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映画感想文「オッペンハイマー」 ノーラン節全開で描く、エンタメ伝記

映画館で現在公開中の「オッペンハイマー」を鑑賞しました。
感想を書いてみようと思います。

今作はアカデミー作品賞をとったし、クリストファー・ノーラン監督の新作だし、まだ金曜日(おととい)に公開されたばかりだし、ということでこれから観に行くよって方もたくさんおられると思います。
そんな方たちの楽しみを奪いたくないので注意喚起。

※ネタバレあります。気になる方は今すぐ退避してくださいませ。
あと、3000字以上あります。ついつい力はいっちゃった。

昨秋の日光東照宮の三猿。ネタバレには🙈🙉🙊。
今のうちに退避!

2023年(日本公開2024年) アメリカ
監督 クリストファー・ノーラン
第2次世界大戦中、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下され、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが……。

映画.comより

はい、公開を楽しみにしていた今作をさっそし鑑賞してきました。
昨年の「バーベンハイマー」のニュースは知ってたけど、あくまでもあれはキャンペーンの仕方に配慮が足りなかったのかなと。
作品の内容とは関係ないというスタンスです。

なのでノーラン監督は好きだし、アカデミー賞もとったことだし、3時間という上映時間にはちょいと臆した(トイレ大丈夫かな)けど、スケジュール的にも時間があったので観に行ってきました。

中身に関していうと、ノーラン節全開ですね。
ノーラン文体でいうと、過去一番ぐらい切れ味があったのでは。
編集の人、すごいと思う。
短いカットの積み重ねで話をドンドン進めていくあのノーラン文体が自分は大好き。
なのでノーラン文体が苦手な人や馴染みのない方だと、序盤でつまずいちゃうかもしれません。
ストーリーの展開上、序盤はめちゃくちゃテンポよかった。

でもなんだろう、それはノーラン監督の文体であって、後でちゃんと説明してくれるから(誰にでも分かりやすいとは言いにくいけど)、そこはあまり深追いせずに身を委ねれば良いかと。

いろんな学者たちの名前が繰り出される序盤、一回で全部覚えるのは難しい。
でも、ああやっていろんな名前をずいずい出していくのが、ノーラン文体なのです。
ああやって物語のリズムを作っていく。
だから学者の名前と顔を全部覚えようとするより、そのリズムを感じた方がいいと思う。
監督自身がオッペンハイマーは物理学者なのに音楽を聴いて思索を深める描写をしているように、情報よりリズムが優先される時がある。

逆に文体さえ身体になじめば、情報は乾いた土にしみこむ水のようにすっと頭に入ってきます。
自分はあの文体が好きなので、「ノーランさんといえばこの感覚だよね」って楽しみました。

         ***

あとはやっぱり主人公のオッペンハイマーさんに対する解釈ですよね。
ここもノーラン節全開!!!
自分はノーラン監督のバットマンシリーズのファンなのだけど、バットマン3部作で描いたバットマンの心情を、1作に詰め込んだように感じました。

バットマンって、影のヒーローなんですよね。
自分は前に出なくていい・目立たなくていいと思っているヒーロー。

今回のオッペンハイマーさんも序盤は野心にあふれ奥さんのキティさんの助言もあり、マンハッタン(原爆開発)計画の中心人物になっていく。
でも原爆実験が成功しいざ原爆が日本に投下されると、その威力の大きさに自分のしたことに疑問を抱く。そのことから戦後、水爆の開発には反対する。
ただその過程で恥をかかせてしまった人物・ストローズから恨まれ、名声・信頼を損なうようにあの手この手を仕組まれる。
アメコミ風にいうと、ヴィランが現れるわけです。

