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航空事故の原因を探る

1月2日 (火) の午後6時前、千歳発羽田行のJAL516(以下「JAL機」)と、物資輸送のため新潟空港に向かおうとしていたJA722A(以下「海保機」)が、羽田空港C滑走路上で衝突。両機は爆発炎上し、海保機の乗員5名が死亡しました。

(読売オンライン)

1 判明した状況
関係する主要アクターと、これまでに判明していることは次のとおりです。

① JAL機:管制官から着陸許可、衝突の直前まで海保機に気づかず
② 海保機:管制官から離陸許可(と誤認)、衝突までJAL機に気づかず
③ 管制官:JAL機に着陸許可、海保機には滑走路手前の停止線まで移動を許可、衝突まで海保機の滑走路への無許可進入に気づかず

2 第1印象
航空従事者が一様に抱く疑念は「海保機は、何故、安易に滑走路に入ったのか」ということ。

そして「各アクターは、何故、誰も衝突するまで気づけなかったのか」という、この2点です。

航空法では、次のような規定があります。

着陸のため最終進入の経路にある航空機及び着陸操作を行なっている航空機は、飛行中の航空機、地上又は水上において運航中の航空機に対して進路権を有する。

航空法施行規則第183条

つまり、「着陸進入中の航空機が最優先」というのが原理原則としてあります(その上で、状況に応じた航空管制)。

各アクターはいずれも羽田空港を拠点とし、「羽田に不慣れ」ではないはずです。

夜間ではあったものの、視程障害などの悪天候もなく、海保機が復唱による相互確認と、目視による安全確認という基本を徹底していれば、着陸進入中のJAL機に気づいて衝突を回避できてたはず、という思いが残ります。

よって、先ず海保機に何らかの特異な状況(専門用語で「スレット」といいます)が積み重なり、その上でJAL機と管制官にも副次的な要因が加わったものと推測されます。

Threat and Error Management

3 事故原因と論点
では、海保機におけるスレットとは何か。エビデンスが少ないため現段階では憶測の域は超えませんが、航空安全の基本である「m-SHELLモデル」を用いて海保機を中心にスレツトを探ってみたいと思います。

m-SHELLモデル

(1) 管理面(m:management)
海保機は、管理者側から不必要なプレッシャーをかけられたり、長時間労働を強いられていなかったか。

海保は現状、少ない人数で広範な業務に対応しなければなりません。やっとのことで正月休みが取れた職員も少なくないはず。

そのような中で、慌ただしく出動を余儀なくされ、それが、航空従事者としての健全な判断力や集中力に悪影響を及ぼしていたのではないか、ということです。

ボンバルディア DHC-8-300
(Fly Team)

実際、海保機は滑走路の途中から上がろうとしていました。

通常であれば、離陸時のエンジン故障等による二次災害を考慮し、滑走路の末端まで行って離陸しますが、C5から滑走路に入った海保機には、そういった「リスクを差し置いてでも、一刻も早く離陸したい」との判断を後押しする何かがあったと考えられます。

海保機が運ぼうとしていた物資とは何だったのか。そもそも、羽田から新潟まで「海保機で」輸送しなければならなかったのか。

その辺りも含めて、事故調査の焦点になってくるでしょう。

(2) 規則面(S:Software)
これまでの運航実績に鑑みれば、各アクターの現行規則や手順書等は洗練されたものであり、問題はなさそうです。

ただ、私が当初から気になっているのは、管制官が使用した「最初の出発機」を意味する「No.1」という用語です。

羽田空港管制塔
(Fly Team)

航空管制では、人によって解釈に幅を生じるような用語の使用は回避すべきです。
 
「No.1」と言われると、「1番目に離陸して良い」という誤認を招く恐れがあるので、「Priority(最優先)」など、別の用語を検討した方が良いと思います。

もちろん、最終的に「離陸許可」が出ることで初めて離陸が可能になるのですが、何らかのプレッシャーやストレス、疲労、非日常などの一定の条件が揃うと、人はいとも簡単に錯誤を起こすものなのです。

(3) 機材面(H:Hardware)
飛行場や航空機の灯火や無線機などの機材面に問題はなさそうです。

ただ、海保機の機長を含む乗員全員が、機内の何かに一点集中する状況が起こった可能性が考えられます。

一刻も早く離陸したいのであれば、ローリング・テイクオフ(滑走路上に停止することなく、そのまま離陸滑走を開始)すれば良かったのですが、滑走路上で40秒近く留まっていた状況からすると、目的と行動が一致せず、そこに違和感を覚えます。

一刻も早い離陸というタイム・プレッシャーを感じる一方で、手順ミス、或いは機材又は積み荷にトラブルが生じ、そのリカバリーに全乗員が集中してしまい、安全確認が疎かになった可能性があります。

その辺りを解明するためにも、ボイス・レコーダーやフライトデータ・レコーダー(FDR)の解析が待たれるところです。

(4) 環境面(E:Environment)
当日の風向風速、視界、その他の気象現象に問題はなさそうですが、夜間であったことで互いの現認性が低下したことは否めません。

