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怒涛渦巻く深夜のレスキュー

毎年、台風が近づくこの時期が来ると
昨日のことのように思い出すことがある
 
~ DEAR ボクのヒーロー達へ ~
 

書き出しに、こう綴られたハガキは
今も、大切にしまってある
 
もし、あなた達がヘリで来てくれなければ
私は死んでいたに違いありません
・・・
 
かれこれ、25年以上も昔の話だ・・・
 
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
 
その年の6月
季節外れの大型台風が西日本を直撃した
 
雨は収まりつつあったものの
吹き返しの風が強く吹いていた
 
夕食を済ませた丁度そのとき
職場から呼び出しの連絡を受けた
 
出勤すると
和歌山県潮岬の沖合

海上保安庁の飛行機が
漂流中の救命ボートを発見したが
その後、見失ったという
 
現場には、ヘリコプターを搭載した
巡視船「みずほ」が向かっていたが
 
あまりにも海が荒れているので
巡視船に搭載している
ヘリコプターが発進できずにいた
 
そのため、要請を受けた私たちの飛行隊が
地上の基地からヘリコプターを発進させ
行方不明の救命ボートを再捜索し
遭難者を救助することになった
 
辺りは、夜のとばりに包まれて
目視での捜索も限界に近づいていた
 
当時、私は20代後半
飛行隊では最も若手の機長だった

既に2機のヘリが現場に向かっており
私は3機目の機長として
飛行隊で待機することになった
 
副操縦士は
私より3つ若い20代半ばの後輩
キャビン・クルーとして
ベテラン2名が乗務する

辺りもすっかり暗くなった午後8時頃
先行した2機はボートを発見できず
現場を離れて基地に戻ることになった

写真はイメージ

その後、「みずほ」が
遭難者を乗せたボートを発見した
 
既に帰還中の2機のヘリは
燃料切れの恐れもあるので
現場に引き返す訳にはいかない
 
「みずほ」搭載のヘリコプターも
やはり船体の動揺が激しくて
発進できずにいた

そのため、基地でスタンバイしていた
私のチームに発進の命が下った
 
午後11時45分、テイクオフ
 
10数トンの巨体が、ふわりと宙に浮かぶ
そして台風の余波が残る
漆黒の大海原へと舵を切った
 
時速220キロで飛んでも
現場まで1時間かかる
 
やがて「みずほ」の位置を
レーダーで捕捉し
無線機を通して連絡を取る

写真はイメージ

現場の風は時速100キロ
波高8メートル ・・・
 
巡視船からのヘリの発進はおろか
ボートへの接近すら難しい状況
そのことが容易に想像できた
 
おまけに、この日は
月明りのない暗夜
最悪の環境条件だ
 
自分達にこのミッションは
成し遂げられるのか ・・・


一瞬、そういうことが脳裏をよぎった
しかし、ここは覚悟を決めるしかない
 
現場の状況をみて
救助の可否を判断する
 

私は副操縦士とクルーにそう言って
指令センターにも無線でそう伝えた
 
日付も変わった午前1時前
現場に到着、巡視船「みずほ」と合流した
 
「みずほ」は
遭難者が乗る救命ボートを
探照灯で照らしてくれていた

写真はイメージ

私は一度、救命ボートの上空を通過し
近傍に発光弾を投下した
 
進入開始
 
そう宣言して、大きく旋回
 
バーティゴ(空間識失調)に陥らないよう
計器盤の指示を頼りに高度を下げる
 
機体は、何も見えない漆黒の暗闇の中に
どんどん吸い込まれていく
まさに背筋が凍る思いだ・・・

写真はイメージ

ようやく、サーチライトの明かりが
海面に届き始めた
 
しかし、そこに映し出された海面模様は
私の想像をはるかに凌ぐものだった
 
波高8メートル
それは3階建のビルの高さに匹敵する

 
コクピットの若手2人は
怒涛のように寄せては返す
巨大なうねりに翻弄された

写真はイメージ

ピーッ、ピーッ、ピーッ、
 
大波が近づくたびに
海面への異常接近を警告する
不気味なアラーム音が
コクピット内に響き渡る
 
万一、波に呑まれそうになったら
即座に離脱できるように構えながら
何とか、やや高めの高度で
ホバリング(空中静止)に移行できた
 
救命ボートからは
2人が救助を求めていた
 
しかし、荒れ狂う嵐の大海原を
木の葉のように舞う救命ボートは
再び見失う恐れと、転覆の恐れがあった
 
これは一刻を争う ・・・
 
ここまで来て、私の頭の中には
「助けずに引き返す」という
選択肢はなかった
 
即座に、クルーに対しウィンチで
引き上げるよう指示した

写真はイメージ

すると、不意にクルーから
必要ならば、海に降ります!
と言われた
 
ベテラン・クルーのプロ根性には
頭の下がる思いだったが
コクピットの2人は
