withコロナ時代の採用ブランディング

「採用ブランディング」と聞いて、一体どのようなもの・ことを思い浮かべるだろうか?

私は様々な企業の採用活動を支援する仕事に従事しているが、ここ数年「採用ブランディングがしたい」という要望をいただくことが増えてきた。人材が競合優位をつくるうえで益々重要な経営資源になっているという変化を肌で感じる。一方で、その手法として「感動できる動画」や「かっこいいサイトを」と続くことも多々あったので(もちろん、動画や採用サイトは重要なブランドコミュニケーションの媒体ではあるのだけれど)、一度採用ブランディングについて、そしてwithコロナ時代における変化について整理してみたい。

【はじめに】

この記事は、私が現在参加している社外講座の課題の一貫として書いたnoteだ。「おすすめ」について書くという課題だが、社会が今こんな状況だからこそ、おすすめしたい「採用ブランディング」の考え方・向き合い方を書くことで、自分なりの貢献ができたらと考えた。
COVID-19の影響で、採用活動の優先順位は多くの企業で下がっている(実際、私のクライアントでも採用活動の延期・停止・縮小を行っている企業がほとんど)。未来への投資ではなく現在を生き延びること・雇用を守ることに重きを置くのは当然だし、企業にとっても働き手にとっても重要なことだ。そんな中ではあるが、「今の状況下でも採用を続けたい」「だからこそ加速させたい」と考えている企業や、現在不安に感じている就活生や中途・アルバイトの求職者の皆さんにとって、いいマッチングが多く生まれるきっかけになれば、とても嬉しい。

【そもそもブランディングとはなにか?】

ブランドとは、言語・視覚的シンボルと想起・イメージの総体と捉えている。例えば同じコーヒーチェーンでも、スタバとドトールと言われて今あなたの頭の中に浮かんだイメージが異なるように。そしてブランディングとは、ターゲットの想起を変容し、マネージする行為だ(ターゲットも環境も変化する時代においては、マネージとは静的な行為ではなく、動的な行為となる)。明確なブランドパーパスのもと、ブランドコミュニケーション・ブランドアクションを通していかにブランドを生き生きと躍動させ、ターゲットの認識・行動を変容させられるかがポイントとなる(横文字の多さよ)。

【採用ブランディングの潮流】

OpenWorkやnote(の退職エントリー)、twitterに象徴されるように、実態(と信じうる)情報がコントロールできない媒体で大量に流通するようになって久しい。それによって採用ブランディングは、旧来の広告・マス・1方向のコミュニケーションをベースとした手法だけでは十分に機能しなくなった。さらに、求職者の価値観も多様化し、マクロレベルでは機能的観点(待遇・サイズ・知名度等)での就業先選択から、情緒的な選択へ移ろいでいる(存在価値、働く意味・意義、得られる物語)ように感じる。そして、労働人口の減少を受け、(直近では経済停滞・後退により有効求人倍率は下がっているが)採用・就職市場のパワーバランスが変わり買い手市場から売り手市場になっており、企業から求職者への主権委譲が進んでいる。
結果として採用ブランディングは、表層的・装飾的なコミュニケーションによるイメージづくりではなく、従業員や求職者の体験価値や働く場としての実態を多面的・複合的にデザインし、従業員・求職者・世の中とのリレーションを構築していく行為へと変容している。言い換えると、採用ブランディングを採用という「点」で捉えるのではなく、採用→オンボーディング→成長→活躍→退職といったエンプロイージャーニー全体・雇用全体という線の概念で捉えるスタンスが不可欠になっている。

【採用ブランディングの効能】

共感・応援されるブランドができると、良い悪いという尺度から、好き嫌いの世界へ移行できる。競走を回避できる。ときには第三者からすると合理的だと思えないが、本人からすると幸福度が高い選択も生まれる。こういった非連続な変化を起こすことができるのがブランディングの効能だ。採用活動における具体的な指標や出来事に言い換えると、「母集団の質向上(LTVが高い従業員の採用)」「自然応募・リファラルが増えることでのコスト削減」「規模・条件面で劣る企業との競走回避や、競走した際の勝率向上」といったことが起こる。
また、採用市場のみならず、株式市場・商品市場との良好な関係にも繋がることも多い(採用ブランディング活動やその結果を通して、時価総額が上がることも珍しくない)

