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専門家の言葉から読み解く、ピープルアナリティクス導入と実践のヒント

企業内に蓄積された人材と組織に関する情報を詳細に分析し、戦略的な人事・経営の意思決定や業務効率化などに活かそうとする取り組み、「ピープルアナリティクス」。高度な人材マネジメントに有用なものとして、近年注目を集めている手法だ。が、なかなか導入が進んでいないのが現状である。そこで今回は、HRテクノロジー研究の第一人者である慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授の岩本隆氏に、ピープルアナリティクス導入の障壁となりうる問題、先進企業の活用事例、推進に向けたアドバイスなどをお聞きした。ピーブルアナリティクスの重要性を理解し、喫緊の課題として感じてはいるものの、「何から着手したらよいのかわからない」とお悩みの方に、ぜひ参考にしていただきたい。

1.データの多角的・複合的な分析があってこそ、人材を活かすことができる

人手不足・人材不足が深刻化する中、人的資源を最大限に活用することは重要な経営課題である。人材の最適配置、エンゲージメントの向上とリテンション、投資効果の高い人材育成といった人材マネジメントの高度化が、ビジネスを成功へと導くために不可欠なものとなっている。

誰に何を任せるか、どうすれば従業員の意欲を高めて生産効率を上げられるのか、どのようにしてハイパフォーマーを育てるか……。こうした施策を現場主導、あるいは経験則や主観に頼って進めることには限界がある。人事に携わっている多くの方が、そう実感しているだろう。これからの人事には、将来を見据えた定量的なアプローチと、データに基づいた確かな判断が求められている。

そのための手法として大きな関心を寄せられているのが「ピープルアナリティクス」である。人(People)の分析(Analytics)という言葉の通り、人=従業員に関するデータの収集・分析を意味する。主観、直感、イメージなどで人を判断するのではなく、また単一的なデータの活用にとどまらず、各種のデータを多角的・複合的に分析することで、現状を正しく把握し、異動・配置、評価、育成といった人事業務における意思決定や、施策の立案・実行につなげていくのである。

例えば「ある階層だけ、目立って労働時間が長く生産効率が悪い」「特定部署・特定年代における離職率が高い」などの人事課題には、収集したさまざまなデータから問題の原因を抽出・分析することで、どのような人材に生産効率低下や離職のリスクが高まっているのかを定量的に把握し、適切なフォローができるようになる。

マーケティングの分野では、売り上げやWEB解析など多彩なデータから消費者の意識と行動を分析し、製品開発・集客・販促に活用する、いわゆる「データドリブン」が急速に発展している。ピープルアナリティクスもこのデータドリブンの一種であり、これからの人事には、データを分析するスキルと、分析結果を正しいアクションに結びつけられる実践能力が必須となるだろう。

ピープルアナリティクスの一般的な進め方は、まず自社の課題を洗い出すことから始まる。課題抽出の際には、数値としての収集・測定しやすさやKPI/KGIのような視点をもっておくとよい。それから、人事課題の内容に応じて必要なデータをリストアップし、実際に収集するのが次のステップとなる。そして、各種データを組み合わせて分析し、何が問題となっているのか、どうすれば解決法を導けるか仮説を立て、その仮説に基づいて、さらにデータの収集・蓄積と分析を進めていく。仮説の妥当性が確認できたら、得られたデータを基に改善策を立案・実施し、その効果を検証する。仮説の精度に問題があった場合は、再度仮説を立て直し、必要なデータを新たに収集・分析する。要はトライアル&エラーの繰り返しである。

2.ピープルアナリティクスは配置・異動や人材教育への活用が急速に進んでいる

「ピープルアナリティクスは、そのビジネスにはどのような人材をアサインすべきか、次期マネジャーには誰が最適かなど、人材配置・異動への活用が進んでいます。また、分析結果に基づいて個人に最適な研修プログラムを提案するなど、人材育成に役立てられることも増えてきました」そう語るのは、人事領域の先端手法とテクノロジーの研究における第一人者、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本隆特任教授だ。