機体を安定させるだけで
精一杯の状況
 
クルー1人を海に降ろしたら
もう1人のクルーだけで
救助しなければならなくなる

それに、要救助者は成人男性2人で
未だ体力は残っているように見えた
 
2人には自力で上がってもらうしかない
 

私はクルーの降下救助を認めず
サバイバースリングでの救助を指示した
 
それからおよそ15分
4人の格闘が続いた
 
ようやく1人目を機内に引き上げ
2人目の救助を指示しようとしたとき
私たちは救命ボートを見失っていた

写真はイメージ

「みずほ」も、近傍に留まり
救命ボートを照らしてくれていたが
あっという間に波間に消えてしまった

必ず近くにいる!
しっかり探すんだ!

 
私の口調も、次第に厳しくなっていった
 
しばらく経ってから
少し離れたところで
木の葉のように舞っている
救命ボートを見つけた
 
それからまた
2人目を救助するまで更に15分
その時間が、とても長く感じられた
 
その後、無事に2人目を引き上げ
上昇しながら現場を離れた

写真はイメージ

帰りは向かい風になるので
基地まで2時間はかかる
 
6月とはいえ、荒海に濡れて寒かろう
 
キャビンの暖房を入れて
クルーに容体を確認させた
 
健康状態に問題はなさそうだったが
予想外だったのは
彼らは外国人だったこと

 
しかも、何があって彼らは
漂流することになったのか
 
指令センターや「みずほ」も
そのことについて
しきりに聞きたがっていた
 
他に要救助者は居ないのか
別のヘリを発進させる必要はないのか、と

写真はイメージ

ヘリコプターの中は
会話もままならないほどの
騒音に包まれている
 
クルーにメモを渡して質問させたり
ヘッドホンを付けさせて
直接話をしたりして
 
ようやく遭難者は
彼ら2人だけであることが判明した
 
約2週間前にグアムを出港し
日本に向かっていたところ
 
折しも台風による荒天でヨットが転覆
丸一日、嵐の波間を漂っていたという
 
午前3時半、無事に基地に着陸

写真はイメージ

救急車に迎え入れられる2人は
やはり疲労困憊している様子だった
 
おもむろに、1人が私に向かって
ガッツポーズをしてみせた
 
私は大丈夫、ありがとう
きっとそう伝えたかったに違いない
 
ミッション完了
 
私たち4人は
飛行隊で歓喜をもって称えられ
後日、この救出劇は
地元紙やニュースでも取り上げられ
海上保安庁長官から感謝状をいただいた
 
ヘリコプターでしか成し得ない
この仕事に、大きな誇りを感じた
 
ガッツポーズを見せてくれた方は
後日、日本人の女性と結婚し
やがて可愛らしいお嬢さんを授かった

しばらく文通が続いたが
その後、どうなっただろうか
あの子も成人し、きっと何処かで
幸せに暮らしているに違いない・・・
 
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怒涛渦巻く深夜の荒海で
共に闘った巡視船「みずほ」
その船上で歌われた B'z の OCEAN は
私のお気に入りの楽曲のひとつ

公安系の職域で共通して言えることは
 
リスクは
回避するものではなく
克服するもの
 
という考え方
 
我々がリスクを回避して諦めたら
助かるものもの助からない
 
リスクを克服するために
日々、あらゆる努力を惜しまない
 
それが、この職域の誇りであり
プロ意識なのであろう

🌱 次世代を担うヒーロー達へ 🌱
 
📌 目的意識

「何になりたいか」ではなく
「何がしたいのか」を大切に
 
パイロット、医者、外交官・・・
 
肩書は目的ではなく手段であり
その肩書を使って、何を成したいのか
それによって、その人の真価が決まる

📌 覚悟を決めること
自らが率先して決断し
そして結果については
すべて自分が責めを負う
 
そういう覚悟を決めて
腹をくくれば
何事も道は拓ける
 
📌 あきらめの悪さ
自分は本当に最善を尽くしているのか
日々、ただその一点だけを問い続けよ
 
ダメだと思ったとしても
何度もしつこく食い下がる
そういう、あきらめの悪さが
成長への原動力となる

映画「トップガン・マーベリック」

映画「トップガン・マーベリック」で
主人公ピート・ミッチェルが語った

"Don't think, just do.” とは
 
考えなくても
自然に身体が動くようになるまで
徹底的に技を磨くということ

そうすることで
「絶望を希望に変える」ちから
というものを養うことができる

映画「The Guardian」

老兵は去るのみだ
過ぎ去りし栄光に胡坐をかくことなく
これからも眼下の道を真摯に歩み続けよう
 
リアリズムが支配するこの世界で
果敢にリスクと闘い
そして野に海に散っていった
幾多の同士たちへの熱き想いを胸に

*追記しました。