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スペースXの成功が意味するもの

5月31日、スペースXの有人宇宙船クルードラゴンが国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングに成功しました。トランプ大統領が「アメリカの新たな時代の始まり」と演説し、報道各社も「宇宙ビジネス時代の到来」などと、その偉業を称えました。
  
ただ、「米国の宇宙戦略」という観点では、スペースXの成功にはもっと深い意味があります。今回は、そのことについてお話したいと思います。
   
1 スペースXとは
スペースXは、2002年にイーロン・マスクによって設立され、その後、僅か18年足らずで数々の実績を挙げてきた宇宙ベンチャー企業です。
 
クルードラゴンのベースとなった無人補給船ドラゴンは、既に2012年から20回にわたりISSに物資を補給しており、ファルコン9の打ち上げ成功率も98%の信頼性を誇ります。しかも1段目のブースターは再利用が可能で、カプセル部分は緊急時にロケットからの切り離しが出来ます。

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2 宇宙領域の変遷
米国は、過去半世紀にわたり国家主導で宇宙開発をリードし、今日の宇宙システム(人工衛星、ロケット、支援センター、ネットワークの総称)を築いてきました。
 
1980年代から宇宙システムを軍事に取り入れ、1991年の湾岸戦争ではGPSを利用した精密誘導弾でピンポイント攻撃をみせるなど、当時の米国の敵対勢力は、宇宙システムに裏打ちされた数々のハイテク兵器に恐れをなしたと言われています。
 
この頃、宇宙空間は米国にとり脅威のない「サンクチュアリ(聖域)」となっていましたが、次第に米国の敵対勢力は、宇宙システムは米国という巨人の「アキレス腱」と気づき始め、人工衛星などを攻撃する技術を開発して、次第にその聖域を脅かすようになっていったのです。
  
湾岸戦争から10年後の2001年、クリントン政権時代のラムズフェルド国防長官は、超党派の弾道ミサイル脅威評価委員会で、米国の宇宙システムへの奇襲攻撃を「スペース・パールハーバー」と表現し、その脆弱性と対策の必要性を指摘しています。
  
そして、2007年に米国の懸念が現実のものとなるような事案が発生します。中国が、地上から発射したミサイルにより、高度865kmの軌道上にあった自国の人工衛星を破壊する実験を行ったのです。これにより、低軌道(LEO)(下図参照)上に約3,000個の「宇宙ごみ(デブリ)」が発生しました。 

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このことを重く受け止めた米議会は、翌年に国防省と国家情報長官室に対し、宇宙態勢の見直し(SPR)を命じました。
   
3 国家安全保障宇宙戦略(NSSS)
SPRでの結果を踏まえ、2011年、国防省は国家情報官長室と共に向こう10年間の宇宙戦略として初めてNSSSを策定しました。その中で、宇宙を死活的に重要な領域と位置付けた上で、宇宙システムを脅かす3つトレンドを指摘しました。

(1) 環境面での過密化
近年、アクター(人工衛星やロケットなどを運用する国家・組織の総称)の増加の伴いデブリも増加し、宇宙の過密化が起こっている。
 
(2) 軍事面での抗争の増加
敵対的なアクターが米国の宇宙システムの脆弱性をねらっており、欺瞞、混乱、機能低下及び破壊など様々な脅威を与えている。
 
(3) 商業面での競争の増加
障壁の低下により、商業アクターの宇宙進出が進み、相対的に米国の商的優位性が低下している。
 
つまり、デブリの増加や敵対的なアクターの活発化により、宇宙はもはや米国にとり聖域ではなくなる一方、今も変わらず米軍に優位性を与え続けている宇宙システムを、これらの脅威からどのように守るかということについて戦略的な方針を定めたのが、このNSSSということになります。
  
4 何が脅威なのか
具体的に言うと、デブリの衝突や敵対勢力による攻撃で人工衛星が被害を受けることが脅威になります。
  
(1) 脅威その1:デブリ
地球周回軌道の宇宙空間で物体が衝突すると、大半の破片は長期にわたり高速(弾丸の数倍~十数倍の速度)で地球の周りを回り続けます。
   
現在、地球の周りには、ソフトボールよりも大きなデブリが2万個以上、1~10cm程度のデブリが約50万個、1cm以下のデブリになると1億個は存在(大半はLEOとGEOに存在)すると言われており、現時点では効率的に除去する手立てもありません。
 
2009年、実際に米露の人工衛星同士が衝突する事故が発生しています。このとき、LEO上に数百個のデブリが発生しました。更に厄介なのはこのような衝突が繰り返されると、やがて「ケスラー・シンドローム」に発展する可能性です。