岩本氏は、ピープルアナリティクスが注目され始めた要因として、“サラリーマンのプロ化”および“対マーケット”という視点を挙げる。

「産業構造の変化によって単純な製造能力よりも創造する付加価値が重要となり、一人の従業員が10億円、100億円を稼げるという“生産性が個人の資質によって左右されるビジネス”が増えてきました。まるでプロスポーツのような世界です。そうした環境下においては、金太郎飴的な人材育成では競争に勝てません。

このような変化に伴い、現代の投資家は、人材の充実度や組織力から企業を評価したいと考えています。そうしたニーズに応えるべく、国際標準化機構(ISO)が人事データの報告を国際標準として定めました。経済産業省の研究会でも、機関投資家などとの関係においては人的資本など非財務情報の活用も重要であるといったことが議論されています。今後、市場の要求に応じて、経営者は否が応でも人事データの整備に着手せざるを得なくなるでしょう」

ピープルアナリティクスの効果そのものが広く認められるようになったことで、とりわけ中小企業において導入が進んでいると岩本氏はいう。

「リーマンショックの影響などにより、エレクトロニクスや自動車製造の量産工場が海外に置かれるようになったことが、ひとつのきっかけです。これまで下請けを担ってきた国内の中小企業にとっては、大企業に依存しないビジネスと、その実現のための組織力強化が重要課題となったのです。中小企業は身軽であり、経営トップが決断さえすればすぐ実行に移せる。ピーブルアナリティクスのような人事領域の新たな手法は、大企業より導入・運用が進んでいるといえます。

また、外資系企業でもピープルアナリティクスは盛んです。先進的な企業では自らツールを開発し、汎用化もしているため、データさえ揃えればどんな分析も可能、というレベルにまで到達しています。今から導入するのであれば、SaaSで簡単かつ安価にピープルアナリティクスを行えるサービスが出ているので、それを活用するのも一つの手段です」

実際、ピープルアナリティクスをいち早く導入し、成功している企業は急増している。例えば、インターネット広告・モバイル広告やメディアコンテンツ事業を手がける株式会社セプテーニ・ホールディングスが挙げられる。同社は、社内の人材研究を専門とする「人的資産研究所」を設置し、社員の経験値を独自アルゴリズムで定量化する『Human Capital Point(HCP)』という仕組みを開発。このHCPを最大化させることが業績の向上につながる、という前提でさまざまな人事施策に取り組んでいる。新入社員の配属後のHCPをAIによって予測し、配属先を最適化する、といった具合だ。

ヤフー株式会社も、2017年に専門部署「ピープルアナリティクスラボ」を創設し、部署ごと・種類ごとにバラバラだった人事データの一元化と可視化を実現。整理されたデータは、退職率の分析やエントリーシートの改善などに役立てられているほか、全社的な配置転換の際の人材リスト作成、異動によってパフォーマンスが高まりそうな人材の抽出、現場の主観的な人材評価とデータによる客観的な分析の比較……などへの利用が考えられているという。ピーブルアナリティクスを活用してタレントマネジメントを高度化する取り組みだといえるだろう。

人材育成への活用も進んでいる。例えば、従業員個々がどのようなスキルを身につけているのかをデータとして管理し、と同時に、既存の研修プログラムに加え、社内に蓄積されている業務ノウハウの動画なども整備。「いつ何をどう学べば、どのようなスキルが身につくか」を体系化し、各従業員に対して、次に必要となるスキルや、その習得のためのコンテンツをリコメンドするのである。スキルとラーニングを効率的に連携させる取り組みであり、こちらはソニーなどで実践が始まっているという。

岩本氏は、こうした取り組みを高く評価している。

「セプテーニ・ホールディングスでは20年以上に渡って人事データの蓄積を進めていて、経営課題に応じて必要なデータを適宜組み合わせ、迅速な分析ができるようになっています。また、いまHRテクノロジーで一番流行っているのが、スキルとラーニングの連携です。年功序列で育てるのではなく、ハイパフォーマーを作っていく必要があるということで、目立つようになってきました」

