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UFOにまつわる話(前編)

先月25日、米国のインテリジェンス・コミュニティ(注1) を統括する国家情報長官室ODNI:Office of Director National Intelligence)が、「未確認空中現象に関する中間報告」(Preliminary Assessment:Unidentified Aerial Phenomena)を公表しました。
 
この報告書を、いわゆる「エイリアンの乗り物」であるUFOと関連付けて面白おかしく報じるメディアも散見されますが、私たちはこの報告書をどう受け止め、どのように理解したら良いのでしょうか?
 
今回は、このことについて2回に分けて掲載しようと思います。
 
前編では、国家安全保障の見地から現実的なアプローチを試み、そして後編では、宇宙や地球外生命体という見地からアカデミックなアプローチを試みたいと思います。
 
(注1) NSA(国家安全保障局), CIA(中央情報局), FBI(連邦捜査局), DIA(国防情報局), NRO(国家偵察局), NGA(国家地理空間情報局), 陸海空軍・海兵隊・沿岸警備隊, ONI(海軍情報局), DHS(国土安全保障省), DOS(国務省), DARPA(国防高等研究計画局), FAA(連邦航空局), NOAA(海洋大気庁), DEA(麻薬取締局)など

1 UFOについて
そもそも「UFO」とは1950年代に米空軍が用いた言葉で、当初はいわゆる「エイリアンの乗り物」という意味ではなく、文字どおり「未確認飛行物体」(Unidentified Flying Object)、つまり「国籍・所属・種別等の特定に至らなかった飛行物体」を意味していました。
 
その後、小説やメディア等を通じてこの言葉が一般市民に浸透する中で、いわゆる「エイリアンの乗り物」的なイメージが作られていったのです。
 
2 報告書について
(1) 誰からの、どのような問いへの回答か?

この報告書は、2021年の情報権限法IAA:Intelligence Authorization Act)による米議会からの要求に基づき、国のインテリジェンス部門の代表格である国家情報長官室(ODNI)が、主として国防省(DOD)と連携しながら取りまとめたものです。
 
そして、米議会の要求というのは、最近、世の中を騒がせている「未確認空中現象」UAP:Unidentified Aerial Phenomena)(注2) に係る国防省由来の動画ついて事実関係を整理し、それらが及ぼす脅威について、国家のインテリジェンス部門としての見解を報告せよ、というものだったのです。
 
ですから、そもそもこの報告書は、一般市民やメディア、増してや、熱烈なUFO愛好家に対する回答ではないということを、先ず、念頭に置いておく必要があります。
 
(注2) 国防省などは、国籍・所属・種別等の特定に至らなかった対象が必ずしも「物体」とは限らず、また、先入観を排除する観点から「未確認空中現象」を意味する「UAP」という用語を使用
 
(2) 報告に至った経緯
米軍内では、以前から、しばしば海軍のパイロット(注3) を中心に正体不明の飛行物体の目撃情報が報告されていました。
 
しかし、米政府は、1952年からCIAと米空軍を中心に行われてきた「ブルーブック計画」によるUFO調査を1969年に終了して以降、この種の報告にはあまり真剣に取り合って来ませんでした。
 
(注3) 空母に搭載され世界中の広範な海域で活動する機会が多いことが、海軍での目撃例を増加させている要因のひとつ 
 
ところが、2004年11月にサンディエゴ沖のニミッツ空母打撃群で起こったUFO遭遇事件(注4) は、国防省や軍関係者を震撼させます。そして、再び米政府機関を調査に向かわせる契機となったのです。

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(注4) 2004年11月、ニミッツ空母打撃群が、サンディエゴの南西100マイルの地点で訓練を行っていたところ、巡洋艦プリンストンのレーダーが正体不明の飛行物体を探知。その物体は瞬時に24,000mも急降下。また、空母ニミッツから発進した戦闘機のパイロットら4人が異常な動きをみせる正体不明の飛行物体を目撃した。