【採用ブランディングのステップ】

採用ブランディングを進めていく一般的な手順の概略を示す。

1) 目的の設定
どんな状態を目指すのか、未来への意志を言語化する。
さらっと書いたが、意外と実践されず、2)の目標設定のみなされるケースが多い。○○名増員。離職率○ポイント削減、eNPSを○にする…等の指標は大事だが、それが達成されるとどのような状態になっているのか、関係者が賛同でき、心からそうなりたいと思えるリアリティのある状態を描けるかどうかで、推進力が変わってくる。現状起きている問題の裏返したり、フラットにToBe(どうありたいのか?)を企業のパーパスやヴィジョン・ミッション・バリューから描くことが多い。個人的には、既にバリュー(行動基準)が定められているのであれば、そこに照らして回復的アプローチ(不足点は何か?)と向上的アプローチ(理想像は?)を取ると、誰もが捉まえやすく、腹落ちするものになることが多い気がしている。

2)目標の設定
その状態が達成できている基準を定量的に置く。

3)採用したい人材の要件・ペルソナの整理
目的に照らし、どういったマインド・スキル・経験を求めるのか。また、そういった人材のインサイトは何か、言語化する。
※採用活動は、通常の販売宣伝活動と違い企業側にも選択権がある(誰でも買えばOKではなく、来てほしい人が動いてくれないとNG)。その点で、ターゲットの概念がとても重要。採用できない・したくない人が応募してきた場合、工数を逼迫するし、仮に採用してしまった場合、戦力にならないばかりが組織のガンになってしまう可能性も、残念ながらある。あくまで相互マッチングというスタンスが不可欠である。

4)現状の優位性(「企業のらしさ」と言われるもの)の整理
冒頭に伝えたとおり、雇用全体で捉えて、求職者に魅力的にうつり、他社との差別化になる要素を整理する。更に、カテゴリーとして採用における4Pで整理することをおすすめする。4PとはPhilosophy(理念・目的)、Profession(仕事・事業)、People(人材・風土)、Privilege(特権・待遇)のことであり、リンクアンドモチベーションが提唱している概念(のはず。最近は様々な企業の資料でも散見する)だが、網羅性・粒感という点で個人的に扱いやすさを感じている。

5)期待する認識変容(before→after)
採用人材に期待する認知気変容を整理する。またこの時設定する言葉は、今後の施策の実施有無を判定する基準になる解像度が良い。また、仮にここで上記変容をもたらすに足るEX(Employee Experience/従業員体験)がない場合は、そこからつくりあげる必要がある。もしスケジュールや予算の理由でそれが許されないのであれば、そもそもの人材要件と認識変容を再調整する必要がある(プロジェクト上、短期・中長期でアジェンダを分けて運用することをおすすめする)。

6)CX(Candidate Experience/候補者体験)をデザインしていく
上記を整理したうえで、実際の採用活動におけるタッチポイントをデザインしていく。

以上が、手順の概略である。時系列のように書いたが、必ずしも一方向的・もしくは1)から始めるわけではなく、途中から始まったり、行き来しながら進めていくことが多い。また、一度デザインして完成するものでは決して無く、状態の検証を頻繁に行いながら、アップデートし続けてくことが必要だ。

【CXデザインにおけるポイント】

手順の最後に書いた、CXデザインについてもう少し詳しく。CXデザインとは、整理した企業の魅力を求職者に実感・納得してもらうために、採用活動における全てのタッチポイントをデザインする行為である。その際、求職者が企業の採用活動への快・不快をジャッジする基準である観点(openness、cost、fairness等)別にデザインしていくことが有効である。
また、「CXをデザインする」とそれっぽくアルファベットを使ったが、採用プロセスをデザインすることと概念的には近い。しかし下記2点においてCandidate Experienceという概念で捕まえたほうが、成功に近づくと考えている。

① “主義”を体質化する
潮流の部分で示したように、採用市場は大きく変化しているため、「求職者中心主義」で全てを捉える必要がある。標榜する企業は多いが、実践できている企業は少ない。
<主語>求職者(↔企業):企業都合ではなく、徹底して求職者視点で設計する。
<対象>体験(↔情報):伝える内容だけでなく、その伝え方、感じられ方を含め5感すべてで設計する。
<範囲>全体(↔部分):切り取った部分でなく、体験の総体として設計する。
「採用プロセス」という言葉だとどうしても、説明会・面接・結果連絡といったファネルで捉えてしまわないだろうか。上記変化を踏まえ、最適なプロセスをデザインするにはこれでは不十分であり、より全体性を意識する必要があるという点で、扱う言葉を変えることをおすすめする。

