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叫びかたで何を知る




ゆううつな夫婦


かつてはラヴ•ロマンスの
月9の主人公であったふたりでもある



泣くべきであった
大声を出し鼻水を垂らし

転げ回って血を流し
風呂場で泣け叫ぶべきだった



彼女は泣き方を知らなかったし
彼は叫び方を知らなかった


泣いたことがなかったから
恥であると両親から教わったから


浅はかさと愚かさ気高さが
同時に感じられることが望ましい
気高さをモトめ過ぎたふたりの結末とは─




いつからか夫婦に足りないものとして
たっぷりとした時間と柔らかい空気が

夫婦に足り過ぎていたのは
ギスギスとした張り詰めた空気だった




ぶきっちょなランチ
青空でなくても星空とか
ギンガムチェックの風呂敷
その時間に適切な礼儀とか
それに、半身の重なり方
フィットするまでの過ごし方とか
鎖骨のくぼみと無精髭の顎
愛らしい仕草とは、、



猛突進が彼の必死さの表れだった
クッキーが焼けず髪の毛を焦がした彼女


技術も発想もないところに
『愛そのもの』があらわれちゃって
真冬に強風の扇風機が空回りするみたいな
はげしさに疲れてしまった


楽しみや愉快さをしめ出し
錠をかけひっそりと住みだしたのだ


半身の重なりに諦めを抱いた
生きることを中途半端に投げ出した
金銭的、物質的な貧しさだけではなく
たどりつけない貧しさの中に住んだ



哀れなふたりは
暗い穴を掘り続け
いっさいの光を遮断する



割の合わない業務
地図と年表をつくり
互いの歴史と時間をさかのぼれば


たとえば彼女が9歳の時に図書室で見つけた本が
『良い精霊とは』だったり

たとえば彼が13歳の時に机の中に見たものが
『カビの生えたコッペパン』だったり

互いの両親は
『泣くのはおよしなさい』
が口癖であった



暗い穴を何年も掘り進めたところ
それぞれに人生の
かいもく見当もつかない
人生の不幸と困難さ、そして退屈さを
.....



手がかりはひとつでよかった
互いのジャストな駄目になりかた
ひとつが手がかりとなった



暗い穴を掘ることに
疲労困憊が互いにジャストしたころ

暗い海が辺り一面に広がった

匂いは消毒液と黄色いミモザが混ざり合った



残りは
人生の幸福さを見つけ出すだけ


彼は岩場にこみかみをぶつけ血をたらりと
泣き叫んだ


彼女はまた鼻水をすすりながら
こう叫んだ




「ユリイカ!!」




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