ケスラー・シンドロームはひとつの仮説なのですが、デブリがある臨界値を超えると衝突が連鎖的に拡大し、最終的に軌道全域がデブリに覆われ、その後、数百年にわたって宇宙へのアクセスが不可能になるという理論です。

(2) 脅威その2:対衛星兵器(ASAT)
ただ、デブリについては後述する「宇宙物体の監視」によるカタログ化が進み、ある程度は衝突の予測と軌道変更による衝突回避が可能になりました。
   
他方、米国の敵対勢力が人工衛星を意図的に攻撃するとなると話は別で、先ず、どのような技術・手段・経路での攻撃が想定されるかを明らかにしなければなりません。宇宙空間を利用した攻撃は、次のように大別されます(下図参照)。
   
① 地球上から人工衛星を攻撃
 例:ミサイル
   レーザー
   電波妨害(ジャミング)
   サイバー(ハッキング)
② 軌道上から人工衛星を攻撃
 例:キラー衛星
③ 軌道上から米国を攻撃
 例:なし
  (費用対効果の点でも非現実的)
④ 地球上から宇宙を経由して米国を攻撃
 例:弾道ミサイル
   極超音速兵器

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Created by ISSA

今のところ、①と②は確実な防御策がないのが実情と言えます。
 
5 具体的な取り組み
では、このようなデブリとの衝突事故や敵対勢力による対衛星攻撃に対処するため、NSSS以降、この10年間で米国はどのような宇宙戦略上の取り組みや進展をみせたのでしょうか。
  
(1) 宇宙関連の条約・国際規範等
NSSSでは、「各国に、責任ある平和的で安全な宇宙利用の促進を求め、米国の範力で導く」としていました。
  
宇宙条約では、天体の軍事利用を明確に禁止する一方、宇宙空間の軍事利用については大量破壊兵器を配置しないこと以外は明確にしていません。
 
慣例的に弾道ミサイルと軍事衛星の通過は許容されていますが、ASATについては取り決めがないので、これを規制したいのが本音のところでしょう。
  
しかし、元々米国は聖域だった宇宙で自らの自由を奪いかねない法の策定には消極的な立場をとってきたこともあり、この10年で国際社会を「米国の範力で導く」には至りませんでした。
 
ただ、スペースXなどの民間企業がどんどん宇宙に進出すれば、商業アクターを守る必要から宇宙関連の条約や国際規範に関する議論が活発化する可能性は十分に考えられます(特に、空と宇宙の境界の明確化や、ASATを含む宇宙兵器の定義づけ等)。
  
(2) 宇宙物体の監視
NSSSでは、「宇宙状況把握(SSA)は最優先事項であり、他の運用者に対し宇宙飛行データの共有を求めていく」としていました。
  
米国は、2005年から統合宇宙作戦センター(JSpOC)を運用し、当初から英・加・豪等の主要各国と連携して監視活動を行っていましたが、NSSSによってSSAが本格化し、2015年に連合宇宙作戦センター(JICSpOC)へと発展、2017年に国家宇宙防衛センター(NSDC)へと改称、2018年から24時間監視体制に移行しています。
  
SSAの目的は、物体間の衝突事故を未然防止し、敵対勢力による攻撃を抑止することです。センターでは、地球周回軌道で一番高いGEOまで見ています(LEOでは約10cm以上、GEOでは約100cm以上の物体が監視対象)。
   
ただ、全天球をリアルタイムで監視するとなると、米単独では不可能ですので、同盟国・パートナー国と共有する体制の強化が進んでいます。日本も例外ではなく、既にJAXAが米側と連携しSSAを共有しており、自衛隊に新設された「宇宙作戦隊」に段階的に業務移管することになっています。
  
また、監視可能な物体も2011年では2万数千個だったものが、クェゼリン環礁などに新設された「Sバンドレーダー」が本格運用を開始すれば、監視可能な物体は10万個まで拡大すると言われています。
  
そういった意味では、SSAはこの10年でかなり進展したといえます。スペースXを含む民間企業の安定的な宇宙進出には、衝突予防と攻撃回避の両面で、SSAを通じた安全確保が欠かせないことは言うまでもありません。

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(3) 宇宙軍の創設
NSSSでは、「宇宙システムを標的とした攻撃に備えるとともに、その機能が低下した中でも戦闘を支援しなければならない」としていました。
  
オバマ政権下では、早いうちからセンターを中心に英・加・豪などと連携したシミュレ-ションを行ってきました。これはトランプ政権下でも引き継がれ、2019年には2つの宇宙軍(USSFとUSSPACECOM)も発足させました。
  