②生活体験全体で捉える
また、もう一点その「範囲」で意識すべきことは、必ずしも選考活動に限って捉えるべきではないということだ。矛盾するようだが、採用活動の全てのタッチポイントとは、企業から提供する選考活動に留まらない。当たり前だが、求職者は求職者として常に生活しているわけではなく、就活中の学生であれ、転職活動をしている社会人であれ、子育てが一段落しアルバイト探している主婦(主夫)であれ「生活」をしている。むしろ生活者としての時間の方が長い。そのため、採用ブランディングにおいても多分にPR(PR記事やアピールとしてではなく、パブリックリレーションズとしてのPR)の文脈を意識した方がよい。特に「これまでうちに来なかったような人材」を採用したいのであれば、求職者とあなたの会社との距離は遠く、求職者にとっての想起集合に入っていない可能性が大きいので、いかに認知を取ると同時に認知変容を引き起こすかはポイントになる。また、いわゆる不人気業界といわれる企業群についても同様のアプローチは有効である。意思決定において社会的文脈における「反対」が求職者以外の人物から行われやすかったり、そもそもの潜在層を拡大する必要があることが多いためだ。著名な例であるが、ユーグレナ社の「CFO募集、ただし18歳以下」や、10年以上前にGoogleが優秀なエンジニアを獲得するために出した採用広告は、企業のらしさ(ユーグレナはPhilosophy軸、GoogleはProfession軸)をPRの文脈を織り込みながらCXに鮮やかに落とし込んだ例だと思う。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5db8d6b4e4b0bb1ea3711c8d
http://blog.workshop-boys.com/?eid=2

【withコロナ時代の採用ブランディング】

●“after コロナ”までは、まだ先が長い。
まさに今、全世界中で多くの人々がそれぞれの場所、やり方でCOVID-19と戦っている。しかし残念なことに、この戦いは長期戦になりそうだ。企業の採用活動においても、“afterコロナ”ではなく “withコロナ”のスタンスで対応することが懸命だろう。withコロナ時代における採用活動は一体何が変わるのか、何を変えるべきなのか。ベースは変わらずこれまで書いてきた採用ブランディングの考え方・方法論だと感じているが、いくつか採用ブランディングにおいて意識すべき点を書いてみたい。

大々々前提、採用活動に置いてフルリモート環境をまだ整えてない場合は、今直ぐにやったほうが良い。「スカイプとwherebyとZOOMとでどれがいいかな…?」なんて言っている場合ではい。そんなことに悩んでいるなら全て一回試してみるのがいい。というくらい致命的な機会損失をしている(インタビューメーカーがおすすめです)し、感染をしない・させないことへの配慮を“行わない”ことが、ブランド価値毀損に繋がってしまうし、ブランド云々の前に、社会の構成員としての無自覚を感じられてしまう。今回は「説明会や面接をWEBに」以外の2点について言及したい。

●再定義をしよう。
新型コロナがもたらす変化はものすごく大きい。という前提に立つ方がよいと思う。パラダイムシフトが加速する。生きること、働くことの意味付けが変わる人も多いだろう。例えば社会人マナーという面でも、直接訪問・マスクなしが「礼儀・常識」だったのに、今は真逆。常識が非常識になり、非常識・未常識が新常識になる。法人にとってもそれは同様で、企業そのものや商品・サービスについて「withコロナ時代」における価値を再定義することはムダにはならないはずだ。むしろ、採用活動の人材要件や企業の「らしさ」や従業員体験にも大きく影響を及ぼす。ちなみにこの再定義においても、前述の4P軸で整理するとやりやすいかもしれない。

・Philosophy:コロナ時代において、あなたの会社は何者として経済活動を行うか?何を目指すのか?例えばデリバリービジネスやTV電話・チャットビジネスはその社会的意味合いが大きく変動している。

・Profession:事業内容やそれに紐づくジョブはどうだろうか?大きく変わる会社も多いだろう。機械メーカー・飲食店・旅行業等、新型コロナの影響を大きく受けた業界・業態こそ。と思っていたらちきりんさんがまさに近しいことを呟いていた。ここまで大きな変化は起こしづらいにせよ、今回のようなクライシスを念頭に置いた仕事の進め方・業務のデザインが行われるはずだ。それによって獲得できる専門性や成長、やりがいといった要素も変化が起きるだろう。
https://twitter.com/InsideCHIKIRIN/status/1245305126132183040?s=20

・People:フルリモートになったり、出社が必要な職場でも3密を避けるようになったりと、従業員同士の関係性は変わっていく。社風(…というとイメージがぼんやりしてしまうため「判断基準・行動基準」と置き換えるべきだと個人的には捉えているが)に変化はないか?もしくは、コロナの影響で、見えてきた真の姿はないだろうか?

