先輩噺 雪山のヒサシと体力の相関関係を求める事は僕の命題
冬の山。太平洋側育ちの僕は日本海側の冬がどんな感じなんて想像したこともなかった。強いていうならスキー場のイメージだ。
27歳の僕は、先輩のヒサシと冬の日本海側の山にいた。僕は、地質調査という聞こえはカッコいい本格派の肉体労働に従事していた。僕の体脂肪が常に一桁だったのでキツさがお分かりになると思う。
日本海側の毎日の天気にビックリする。朝起きると雪が積もっている。昼に雨になったり一時止むがまた夕方から振りだす。それが毎日繰り返される。
一日ずっと曇天の中、山で作業するのが精神的にも物凄くキツかった。
「先輩、次の山終わったら神奈川帰れますかね」
僕は、先輩のヒサシに半ば泣きを入れるように話し掛けた。
「木ノ子くん。次の山は冬眠中の動物見つけたいね」
こいつは、話が通じない。
地質調査業界の中でもトップオブ野生児の先輩と僕は行動を共にしていた。僕みたいな人間とは会話が成立しないが、他の世界の方とは会話出来るみたいな人だ。
僕は、圧倒的な孤独を味わいながら現場についた。
どうやら僕らが地質調査をするポイントは、かなり山頂に近い所だということがわかった。
これは、最悪だと思った。
まず、ポイントまでに資材を運ぶモノレールを敷かなければならない。蜜柑畑で見るようなあれだ。
その後、ポイントまでモノレールで足場材を運んで足場を組み立てる。そして、バラバラにした機械を運んで足場の上で組み立てる。
2人でだ。
おそらく堀り始めるのに何日もかかる。
これは、神奈川に当分、帰れそうもない。
もう半ば自暴自棄だった。
そして、雪がさらに追い打ちをかける。
モノレールのレールを支える支柱をどこまでハンマーで打ち込めばいいのか、見えないのだ。
これは、雪の深さがわからないとどうにもならない。
この景色を見てヒサシは、僕を見て呟いた。
「木ノ子くん。雪が白いね」
当たり前だよ。見たことないよ白意外。
何なんだよ。とは言えず。
「そっすね。黒い心が洗われますね」
と、シャレた返事で返す。
「木ノ子くん心の色は見えないよ」
そこは、ツッコむのかよ。と、イライラしていた。
固い岩盤を人工ダイヤで掘り進めるには、川からポンプを使い、高圧ホースからダイヤの先端に水を流しながら掘らないとならない。熱でダイヤがダメになるからである。
ヒサシは、高圧ホース200メートル分およそ10キロ以上を肩にかけ山に入っていった。
「木ノ子くん。モノレール敷いておいて。そして、嫌になったら寝てみな」
そう言い残して溢れんばかりのニコニコで語りかけてきた。
ヒサシが見えなくなる頃、僕は支柱を打ち込み一人でレールを敷いていた。雪は、体を動かしていてもかなりの体温を奪う。
軍手の上にビニール手袋をして、ナットを締める。すぐに自分の握力の限界にくる。ひたすらナットを締めてレールを敷く。雪が降る。
握力の限界でナットを雪の中に落としてしまった。
白に落ちるのだから、すぐに見つかるだろうと思っていたが、雪の中に物を落とすと全く見つからなくなるということを初めて体感した。
気付けば、辺りに全く音がしないことに気付く。
雪が音を吸い込み全くの無音。
「この山俺一人だ」
自分で自覚しない独り言を発したのも初めてである。
雪の降る音が聞こえそうなくらい静かな空間に、全てがどうでもよくなった。
僕は、思いっきり寝てみた。それこそ大の字に。
ヘルメット、ツナギ、合羽、防寒着、靴下2重の上に長靴。
到底働く格好じゃねぇや。アホらしい。
なんて思いながら、空を見てるとほんとに不思議と働く意欲が湧いてきた。
やらなきゃ終わらないならやるしかないじゃん。
なんとなくそう思えてきて、さらに自然の中にいる1人の人間として面白い状況でしかないと思えた。
ヒサシもわりと良いこと言うな。と初めて思った。
ヒサシヒットワードである。
そんな事を考えているとヒサシが山から降りてきた。
「木ノ子くん。ほら」
渡されたのは亀の甲羅だった。
「甲羅だぜ。すごくないか?」
ニコニコしてるヒサシに聞いてみた。
「先輩水場見つかったんすか」
「えっこれから探すとこ」
なんのはなしですか
少し仕事を楽しんでやろうと思ったはなし。
物事は、自分にとっては極限でもそれを何とも思わず楽しめる人がいるということ。
この事は僕をどんな立場であろうとそれを楽しめるようにしてくれたと思う経験である。
次の日、休みだった僕は読書をしていた。
そして、ヒサシが部屋にやってくる。
「木ノ子くん。せっかくの休みなんだから冬の日本海でサーフィンしようよ。体動かそう」
常識とは、簡単に覆されると思った27の冬のはなし。
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