その後、2007年から2012年にかけて「先端航空宇宙脅威識別プログラム」AATIP:Advanced Aerospace Threat Identification Program)と呼ばれるUAPの革新的な技術(Groundbreaking Technology)に係る調査研究が、国防省及び米海軍を中心に秘密裏に行われたのです。

しかし、クリントン政権とブッシュ政権で、国防総省の情報機関を統括する高官を務めたクリス・メロン氏によれば、「実際の調査は部外に委任され、あまり成果は挙がらなかった」ようです。

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クリス・メロン元国防副次官補《Daily Mail

正体不明の飛行物体が解明されないまま放置されれば、安全保障上の脅威になると危機感を覚えたメロン氏は、2017年、3つの動画をニューヨーク・タイムズにリークします。

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① TIC TAC
先述した2004年11月にサンディエゴ沖のニミッツ空母打撃群における遭遇事件のもの(「TIC TAC」は、米国内で流通している楕円形のラムネ菓子であり、形状が似ていることからそう呼ばれている)
② GIMBAL
2015年1月、空母セオドア・ルーズベルト所属戦闘機が記録したもの
③ GOFAST
同じく2015年1月に空母セオドア・ルーズベルト所属戦闘機が記録したもの
 
2020年4月、国防省はこれらの映像を本物と認め、機密指定を解除して公開しました。また、2020年8月にノルキスト国防副長官が「未確認空中現象タスクフォース」UAPTF:Unidentified Aerial Phenomena Task Force)を編成し、他国の偵察機や先端兵器などの可能性も含めて、再び調査に乗り出したのです。
 
このような経緯から、米議会においてもUAPに対する懸念が高まり、2020年12月に先述のIAAを成立させて、国防省をはじめとする関係機関に180日以内にUAFに関する報告書を取りまとめて提出するよう命じたのです。
 
(3) 報告書の内容
要点は、次のとおりです。
○ UAPTFでは、2004年11月から2021年3月にかけての144件の報告の検証を集中的に行った
○ 1件は、気球と特定されたが、その他の情報については特定するための十分なデータがなく、結論には至らず
○ 80件は、軍のパイロットらが目撃し、各種のセンサーによって観測されたものであり、恐らく大多数は実体をもつ物体と思われる
○ 少数の事例では、軍用機の複数のシステムが電磁波が捉えていた
○ 18件は、異常な動作パターンや飛行状態で移動
○ 21件は、推進装置が見当たらないにも係らず高速で移動
○ 外観やその挙動から、概ね以下のカテゴリーに分類される
① 空中障害物(Airborne Clutter):鳥、バルーン、ラジコン機、プラスチック・バッグなどの物体
② 自然大気現象(Natural Atmospheric Phenomena):氷の結晶、湿気、気温の揺らぎが赤外線やレーダーで観測されたもの
③ 米政府又は産業機関の開発物(USG or Industry Developmental Programs):今回の報告でこのカテゴリーに該当した事例はなかったが、米政府又は産業機関の開発物がUAPとして誤認される場合もある
④ 敵国のシステム(Foreign Adversary Systems):今回の報告でこのカテゴリーに該当した事例はなかったが、中国、ロシア、その他の国家や非政府機関が開発中の技術。
⑤ その他(Other):恐らく UAPの大半はこのカテゴリーに仕分けられる。科学が進歩して理解が追いつくまで、暫定的にこのカテゴリーに分類せざるを得ない
○ UAPは航空機の飛行安全を脅かすことは明らか、11件はニアミス
○ UAPは国家安全保障をも揺るがしかねない
○ UAPは報告したり同僚と話題にするだけでも誹謗中傷の材料になる(ので、報告しづらい風潮がUAPの報告と分析の妨げとなっている可能性)
○ 報告のメカニズムは2019年3月に海軍が策定するまで統一されたものが存在しなかった
○ 空軍も2020年11月にこれを採用した
○ 近年、各分野で真剣に取り上げる機会が増え、負のレッテルを貼られる恐怖心は和らいできているが、未だ自らの評価に響くようなリスクは犯したくないと口をつぐむ者は多い
○ データが限られていること、報告がコンスタントに行われないことがUAPの評価検分の前に立ちはだかる主な障壁
○ さらなる情報収集や分析が必要

