことを指し、後の「リベラル・アーツ」となります。 リベラル・アーツとは、ヨーロッパの大学制度において中世以降、19世紀後半や20世紀まで、「人が持つ必要がある技芸(実践的な知識・学問)の基本」と見なされた自由七科のこと」です。 - wikipediaより 【リベラルアーツの自由七科】 1:文法学

そもそも教養とは?

教養とは何か?改めて今なぜ教養なのでしょうか?激変の時代、先が見えにくい時代において座標軸が不可欠なのです。そしてその軸を与えてくれるものが教養です。また物事の本質を見抜く目、時代を先取りする目は大局観を養うことで生まれてきます。 また日本には「教養人」という言葉があります。アメリカ人や日本人というような使い方ではありません。わかるような、わからないような… 何か釈然としない曖昧な言葉です。例えば難しい字が読める、読書家、芸術や文化などに精通している人を「教養人」と称するかも

考えるための力を手に入れろ。|『リベラルアーツの学び方』 瀬木比呂志

「ああこの人には一生敵わない」と思ったことがある。 イギリス留学中、わたしが夏を過ごした寮には日本人が2人に台湾人とアフリカ人のフラットメイトがいた。 この寮ではそれぞれが個室を持っているのだけれどもキッチンは共有で、そこに置かれたソファに寝転がって朝も夜も一緒に過ごした。大抵は一緒に料理をして、宿題をしたり夜遅くまで語り合ったり、どうでもいいドラマを見たり、当時流行っていたポケモンGOをしたり、ほんとうに楽しかった。 7月のある日、そう、その日も音楽をかけて皆で