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戦勝報告

夕日が沈んでから、かなりの時間が過ぎていた。にもかかわらず、そのビルの一室はまだ明るかった。
 五十代の男が部下に対して説教をしていたのであった。
この男は血気盛んな人物で、常日頃から根性論や歴史上の人物の武勇伝など、勇ましい話を部下に対して嫌味ったらしく言うのであった。

 男が住んでいるこの国は、隣国との緊張が高まっており、いつ戦争が始まってもおかしくない状況になっていた。
 こうなると政府の方も、兵隊の頭数を揃えるために、テレビやインターネット、ポスター、スローガンなどを通じて国民にアピールするようになっていった。
 そして、この宣伝に影響されたのが、他ならぬこの男なのであった。
男には軍隊の経験はなかったが、すぐに例の部下に、軍隊の厳しさ、国を守るために尊い命を投げ出す心意気などを説いた。
 言われた部下は「はぁ…」と曖昧に答えるだけだった。その煮え切らない態度に男は腹を立て、本人の前で大きく舌打ちをするのだった。

 しばらくして、とうとう戦争が起こった。男はテレビや新聞などから、今どこで何が起こっているだの、どこの場所で勝利を収めただのを勝ち誇るように部下の前で言っていた。
 地図を広げながら、ここの場所では何が起きているのかを部下に尋ねてみたりしたが、やはり「はぁ」とか「まぁ」とか言うばかりで、要領よく答えることができなかった。
 「君はなんでそんなことも知らないのだ。実際に戦場に出たら、おまえはすぐ死ぬんだろうな。」
机をたたきつけながら、男は言った。
最近どんどん発言が過激になってきていた。

戦争はまだ続いていた。

ある日、政府から企業へ通達が来た。戦争のため企業の方にも徴兵に協力して欲しいとのことだった。
 さっそく、男は部下に話しかけた。
「どうかね。ここで徴兵に行ってみんかね。いろいろ苦労することもあると思うが、いい経験になるんじゃないか。」
まるで少し遠めの出張を言いつけるように言ってきた。
部下は渋っていたが、その後、家に赤紙が来てしまったため、行かざるを得なくなった。
 
 それから数年が過ぎた。
戦場ではいまだに硬直状態が続いており、双方ともに決め手に欠けていた。
そこで、この国の首脳部は、一気に大攻勢を仕掛け、戦争の終結を目指すことにした。
そうなると、大量の動員が必要になるので、今まで徴兵の対象でなかったものまでもが徴兵されるようになった。
その中には男の高校生の息子も入っていた。
 
 そして、大攻勢が始まった。この攻勢に失敗すれば、こちらも後がなく、かといって相手の国も、ここの突破を許すと、もう敗戦しかない。
それは壮絶な戦いになった。双方とも多大な被害を被った。
 
そして、戦争は終わった。
 
勝ったのだ。戦争に。国中が大騒ぎになった。
 それから、戦地から続々と兵隊たちが帰ってきた。その中には、あの部下も含まれていた。
部下は職場に顔を出した。
 戦場で功を上げていて、態度も堂々としたものになっていた。
 職場には皆が集まっており、全員が彼の功績をたたえていた。
その輪の中から少し外れた位置に男の姿もあった。
 部下は男を見つけると駆け寄って話しかけた。
「おかげさまで、こうして生き残ることができました。戦場で臆病になってはいけないと思い、突撃の時は常に先頭に立って突き進みましたよ。それに、以前私に話してくれたことがとても役に立ちました。ありがとうございます。」
 以前の彼とは違い、ハキハキと話すようになっていた。他の者たちも一様に彼の変わりように驚いていた。
 その時、男のスマートフォンに着信があった。その場から席を外し、電話に出た。妻からだった。
 
 まだ通話中だったのか、そうだったのかは分からない。
 手からスマートフォンが滑り落ち、壁にもたれかかりながら、力なくストンとその場に座り込んだ。
 窓の外からは景気のいい音楽が流れていた。町ゆく人々はそれらを口ずさみ、戦争の勝利を祝っていた。

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