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ウクライナ侵攻から1年

2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻から1年が経ちます。こちらは、昨年、侵攻開始の前日に投稿した記事です。

この中で、
① NATOの軍事介入はない
② ウクライナ全土の併合はハードルが高い
③ ロシアは親露派地域の独立を追求
④ NATOとのボーダーは現状維持
などの見通しを示しました。
 
そして1年経った今、この戦争は結末が見通せない状況になっています(その理由は、後段でお話します)。 

本稿では、戦況の推移を総括し、国際社会とロシアの動向をみた上で、この戦争の行く末を考察します。
 
その上で、私たちはこの戦争をどう受け止めたらいいのか、ということについてお話したいと思います。

【注】以下、報道からまとめたものですが、推測に基づく情報も多分に含まれています。また、文字削減のためにも「である調」で断定表現していますが、大局を俯瞰する上で必要なことですので、予めご了承ください。

1 戦局の推移
昨年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻。プーチンは当初「特別軍事作戦」と称するこの侵攻劇は72時間で決着するとみていた。しかし、プーチンの目論見どおりにはいかなかった。
 
ロシア軍は、ウクライナの首都キーウ近郊まで迫ったが、ロシア軍の能力・士気は予想されたものよりも低く、補給上の問題も浮上し、すぐに身動きが取れなくなった。

ウクライナの対戦車ミサイルや無人機による攻撃で、ロシアの戦車は片端から破壊された(最近までに1,000両(約半数)を喪失)。
 
地上で行き詰まったロシアは、ミサイルや航空機による空からの攻撃に比重を移す。
 
無差別攻撃が激しさを増し、集合住宅やショッピングセンター、病院、劇場、駅などに着弾して多くの民間人が犠牲になった。また、ザポリージャなどの原子力発電所も攻撃対象となった。
 
停戦交渉は当初からとん挫し、民間人を避難させる人道回廊も、たびたび反故にされた。
 
ブチャやボロジャンカなどでは民間人が虐殺され、略奪が横行。彼らが去った後には地雷が残された。
 
一方、黒海方面では、ウクライナ側が一矢報いてミサイル攻撃により巡洋艦「モスクワ」を沈没させた。

当初、ロシア軍は90万人のところ、ハルキウでの戦いに敗れると、プーチンは9月21日に部分動員令を出して100万人まで増強 (注1) した。ロシア市民が抗議デモを起こしたが、すぐに鎮圧された。
 
(注1) 年明けすぐに115万人に変更し、直後、2026年までの150万人に修正 
 
アゾフ連隊が投降してマリウポリが陥落した後、9月30日に住民投票を強行し、東部4州をロシアに併合した。

2022年9月30日、東部4州併合宣言(Reuters)

