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君の放つ冬の星座 第三夜☆(1)

199☆年 霜月、夜


 誰と誰が付き合っている、という根も葉もない噂は相変わらず広がっていた。
「その気が無いならちゃんと断ってあげないと」
 太谷のキャプテンらしい力強い苦言が、ふとすると頭の中で再生する。噂に巻き込まれる僕は、太谷のその言葉が「誤解させる宇都宮が悪いよ」と言う意味なんだと、解釈するようした。
 それでも僕は噂のターゲットにされ続けた。サッカー部の連中は、自主練をせず帰る僕を面白く思っていないのか、全く身に覚えのない噂も多かった。
 そんな折、クラス内で授業中に手紙が回り始めた。
 ノートの切れ端に無造作に文字が記された、適当に畳んだだけの手紙。以前から、女子達の間で小学校の時から流行っていた。
 覧板のような伝達メモだったが、それは主に女子だけの間で回していた。
「男子は見ないでよ!」
 ボス的存在のクラスメイトの女子が威嚇し、男子の机だけを飛ばして回すその軌跡は女子だけの星団ネットワークを描いていた。
 教室の廊下側の席で教科書を静かに眺める️望月は、自分の番に入ってきた紙きれをそっと開くと、興味がなさそうにすぐ次に流していた。
 くだらない噂と遊び。それが、数日前から男子の中でも流行り出した。
「うわ、あいつ胸デケェ!」
「バカ! 声でけぇよ」
 シーッと口を尖らせ黙らせるが、発信者の興奮は冷めそうもない。
「でもあれ、Dカップはあるだろ、たまんねぇよ」
「あるな、絶対あるな」
 体育の時間、男子は隣のクラスと合同で長距離走することになり、校庭までダラダラとクラスの奴らと歩いていた。僕の前で、別グループから盛り上がる声が上がった。
 見れば、グラウンドの真ん中でクラスの女子達が高跳びをしている。マットに向かって全力疾走する女子の胸元は、柔らかそうなまるみが目立っていた。
「宇都宮はどう思う」
 エロい話で盛り上がる中には、サッカー部の米倉がいた。突然振り返り、目敏く僕に絡んでくる。
「……どうって、何が」
「あいつ、Dカップあると思う」
 くだらない。勝手に立てられた噂の時も、米倉がはしゃいでいた。何で僕を巻き込もうとするのか。
「知らないよ、そんなの」
「何だよ、余裕だなぁ」
 また伸びた身長のせいで、僕は小柄な米倉を見下ろしながら返した。
「……何が」
「女にモテる奴は違うねぇ。もうとっくに揉んだことあるって?」
 呆れて何も言う気にならなかった。
 からかいながら米倉は「俺たちとは違うもんな―、はいはい」と言い切るとつまらなそうに僕を睨んで、すぐに離れていった。
(何でそんなこと言われなきゃいけないんだよ)
 言い返せない自分の口が悔しかった。
 米倉はまた同じ質問を別のやつに訊いて回っている。グラウンドの端まで歩き終えてトラックの前に到着すると、クラスの誰かの声が耳に届いた。

「お、望月の番じゃん」
 つられて見ると、高跳びバーに向かって望月が走り始めている。耳朶辺りまで伸びた黒髪は、太陽の下でも光を受けてツヤが輝いてた。天使の輪だ。細く白い足が軽やかに速度を増すと、女子の中でも背の高い望月は目立っていた。
 ショートパンツから伸びる長い脚と、揺れる胸は、それだけでクラスの男子の視線を集めた。
「なぁ、あいつも結構胸あるな」
 誰かが発すると、一部のグループからどっと笑い声が上がった。
 ぞわぞわと腹の底から何かが突き上げてくる。
――やめろ。
 不愉快さに口を開きかけた、その時、 
「おい! そういう目で見るのやめろよ」
 一気にそれを制したのは、体育教師でもリーダー格の女子クラスメイトでもなかった。
 隣のクラスの太谷だった。長距離走のスタート地点にすでにスタンバイしていたらしい、部活の時と遜色のない、キャプテンらしい声が低く響く。
「……ごめん」
 性的な対象としてからかったクラスメイトが押し黙る。波が広がるように男子全員が萎れていくのが分かった。真っ白なスニーカーの両足が白線を踏みしめるようにして仁王立ちしている。静かに、太谷は恫喝した。
 その時、ひそりと呟く誰かの声を、僕の耳は拾った。
「ほら、望月と太谷って幼馴染だから」

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