・Privilege:特権・待遇も同様だろう。働き方は中長期的に見てどう変わるか? オフィスや寮・社宅制度等、通勤・出社ありきで魅力づけを行ってきた企業は影響が少なくないはずだ。

上記のような観点の変化を認識する、その上で、働く一員として、また、求職者へ約束するものとして再定義してみる。このプロセスを挟むだけで、目指すべきブランドの方向性が変わってくるし、共感されるブランドへ一歩近づくことができるだろう。

●withコロナ時代のフィルターで再定義したブランドアクションを起こそう。
また、再定義で終わってはいけない。採用活動において失われるものとして、機会・情報の量と幅と質がある(全部ですね)。説明会や面談・面接といったそもそもの接点量は減るし、仮に接点が持てたとしても、オンラインコミュニケーションはやはり対面よりも情報量が劣る。また、個人に最適化されたデジタルなオンライン世界では想定外や偶然の出会いが減る。目的のない何気ない会話で出てきた友人のおすすめ企業や仕事、合同説明会でたまたま座ったブース、街中でたまたま見つけた広告…等、求職者が意図していなかった情報は減る(これが「幅」の話)。デジタルでの合同説明会といった試みも行われているが、受け手のスタンスや受け手との関連性が落ちるため、前述したこれまでの偶然の出会いほど能動的なきっかけづくりにはなりえないだろう。質については、感動機会と言い換えるとよりイメージが湧くかも知れない。よく採用に携わる人は「口説く」という表現を使うが、例えば男性が女性を口説く際に、対面とオンラインとで、どちらが成功確率が高いだろうか?ということだ(蛇足だが、近い将来、そういった常識も覆されるのかも知れないが)。

だからこそ、オンラインでの発信機会を増やしたほうがいい。オウンドメディア・SNS、媒体は問わず(というか欲しい人材により異なるが)、その減った量・幅・質を担保しにいこう。その際、よりレバレッジが効くと考えているのが、withコロナ時代に即したブランドアクションだ。つまり、世の中を前に進める行動を起こそうということだ(それが結果的にオンラインで伝播する)。前述の4Pの変容を踏まえたアクションだと尚、ブランドに直結する。

 アパホテルは、医療従事者の宿泊代を半額にした。軽症者や無症状の方を全面的に受け入れるようにした。「アパには絶対泊まりたくない」といった心無いtweetをする人もいたが、求職者のアパホテルへの見方は、宿泊者が減り困っているただのホテルチェーンとは一線を画すだろう。「社会の役に立ちたい」というこれまでにない志望者が集まるかもしれない。

 ドミノ・ピザは第1四半期に5200人を採用する計画を発表した。デリバリー需要増に伴う方針だという。ここで例えばピザ販売において通常行っている「2枚目無料」キャンペーンを「2人目無料」に変えてみる(これは私が設定した架空の話だ)。注文の際、自分の家だけでなく、友人・知人・家族の家に対しても注文すると、その2人目が無料になるシステムだ(配送料が倍になるので無料は現実的ではないという話は置いておいて。)ZOOM飲みに象徴されるオンライン飲み会を奨励し、その時間をより共有性の高いものにする。ZOOMの画面越しに同じピザを食べながら話したら、より豊かな時間になるかも知れない。コロナによって分断された世界が、一歩近づくかも知れない。このアクションも、世の中・企業に対するその企業に対する認識・関係性を変える(ピザデリバリーの会社から、ピザを通して分断した社会を繋げる会社…といったら大げさだろうか?)という意味で有効だろう。デリバリービジネスを行っている他社との差別化に繋がり、ロイヤリティが高い方が応募してくれるかもしれない。

 また、ブランドアクションは、必ずしも上記のような会社全体を巻き込むものでなくとも構わない。例えば内定付与時のコミュニケーション。今年度はおそらく採用活動が大幅に停滞・遅延し、どの企業も接触量が減る。そのため、内定付与者にいかに首を縦に振ってもらうか、承諾してもらうかが成否に更に影響し、ともすると囲い込み傾向が強まるかもしれない。
ここで「早く決めてほしい。1週間しか待てない」と圧を掛けるのではなく、仮に躊躇する方がいれば「もしかするとコロナの影響で十分に納得の行く就職・転職活動ができていないかもしれない。こんなときだからこそ、納得の行く活動・判断をしてほしい。私達はあと半年待つので。」といったコミュニケーションが取れたら、その求職者はもちろん、その求職者が書く口コミも、ポジティブなものになるだろう。あなたの会社が「従業員1人ひとりの意志を大切にする」といったPhilsophyを売りにしているならなおさらだ。このように、withコロナ時代の求職者の心情・世の中の文脈を捉えてコミュニケーションを行っていくことも、有効なアクションになりうる。


以上、採用ブランディングについての基本的な考えと、withコロナ時代における変化・対応について(フルリモート化と合わせて)再定義とブランドアクションについての話をした。まだまだ自分自身仮説の域を出ないし、これからも多分にピボットしながら進んでいくと思うが、世界的に胸が痛む状況・ニュースが多い状況だからこそ、withコロナ時代を、企業や求職者の未来をつくる「採用」という視点から、少しでも前向きな変化の機会に変えていけたら嬉しい。

※この記事はGO FIGHT CLUB の課題として書いたものです。

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