逆に、夜間であるがゆえに海保機が着陸進入経路にしっかり目を向けて確認しておけば、煌々と着陸灯を照らながら降りてくるJAL機の存在は視認できたのでは、と思います。

また、これは大変、厳しい言い方になるかもしれませんが、JAL機も管制官も「本当に、滑走路上に障害物はないか」という疑いの目をもって滑走路を見ていたのか、ということもあります。

何度も何度も離発着を繰り返していると「滑走路に障害物があるはずがない」というマンネリに陥ります。

「本当に障害物を見つけるつもり」で見ていないと、万に一つの危険を見逃すこともあるのです。

JAL Airbus A350-900
(JALホームページ)

(5) 当事者(L:Lveware)
パイロットは平素から心身を万全に整えているものです。それが年始の休暇で、年に一度くらいは弛緩することもあるでしょう。

そこへ急な呼び出しがかかり、心身が万全ではなかった可能性があります。

特に、海保は各種の緊急事態に対応するために存在しているようなものですから、任務であれば、尚のこと「ノー」とは言えない勤務環境です。

海保機・機長の知識・技能・経験はどうだったのか。心身の状態や精神状態、機内での指導・監督ぶりはどうだったのか。

また、管理者側から、不必要なプレッシャーをかけられたり、長時間労働を強いられていなかったか。

重傷を負った機長の容態を診ながら、その辺りも含めて調査が行われると思います。

(6) 関係者(L:Liveware)
また、機長と、他の乗員や管制官などの関係者との人間関係やコミュニケーションも焦点になります。

疑問を感じたとき、相互に意見を交わしやすい間柄であったのか。他の航空機への指示を取り違えていないか等です。

稀に起こるのは、複数局が同じタイミングで無線機を操作し、混信してしまうことです。

結果、海保機の通信がかき消され、海保機の誤認に管制官が気づけなかった可能性が考えられます。

管制記録と海保機のボイス・レコーダーの検証作業が進めば、この辺りも明らかになってくると思います。

4 考えられる状況
個人的な推論の域を超えないものの、上記から考えられる状況をまとめると、次のようになります。

第1に、この事故は悪天候や機器の故障によるものではなく、人的過誤(ヒューマン・エラー)によるもの。

第2に、JALと管制官は「日常」であったが、海保機は「非日常」であったこと。

つまり、正月休暇返上、震災対応、夜間飛行という要因が加わり、結果、海保機側にエラーが生じやすい複数のスレットが生まれた。

第3に、海保機の機内で一点集中するような状況が生起した可能性。
 
結果、「No.1」という用語の履き違え、他機に対する離陸許可の取り違え、或いは混信により、離陸許可の誤認へと繋がった。

第4に、航空業界全体に「滑走路上で衝突など起こるはずがない」というマンネリ意識が蔓延していた可能性。

結果、冒頭の第2項で述べた疑念が、現実のものとして起きてしまったのはないかと考えられるのです。

5 今後の対策は
航空史が始まって以来、事故率が「0」にならない理由が、このヒューマン・エラーにあります。

事故要因の推移

業務上過失致死などの責任の所在を明らかにするのは警察の仕事ですが、事故調査委員会が行うことは事故原因の究明と、実効性のある対策をとることです。

つまり、事故調査というものは、パイロットのように非常に高度で責任が重い仕事を任されている人に対しては、

「ミスをしたお前が悪い」という犯人探しをするのではなく、

「誰もが陥る可能性がある」という考え方に立った上で原因を究明し、システムとして、

同じエラーを起こさせないための予防策と、万一、エラーが起きてもそれを重大事故に結びつけない対応策を打つこと、

つまり、エラーが起きる前と起きた後の双方における、二重三重の対策へと結実させることなのです。

特に、後者は「フェール・セーフ」とも呼ばれていますが、航空業界のみならず、鉄道、船舶、医療など、あらゆる分野で事故防止に役立つ考え方となっています。

なお、飛行中の航空機間には、「TCAS」という衝突の危険がある航空機間でアラートを発するシステムがありますが、管制官にも似たようなシステムがあります。

当日は、着陸機の接近する滑走路に別の航空機が誤進入した場合、モニター画面で滑走路を黄色く点滅させる「滑走路占有監視支援機能」が作動したようですが、管制官は別の管制業務があって認知出来なかったようです。

人工知能(AI)が急速に発達・普及する中、これを航空保安システム全般に取り入れるといったことも、そろそろ考えても良いのではないかと思います。

ただし、あまり物理的な対策に依存してしまうと、安全確認が疎かになるという弊害も懸余されます。

どのような対策であれ、最もエラーを起こし易いヒューマン(人間)といものをしっかり理解した上で、対策をとることが不可欠であろうと思います。

おわりに
JAL機の脱出口8箇所中5箇所が使えない中、18分で379名の脱出を成功させ、1名の死者も出さなかったことは「奇跡」などではなく、JALの平素からの「人間中心」の訓練の成果でした。

乗客の命を守るという乗務員のプロ意識に、心から敬意を表します。

そして、24時間365日、少ない人数で日本周辺海域の安全を守るために弛まぬ努力を続けている海保職員の方々に敬意を払うとともに、犠牲になられた尊い5人の命に対し、心から深い哀悼の意を表したいと思います。