住民保護という名目で多くのウクライナ人がロシア国内に連行され、6,000人もの子供たちが思想教育のため連れ去られた。
 
併合後、すぐにウクライナがルガンスクの一部やヘルソン市を奪還。11月になるとウクライナは更なる反転攻勢に出て、その後は膠着状態になった。
 
これまでにロシアが損失した装備品はウクライナの3倍に上り、精密誘導ミサイルは既に半分以上を使い果たした。

軍事情報サイト「Oryx」調べ

死傷者数についてもロシア側が20万人と、ウクライナの10万人を遥かに上っている(ただし、ウクライナの死傷者には多くの民間人が含まれている)。
 
また、ロシアの民間軍事会社ワグネルでは6割が死傷し、捨て駒にされた囚人兵に至っては8割が死傷した。

2 国際社会の対応
(1) 国連の動向

国連は当初、総会でロシアを非難する決議を採択し、ウクライナからの即時撤退を求めたが、ロシアはこれに応じなかった。
 
核大国で拒否権を持つロシアに、国連安保理は早々と無力さを露呈した。
 
(2) NATOの動向
一方、NATOは即応部隊(NRF)を各部に展開させたが、第3次世界大戦への懸念から、当初から軍事介入は見送られた。
 
その後、北欧2か国がNATO加盟に向けて名乗り (注2) を上げた(NATOボーダーの前進を意味)。

(注2) ストックホルムでコーランが燃やされた事件を受け、トルコはスウェーデンのNATO加盟は認めない姿勢を強めている
 
(3) 欧米各国の動向

欧米各国は、ウクライナへの軍事支援を開始 (注3) したが、ロシアを刺激しないように供与される兵器は防御的なものに留められた。
  
(注3) 米欧州軍(EUCOM)は、ドイツのシュトゥットガルトにウクライナ管理センター(ECCU)を設置し、ウクライナを支援
 
一方、経済面では同志国と足並みを揃えて経済・金融制裁を行い、ロシア産の石油・天然ガスなどの輸入を段階的に禁じた。
 
ドイツはノルドストリーム2を中止するとともに、国防政策を転換させ、国防費をGDP比2.0%まで増額することを決めた。
 
2008年にロシアから侵攻され、ウクライナと同様にNATO加盟を目指したジョージアは、多くの義勇兵を派遣している。
 
過去、ロシアの占領下に置かれ、その残忍さを知るポーランドやバルト三国は、特にロシアへの警戒心が強く、「次は自分たちだ」という危機感を抱いている。
 
そのポーランドは、ウクライナ避難民の大多数を受け入れている。

ウクライナ市民の国外退避の状況(Reuters)

(4) 日本の動向
日本も、対露制裁とウクライナ支援において、一貫して欧米と足並みを揃えた。
 
また、早々にウクライナ避難民の受け入れを決定し、初便では政府専用機により日本に迎えた(現在の受入数は2,000人程度に留まっている)。

3 ロシアの動向
(1) 軍 事
ロシアは2014年のクリミア侵攻時から、ゲラシモフ・ドクトリンを取り入れたハイブリッド戦を展開している。
 
その結果、フェイク・ニュースなどのウソで塗り固められた情報戦や、相手の仕業にみせかける偽旗作戦、政府・金融機関へのサイバー攻撃、外国人傭兵や民間軍事会社の投入など、様々な非対称の戦法が明るみとなった。
 
(2) 経 済
国連の発表によれば、2022年のロシアのGDP成長率はマイナス3.5%程度で、当初、期待された経済制裁の効果は表れていない
 
背景には、対露制裁に消極的な中国やインドなどがロシア産エネルギーの輸入量を増やしたこと等が指摘されている。
 
(3) 外 交
一方で集団安全保障条約機構(CSTO)は、本音では巻き添えや共倒れは御免だと考えているものの、面と向かってロシアを否定しようとはしない。ベラルーシは、ロシア軍の通過や基地使用を認めている。
 
武器・弾薬などはイラン北朝鮮から、また、軍需品については中国からの輸入が指摘されている。
 
先月もロシア外務省は「中国との関係を更に深化させていく」と表明するなど、中国との連携は益々強まっている。ひょっとしたら、中露は軍事同盟も視野に入れているのかもしれない。
 
(4) 核戦力
ロシアが強気でいられる背景のひとつに、絶大な核戦力の存在がある。
 
昨年の侵攻直後、核戦力に特別警戒態勢への移行を指示。度々、核兵器の使用をちらつかせ、世界大戦に発展した場合は核戦争になると恫喝した。
 
NATOは、今のところ口先だけの恫喝とみているようだが、米CIA長官は「プーチンを追い詰めれば非常に危険」だとして警鐘を鳴らす。
 
(5) 極東ロシア
 
ロシアが欧州でNATOと対峙するということは、極東アジアでも米露が対峙することを意味する。
 
ロシアは、極東ロシア軍をウクライナ方面に転用しつつも、着々とオホーツク海の聖域化を図り、大規模演習ボストークや中露共同演習なども活発化させている。 

極東ロシア軍の動向(読売新聞ほか)

一方、ロシアは日本を非友好国に指定し、平和条約締結や北方領土共同経済活動に係る交渉を停止し、日本の領事を追放してビザなし交流を破棄する等の対抗措置を講じている。
 
こうしたロシアの対日政策は、現時点では外交面に留まっているものの、いつ何時、軍事面に発展しないとも限らない。
 
(6) 内 政
不思議なことは、何故、ロシアでは反戦活動が盛り上がらないのか、ということだ。
 
ロシアでは、情報統制で騙し通せるのはテレビしか見ていない高齢者層だけで、殆どの国民はある程度正しい情報にアクセス出来ているはずだ。
 
取り締まりが厳しいこともあるだろうが、一般論として、そもそもロシアは、私たちが思うよりも武力を使うことに対する敷居が低いということがある。
 
ロシアは、大敗を喫するなどにより帝国主義的な振る舞いについて猛省を促されたことなく、負け方を知らない国なのである。
 
プーチンの支持率は表向き、依然として80%と超高水準を維持しており、恐らく、2024年3月の大統領選でも再選されるのだろう。
 
4 この戦争の行く末
冒頭で言及した「この戦争の結末が見通せない理由」への回答は、残念ながら「プーチンが、どんな結末を受容できるか、それ次第だから」と言わざるを得ない。
 
