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航空燃料の将来について

11月14日、全日空(ANA)はグリーン・ジェット2号機(B-787)を就航させ、ANAの国内線としては初めて持続可能な航空燃料SAF:Sustainable Aviation Fuel)を使用しました。

SAFは、動植物や廃棄物由来のバイオジェット燃料のことで、持続可能な開発目標SDGs:Sustainable Development Goals)(注1)  にも寄与する次世代クリーン・エネルギーとして注目されています。
 
(注1) 2015年9月の国連総会で採択された、持続可能な開発のための17項の国際目標で、その中に気候変動対策(Climate Action)や、クリーン・エネルギー(Affordable and Clean Energy)といった項目が掲げられている
 
ANAのグリーン・ジェットは、持続可能性(Sustainability)をテーマにした特別機で、10月5日のサンフランシスコ便(同じくB-787)がANAとして初の国際線となっていました。
 
今回は、地球温暖化という世界的課題に取り組む航空業界の動向についてお話します。
 
1 SAF導入に係る背景
2020年10月、政府は2050年までに二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出をゼロにするカーボン・ニュートラル (注2) を目指すことを宣言。そのためのGX(グリーン・トランスフォーメーション)が、あらゆる職種・業界で重要課題となりつつあります。
 
背景には、地球規模で平均気温が上昇し続け、これまで経験したことのないような豪雨災害や、異常気象による農作物被害などが発生していることへの危機感があります。
 
(注2) 温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること、すなわち「低」炭素ではなく「脱」炭素を意味

日本の年平均気温偏差(気象庁HP)

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によれば、10年に1度発生するような猛暑は、地球の平均表面温度(GMST)が、1850~1900年の産業革命以前の温度と比べて+1.5℃の場合は4.1回のところ、+2.0℃の場合は5.6回に、更に+4.0℃になると9.4回にまで増大するそうです。

温暖化で増える極端な気象(asahi.com)

このGMSTは、現時点で既に+1.0℃に上昇しており、温暖化が臨界点に達して、地球環境が不可逆的な連鎖反応を引き起こして後戻りできなくなることが懸念されています。
 
現在のところ、この臨界点が何℃なのかは明確ではないようですが、不可逆的な連鎖反応の可能性については、多くの気象学者等が指摘しているところです。
 
2 国際社会の動向
2021年11月にイギリスのグラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議(COP26)(注3)では、2015年のパリ協定で掲げられた気温上昇+1.5℃以下 (注4) の目標に向けて努力するグラスゴー気候合意(Glasgow Climate Pact)が採択されました(197か国・地域が合意)。
 
(注3) "The 26th session of the Conference of the Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change"の略
 
(注4) 当初は、目標値を+2.0℃以下に設定されていたが、甚大な悪影響への懸念から+1.5℃以下に改められた

世界平均気温の変化と1.5℃目標の関係
IPCC SR1.5 FAQ1.2

こうして、世界が+1.5℃以下に向けて取り組むことになり、(2031年末までの)10年が決定的に重要であることや、CO2排出量を世界全体で2030年までに2010年比で45%まで削減し、2050年にはネット・ゼロ(排出量から吸収量や除去量を差し引いた値をゼロにすること)を目指すことが確認されました。
 
これを受けて、日本はどのように取り組もうとしているのでしょうか。
 
3 日本の現状と取り組み
新型コロナ流行前の2019年度、日本のCO2排出量(11億800万トン)のうち運輸部門からの排出量(2億600万トン)は18.6%を占め、そのうち、5.1%は航空機によるものでした。

運輸部門におけるCO2排出量(国土交通省HP)

日本全体に占める割合はわずか0.09%にも満たない計算ですが、世界全体のでは約2%になります。
 
また、1km移動時の1人あたりのCO2排出量をは下表のとおりであり、航空機は比較的上位になります。
 
そのため、欧州では「飛び恥」(Flight Shame)という言葉が生まれるほど、CO2排出量の多い航空機の利用は恥ずかしいと考える人たちが増え始め、航空業界では、クリーン・エネルギーによるフライトが現実的な課題となりました。