宇宙軍は、エイリアンの来襲や宇宙船による格闘戦などSF映画のようなものを想定しているわけではありません。ましてや、宇宙空間に配備したレーザー兵器で弾道ミサイルを撃破するレーガン政権期のSDI構想、いわゆる「スターウオーズ計画」の再来でもありません。
  
主戦場は従来どおり地球上の陸海空域が前提で、それら地球上にある米軍の優位性を維持するために必要不可欠な宇宙システムを如何に守るか、また、万一、宇宙システムが攻撃を受けたとき如何に補完するか、が宇宙軍の使命といえます。

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(4) 宇宙ベンチャー企業の参入促進
NSSSでは、国防省は「国家の安全保障を支える宇宙産業基盤の成長を促し、実証された商業能力にも依存する」としていました。
  
つまり、米国の宇宙戦略は、ロッキード・マーチン(現・ULA)など従来の軍産複合体のみならず、宇宙ベンチャー企業にも門戸を開き、その参入を支援することで競争原理に基づくコスト削減を図るとともに、「商的優位性の低下」という3つ目のトレンドにも対応し、官民一体で国家の安全保障に取り組む戦略と言えます。
  
実際にスペースXは、NASAの民生ミッション(ISSへの有人/無人飛行)のみならず、国防省などの軍事ミッション(軍事衛星の投入)も担っています(後述)。
 
スペースXのような民間企業の宇宙利用が進展は、国防省などの選択肢の幅を広げるとともに、敵対勢力も「民間宇宙船が飛び交う中では安易に人工衛星を攻撃しにくくなる」ので、安全保障上の意義は大きいと考えられます。
 
(5) 脱ロシア依存
最後に、NSSSには記載ありませんが、米宇宙業界の「ロシア依存からの脱却」という側面についてお話します。
   
1991年のソ連崩壊後、米露はしばらく良好な協力関係にありました。安価で質の高い「RD-180」というロシア製エンジンは米宇宙業界でも定評があり、1990年代初頭からロッキード・マーチン(現・ULA)製のロケット、「アトラス」シリーズに採用されてきた経緯があります(2014年のウクライナ危機で米露関係は悪化したが、その後もRD-180は使われ続けている)。
  
一方、ISSへの有人飛行ミッションは、2011年にスペースシャトルが退役したことで、ロシアの有人宇宙船「ソユーズ」に依存してきました。
     
このように、軍事衛星の打ち上げはロシア製エンジンRD-180を装備したULA社のロケット、ISSへの有人飛行ミッションはロシアの宇宙船で打ち上げるという「ニ重のロシア依存の構図」があったのです。
  
そのような中、スペースXが2017年5月に国家偵察局(NRO)の軍事衛星の打ち上げに成功し、また、今回ISSへの有人飛行にも成功したことで、米宇宙業界は「ニ重のロシア依存」から脱却する足掛かりを得たことになります。

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まとめ
  
まとめますと、民間有人船の宇宙進出には、米国の戦略上、以下の4つの意味が隠されていると思います。
宇宙ガバナンスの在り方に係る議論の活性化
SSAや宇宙軍などの監視・防衛体制の強化
宇宙システムに対する攻撃の敷居を上げる
④ 米宇宙業界のロシア依存からの脱却
   
そして今般のスペースXによる有人宇宙船の成功が、これら米国の宇宙戦略を推し進めるひとつの「起爆剤」になると考えられるわけです。

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米国の宇宙戦略という目線でお話しましたが、そもそも宇宙は、北極、南極、サイバー空間等と並ぶ「グローバル・コモンズ(国際公共財)」ですので、世界全体で取り組まなければならない共通の課題なのです。
  
普段あまり意識していませんが、私たちは至る所で宇宙システムに依存した生活を送っています。しかし、宇宙システムと縁が薄い生活をしている国家・組織ほど、先進諸国の宇宙システムが「ゲームチェンジ(形勢逆転)」の格好の標的と映ります。
 
そのような敵対的なアクターに、ひとたび宇宙攻撃を許してしまうと、軌道上で破壊の連鎖が起きて、全世界が宇宙システムを失い兼ねない脆弱性をはらんでいるのです。
  
ですので、国際社会が一致団結してデブリを監視し、その削減に努めることはもちろんのこと、敵対的なアクターによるスペース・パールハーバーは何としても抑止しなければなりません。
 
そして、この先、数十年も数百年も文明の進歩を停滞し兼ねないケスラー・シンドロームという悪夢だけは、何が何でも回避しなければならないのです。