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(4) 関連動向
報告書が更なる情報収集や分析の必要性を指摘したことを受け、同日、ヒックス国防副長官は、UAPTFが行っている関連調査を正式な国防省と米軍の任務として位置付け、調査の強化に向けた計画の策定を担当部署に指示しました。
  
3 この報告書の受け止め方
(1) 地球外生命体というよりも、先ずは現実的な脅威に警戒
米国は、先述の1952年に立ち上がった「ブルーブック計画」以降、少なくとも過去70年にわたってUAPの存在と向き合ってきました。そして、この報告書でも書かれているとおり、現在でも未だその実態は把握できない状況にあるということです。
 
ただし、この報告書では正体不明の飛行物体の存在を認めつつも、「地球外生命体」(Extra-Terrestrial)には一切触れていません。
 
その理由は、先ず現実的な脅威として近年、中露などが急速に進展させている無人機や人工知能(AI)、レーザー兵器、サイバー兵器、或いは超音波兵器、極超音速兵器(Hypersonic Weapons)などの先端軍事技術に対する警戒感の高まりがあると思われます。
 
特に、極超音速兵器の弾頭部分はマッハ5(音速の5倍)を超える速度で飛翔し、予測不可能な変則軌道を描くといわれています。

(2) 宇宙軍への予算増額を企図したものではない
一方、この報告書は2019年に創設された2つの宇宙軍(USSFとUSSPACECOM)への予算増額を議会にアピールすることが目的ではないかという見方もあります。
 
しかし、そもそもこれらの宇宙軍は、米軍の優位性を支えてきた人工衛星を、中露などが無力化する能力を高めつつある中、それらを如何に監視し守っていくかを目的として設立したものです。
 
具体的には、宇宙軍は地球周回軌道にある人工衛星やデブリなどの数万~数十万の物体を24時間体制で監視するのであって、地球外から飛来する未確認飛行物体の監視が目的ではありません。
 
米議会もその点はしっかり理解していますので、宇宙軍への予算増額とは無関係といえます。

(3) 目的は、UAP関連報告の促進と分析手順の確立
報告書でもふれられているとおり、米議会の最大の懸案は、このままUAPを放置しておけば「航空機の飛行安全を脅かす」可能性があり、加えて「国家安全保障をも揺るがしかねない」ことの2点です。
 
そして米政府機関の問題点として、「最近まで統一されたUAP報告のメカニズムが存在しなかった」こと、報告があっても「実態不明のままで放置」し、包括的なアプローチを可能にする「組織横断的なUAF分析プロセスが存在しない」ことを指摘しています。
 
もちろん、米自身も中露が報告されたような革新的技術を既に有しているとするには懐疑的だと思います。しかし、だからといって簡単に「何だか分からない」と放置するのではなく、出来るだけ解明に向けて手を尽くすべきではないか、そういった警鐘を鳴らす意味合いも大きいように見受けられます。
 
ですから、私たちは、この報告書を、いわゆる「エイリアンの乗り物」であるUFOと関連付けて面白おかしく報じるメディアに安易に踊らされることなく、「米議会は米政府機関に対し、報告書の提出を求めることによって、国家安全保障の要であるインテリジェンス・コミュニティの怠慢を強く戒め、組織的な是正を求めた」と受け止めることが肝要と考えます。
 
なお、この報告書の一部は秘密扱いとなっていて、公にされていない部分があるようです。米軍の情報収集能力が部外に知れる恐れがある場合は、当然のことながら公にすることはできないと思いますが、ひょっとしたら、中には「地球外生命体」に関する事項として公にしていない部分もあるかもしれませんね。
 
そこで、次回は宇宙や地球外生命体という見地からアカデミックなアプローチを試みたいと思います。
 
(後編へ続く)