旅客輸送量当たりのCO2排出量(国土交通省HP)

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、2050年カーボン・ニュートラルに向けて、2020年度の補正予算で2兆円のグリーン・イノベーション基金を設立。経営課題として取り組む企業等に対し研究開発費用などの支援を開始しています。
 
そのような中、2021年3月以降、国土交通省は「航空機運航分野におけるCO2削減に関する検討会」を重ね、2030年に国内航空会社が使用するジェット燃料の1割をSAFに置き換える方針を示しました。
 
☞ 航空分野におけるCO2削減の取組状況(国交省)
 
4 航空業界の取り組み
背景には、2016年に国際民間航空機関(ICAO)が、2021年以降はCO2排出量の増加を伴わない国際航空の成長スキームCORSIA:Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)を採択したことがあります(2021年以降、88か国でCORSIAの運用を開始)。

国際航空のCO2排出予測と削減目標のイメージ
炭素市場エクスプレスHP

最初に動いたのは米ユナイテッド航空でした。2021年12月、同社は片方のエンジンにSAFを100%搭載した世界初のデモ・フライトを行いました。
 
また、欧米の主要航空産業も開発に乗り出しており、ボーイングは、2030年までに混合率100%のSAFで飛行可能な機体開発を、エアバスは、2035年までに水素燃料および燃料電池を活用したゼロ・エミッション航空機の商用化を、それぞれ目指しています。
 
更に、本年の11月18日には英空軍(RAF)の輸送機が、SAFを100%使用した軍用機初のデモ・フライトを行っており、CO2排出削減の取り組みは、商用機のみならず軍用機 (注5) にも拡大しつつあります。

(注5) 軍用機の中でも、高性能のジェット・エンジンを搭載する戦闘機の機動力に影響しないかは未知数
 
一方、日本国内では、ANAなどの大手が世界の航空業界で使用される燃料に占めるSAFの割合を2030年までに10%へ増加させる共同体「Clean Skies for Tomorrow Coalition」に参画し、SAF導入に向けた取り組みを本格化させています。

最近の国内航空各社の取り組み状況
(Created by ISSA)

加えて、主要空港でもエコ・エアポートなど、SAFの誘致に向けた取り組みが始まっています。
 
5 今後の見通し
このように、国内外の航空業界では、徐々にではあるものの、着実にSAFの定着化に向けた取り組みを進展させつつあります。
 
SAFを、その名のとおり持続可能な航空燃料とするには、その品質もさることながら、生産性、利便性、コスト及び価格などの面で安定化させる必要があり、まだ先は見通せない状況ですが、官民一体での取り組みによって実現できる可能性は十分にあると思います。

航空業界は、ここ数年の新型コロナの流行によって低迷気味ですが、回復の兆しも見え始めており、特に、航空需要の拡大が見込まれるアジア圏のSAF市場は、2050年に約22兆円に成長するとの試算もあるようです。
 
なお、航空燃料は、最も厳しい品質が求められる燃料であり、航空業界でクリーン・エネルギーが定着することは、必然的に船舶や鉄道、自動車など、他の交通手段や施設・設備にも広がることを意味しています。
 
すなわち、あらゆる職種・業界においては、先ず、航空業界こそがクリーンな世界の実現に向けた「ファースト・ペンギン」になることが求められているのであり、航空業界で働く方々には、今後、益々「環境意識」というものが問われるようになるでしょう。

Honeywell

6 懸案・課題など
(1) 安全運航に及ぼす影響
航空各社では「先ず、安全性。次に、定時性・快適性・効率性にも配慮」といった運航方針が規定されていると思いますが、環境意識の高まりは、このうち効率性(=CO2排出量削減)配慮への比重が高まることを意味します。
 