しかし、完全にプーチンの思惑どおりになってウクライナが完敗することは「民主主義の敗北」を意味するので、欧米とその同志国には受容し難い。
 
結果、この戦争は今、ウクライナの頭越しで帝国主義と民主主義がぶつかり合う代理戦争の様相を呈しているのである。
 
NATOや欧米各国では、日々、ウォーゲームが行われ、どのような兵器をどの程度供与すればウクライナが戦況を持続できるかを、慎重に取捨選択しているのだろう。

欧米側からみた状況分析(Created by ISSA)

心情的にはウクライナに勝って欲しいが、ウクライナの完全勝利で第3次世界大戦や核戦争に発展することは受容できない。
 
よって、ウクライナが負けない程度に支援しつつ、プーチンが交渉のテーブルに着くのを待つ以外、他に選択肢がないのだ。この辺りに、この世界の冷酷な現実というものが見て取れる。
 
おわりに ~ この戦争の受け止め方
(1) 中露は変貌した
先月、米コンサルタント会社「ユーラシア・グループ」は、2023年の世界の10大リスクをまとめた報告書を発表し、第1位に「ならず者国家ロシア」を挙げました。

東西冷戦後、米露蜜月の時代は長く続かず、2000年代初頭から敵対的なロシアが再興(Resurgence)し、世界一の核大国が、今や人道に基づく道理やルールが通用しないならず者国家(Rogue Nation)へと変貌したのです。
 
プーチンは、年次教書演説で新STARTの履行停止を表明し、後日、核戦力を増強すると言い切りました。
 
10発以上の核弾頭を搭載できるICBM「サルマト」は年内に実戦配備され、原子力核魚雷「ポセイドン」は、太平洋に面したカムチャツカ半島に配備されるようです。
 
そして、第2位は「最大化する習権力」であり、周囲の意見に耳を貸さない第2のプーチンの出現を示唆しています。
 
その中国も、2035年までに核弾頭を現在の約3倍となる900発まで増強する方針です。
 
つまり、ならず者国家に変貌した核大国のロシアや、近々そうなるであろう中国に囲まれた日本としては、「リスク」などという甘い言葉では済まされない大きな脅威と受け止める必要があるということです(もし、本当に中露が軍事同盟を締結したら、どうなるでしょうか?)。
 
(2) 長い闘いの時代が到来した
世界を見渡せば、相変わらず国連は頼りにならないし、米国も止められずにいます。むしろ、米国は日本から離れようとしているようにも見えます。
 
パクス・アメリカーナは終焉を迎え、世界は「帝国主義と民主主義の長い長い闘いの時代に突入した」と認識をあらたにすべきです。
 
それは恐らく、米ソという二大国が君臨していた東西冷戦時代よりも、かなり複雑で厄介なものになると思われます。

Source : USN, USAF, BBC, CNN

(3) 現実的なアプローチが道を拓く
「誰も戦争なんて望んでいない」
、これだけは間違いなく皆の共通の思いです。そこ至るアプローチのやり方に、意見の食い違いがみられるだけのこと。
 
和平プロセスから論じるのではなく、先ずは和平プロセスが可能になる環境条件を整えることが第一。環境条件とは、外交チャンネルの確保とパワーバランスを整えることです。
 
その際、パワーバランスの負の側面(必要経費、被攻撃のリスクなど)よりも、パワーバランスを整えない場合のリスク(誤ったメッセージ、抑止力の低下など)を論じるべきでしょう。
 
パワーバランスが整ったところで、初めて和平プロセス、すなわち、互いに振りかざした刀を少しずつ鞘に納めていく作業に着手できるのです(そういう意味で「長い闘い」になる)。
 
このプレッシャーに耐えかねて、さっさと刀を鞘に納めたり、刀を捨ててしまえば、その瞬間にバッサリと切り捨てられてしまう。これが冷酷非情な世界の現実なのです。
 
(4) 意識改革が求められている
今ほど、国防に係る意識改革を求められている時代はないと、そう思います。
 
「なぜ、戦争が起きるのか」
 
「戦争にならないようにするには
 具体的にどうすればいいのか」
 
「それでも戦争が起きたときは
 どう守り抜くのか」
 
「今、どんな備えが必要なのか」
 
そのような、一人一人の現実的な思考・行動こそが「平和な国際社会を築く礎になっていく」のではないでしょうか。

(Photo by ISSA)

梅の花言葉は「高潔」と「忍耐」
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