そのストローズの策略によって、オッペンハイマーさんが若い頃共産主義の人たちとつながりがあったことや、結婚してからも元カノと会っていたことなどが暴かれる。
オッペンハイマーさんにしてみれば、共産主義の人たちとのつながりはより良き社会を作りたいという想いだったし、元カノと会って一晩を共にしたことは(夫としてはダメよ)、精神を病んでいた元カノをほっとけないナイーブな人間ということ。
いわゆる学者然とした真面目で研究一徹みたいな人では決してなく、隙があり弱みもあった人なのです。

結果、ストローズにより政治的には敗北するのだけど、アインシュタインさんとの会話により、オッペンハイマーさんが個人の名声より国家に忠誠をつくし連帯(ユナイト)を呼び掛けた人物としてライジングする。

自分は簡単に今作の流れを書いたけど、この流れってまさにバットマン3部作のバットマンの心情だと自分は思う。
ノーランさんはまさにノーランさんにしか語れない語り口でオッペンハイマーさんを描いている。

自分はこの表現を歓迎します。
クリエイターとして大事なことを守りながら、作品が多くの人に響くように工夫している。
オッペンハイマーさんは実際の人物でコミックヒーローでは決してないけど、今作はノーランさんなりのエンタメ作品だと思う。

       ***

日本は唯一の被爆国です。その立場から発信するべきことは絶対あるし、譲るべきではないと思います。
ただ一方で、アメリカだって唯一の投爆国です。その立場から発信すべきことがあると思う。
原爆投下を正当化しろと言っているのではなく、投下は間違っていた・行き過ぎた軍事行為だったと発信することもできる。
翻って、日本だって朝鮮半島や中国、アジアの方々にしたことに対して、同じように見られてる。

原爆を扱うことがセンシティブなことは分かります。自分も少し身構えた部分は正直ある。
ただこの作品の芯は、オッペンハイマーさんの心情の変化にあると思うのです。

野心にあふれる一方弱さや未熟な正義感から原爆を開発し、成功するや自分の手は血にまみれていると後悔する。そして戦後、水爆の開発に反対する。
結果、自分の名声は地に落ちてもいいから、より大きな目的のために力を尽くす。
高潔な人格者が正義を行うんじゃない、影に怯え弱さを抱えた人間が理想に向けて立ち上がる。
自分がバットマンシリーズに熱狂したのは、まさにこのノーラン節なのです。

◇おまけ
オッペンハイマーさんを演じたキリアン・マーフィーさんはお見事。主演男優賞も納得。
良い意味で何を考えてるか分からない感じがたまらない。
特に序盤では善なのか悪なのかどっちなんだっていうミステリアスな雰囲気が秀逸でした。
時系列があっちゃこっちゃ飛ぶし、いろんな年代を演じ分けるのも大変だったのでは。
なにせ観ている方が「これはいつの時代のオッペンハイマー?」と思ったぐらいだから。

一方、ストローズを演じた助演男優賞のロバート・ダウニー・ジュニアさんに関しては、自分はアカデミー授賞式のアジア人蔑視の報道から色眼鏡がかかってます。
あれが本当なら断固としてノーをつきつけます。
「アイアンマン」でおなじみの「不遜でわがままだけど、実はいい奴」っていうイメージを今作で覆したことが同業者からは喝采を浴びたのかもしれないし(今作では「不遜でわがままだけど、本当に不遜で嫌なやつ」っていう悪い役どころ。アベンジャーズのイメージを利用した配役は見事だと思う)、ストーリーの性質上主人公の敵だから存在感はあったけど、演技の質的にはいつものアクの強い感じ。

自分はマット・デイモンさんが良かった。「良い奴だか悪い奴だか分からないんだけど、実はちょっと良い奴で、でもそこまで良い奴でもない」っていう微妙なラインをうまく演じていたと思う。
あとケイシー・アフレックさんが淡々と問い詰めてきたところも印象に残ってます。あの時は自分も問い詰められてる気がしてヒヤリとした。

まあとにかく出演者が豪華でビビりました。
見応えある作品です。ぜひに。

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