特に、SAFに完全移行するまでの過渡期においては、こうした効率性配慮の意識が、安全運航への健全な判断に影響しないとも限りません。
 
ですので、管理者側は過度にCO2排出量削減をパイロットに求めないように注意するとともに、引き続き、安全運航が大前提であることを徹底する必要があります。
 
一方、地上においてはSAF取扱業者、専用貯蔵タンク、専用給油車及び専用ノズル等の施設・器材から、火災発生時に使用する消火剤の成分変更に至るまで、安全性や適合性という観点からの再確認が必要です。
 
過渡期において1ミリたりとも安全運航を損なわないよう、官民一体となってSAF移行に伴う安全上のリスクについて総点検し、有効な安全対策について先手を打っていくことが、航空業界全体の懸案・課題ではないかと考えます。
 
SAF移行に係る専門家チームのようなものを各レベルで導入し、ひとつひとつ客観的に点検させていくのも、対策のひとつかもしれません。 

(2) 安全保障環境に及ぼす影響
余談ですが、急激な脱炭素社会への移行は、世界のパワーバランスに変化をもたらし、安全保障環境を変えてしまうリスクもはらんでいます。
 
特に、資源小国の間で自国産SAFへの依存が高まれば、それは産油国へのエネルギー依存からの脱却を意味し、いよいよ現実味を帯びてきたなら、これまで石油利権にどっぷり浸かってきた国家・組織による激しい抵抗に遭うことが考えられます。
 
更に、各国の国際航空/海上交通路や交通量が大きく変わることによって、そこに弱点を抱えていた(或いは、利点を見出していた)国々が、それぞれ安全保障戦略を見直すこととなり、その中で予想もしなかった新たな確執が生まれる可能性もあります。
 
実際に、ロシアは天然ガスなどのエネルギー供給を盾に、欧州各国やウクライナに揺さぶりをかけています。また、中東の産油国は、新型コロナに伴う石油需要を見据えて供給量を増減させおり、各国の経済や暮らしに影響を及ぼしています。
 
急激で世界的なエネルギー・シフトは、既存の国際秩序を不安定化させる恐れがあり、これを新たな現状変更の好機ととらえる勢力が現れる可能性があるということを、念頭に置いておく必要があるでしょう。
 
おわりに
環境問題ほど、地球市民(Cosmopolitan)的な観点を必要とする問題はないと思います。
 
世界に目を向ければ、人類はいつも目先の損得にとらわれ、争い、奪い合い、傲慢で身勝手であり続けてきました。
 
このままだと、この世界はいずれ破滅することは必至であり、持続不可能(Unsustainable)と言わざるを得ません。
 
持続可能性に係る本質的な問題点は、そこ(人の傲慢さや身勝手さ)にあるのではないでしょうか。
 
文明の持続可能性についてはこちら☟

他方、日本を顧みれば、先述のように航空機よりも自動車こそが最大のCO2排出要因です。「飛び恥」以前の問題として、先ず、私たち一人一人が「ドリ恥」(Drive Shame)の感覚を高める必要があります。
 
コンビニの駐車場などで、不必要にエンジンを回し続けている車をよく見かけますが、アイドリング・ストップ等、小さなことを積み重ねていけば、将来はずいぶん変わると思います。 
 
古来、日本人は他者を思い遣り、質素倹約に努め、有り難さや感謝の気持ちを大切にしてきた。
 
今の日本人が忘れかけている、これら日本古来の文化風習こそが、まさに持続可能な世界を作るための「お手本」そのもの。
 
そのことを思い出し、傲慢さや身勝手さを強く戒め、地球市民としての意識を高めていかなければ、本質的な改善には繋がらないと思います。
 
地球が持続可能か、そうではなくなるのか。今がその分岐点なのです。次世代のためにクリーンな社会を残す。そのために、今、行動を起こすことが、私たち世代の責務ではないでしょうか。

持続可能性に係る根源的な問題は
一人一人の環境意識にある