3.専門家が語る、ピープルアナリティクスの導入に向けたアドバイス

ピープルアナリティクスについては、障壁が多いと感じても「まずは導入してみることが早道」だと岩本氏は言及する。

「実は、データの分析は意外と簡単。データを集めるほうが重要です。多くの企業では、必要なデータが未整備、業務領域ごとに別々のシステムを利用していて情報がバラバラというケースがほとんどです。システムの入れ替え・一元化、データの移行、新たな入力など、まずデータを揃えることに苦労している企業は多いようです。あるいは、それ以前に経営者がシステムを理解しておらず、危機感をもっていないために意思決定が重く、なおさら移行が進まない、という企業も見られます。

ですが、何に役立てるのかを先に決めず、あらゆる人事データを一元的に収集してみることが第一です。集めてみると、自然と次のステップが見えてきます。これまで日本の企業は、人事データの組み合わせ分析などやってこなかったので、導入すればすぐに大きな気づきを得ることができる、何をやっても有用な結果が出るというケースが多いのです」

目的はさておき、まずはデータを収集・整理すべし。そうすれば道は開ける。いわば「習うより慣れろ」というわけである。

岩本氏が“生産性が個人の資質によって左右される”と表現した現代のビジネス環境では「個々の資質や経験値を効率的に高め、能力を最大限に活用することで、生産性を高める」ことが必須といえる。また、働き方改革によって、個々の労働のありようも激的に変化した。さらに今後は、新型コロナウイルス禍への対策も待ち受ける。事業の再編・縮小やサプライチェーンの見直しを迫られ、これまでになかった業務に取り組まざるを得ない企業も増えるだろう。

採用、異動・配置、育成といった人事の業務は、必然的に重要度を増し、経営に対する直接的な貢献が求められるようになる。しかし、これだけ環境が激変する中では、もはや従来の経験則は通用しない。頼るべきは、多彩なデータを客観的に分析し、その効果も判定しやすいピープルアナリティクスの手法である。

とりわけ、データ活用への感度が高く、自身のスキルアップに積極的な近年の若い世代には、ピープルアナリティクスのように、明確な根拠に基づいた育成指導を受けられる施策が安心材料となるようだ。また、岩本氏によると、エンゲージメント面でも、テクノロジーを取り入れられない企業を敬遠する動きが若年層にはあるという。

もちろん、データの集約は一筋縄ではいかないだろう。岩本氏も指摘しているように、形式や範囲が整理されないまま散らばっている人事データ(採用、異動、研修、勤怠、評価、離職など)の一元化や新規データの収集には時間やコストがかかるし、業務フローも変わってくる。ITの先端企業であるヤフーですら、人事部門のデータベース整備は1年がかりだったというから、どれだけ根気のいる作業なのかは想像に難くない。

収集すべきデータの判断、何を組み合わせて分析すべきかという設計、分析結果の解釈など、その重要な任にあたる人材=データサイエンティストを用意できるかも大きなポイントである。また、人に関するデータはプライバシーへの配慮も求められるため、収集するデータの種類と活用方法を従業員に周知して同意を得ることや、人の直接的関与の制限(ツールを用いた自動分析など)が必要となるケースもある。これらのハードルをクリアしながらピープルアナリティクスを迅速に導入し、効率的に運用するためには、ノウハウをもった事業者と連携して、自社内にナレッジとデータを蓄積していくことが適切だろう。

時代を見つめれば、データ活用の重要性は今後ますます高まってくる。どのような形であれ、まずはいち早く取り組むことが求められるのである。

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会社名:株式会社マネジメントサービスセンター
創業:1966(昭和41)年9月
資本金:1億円 (令和 2年12月31日)
事業内容:人材開発コンサルティング・人材アセスメント

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