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本を読めなくなった話

子どものころ、わたしは本の虫だった。

本に関する初めての記憶は幼稚園のとき。
3歳のとき、母親に連れられて行った公文の教室だった。

線をひっぱたり、文字を書いたりアルファベットを音読する
教室の中でいちばん夢中になったのは待合室の絵本だった。

それから、幼稚園にたまにやってくる絵本バスで
絵本を抱えられるだけ借りて母に読み聞かせをねだった。

小学生になって、小学校の図書館と町の図書館に
はじめて自分の図書カードができたとき、
世界中の本が自分のものになったような気がして、心が躍った。

わたしが本を貪るように読んでいたのは
本が好きだったからでもあるけど、
もう一つの理由に両親が厳しかったことがある。

マンガとかゲームとか教育に悪そうなテレビとか
駄菓子屋に子どもだけでいくとか、
楽しそうなことは基本的に禁止だった。

自分の携帯を初めて買ってもらえたのは大学生のときで
万年帰宅部だったわたしは
要するに、放課後めちゃくちゃ暇だった。

許されていることで唯一好きだったのが読書だったので、
寝ても起きても本を読んでいた。

夢中になった本があると続きが気になって仕方なくて、
真夜中に布団の中まで懐中電灯を持ちこんで読んだり
帰り道も本を読みながら歩いて、本当に木にぶつかったりしていた。


行き過ぎた読書を心配して、母から読書禁止令がでることもあったけど、
図書カードを何回捨てられても、こっそり作り直して図書館に通った。
毎週土曜日に図書館に通って、本を借りられる上限が15冊だったので、高校を卒業するまで毎年、少なくとも年間300冊くらいは読んでいたと思う。

15冊という制限の中で本を選ぶときは、薄い本よりとにかく分厚い本がよかった。田舎でゲームも持ってなくて、楽しみがほかになかったからファンタジーと推理小説が特にお気に入りだった。自分の人生とかけ離れていればいるほど想像が膨らんで、つまらない家から抜け出してふわふわ飛べるような気がした。

そんなわたしが、大学を選ぶときに文学部を志望したのは自然なことだった。根っから理系の父は文学部なんか入ってなになるんだと言ったけど、わたしからしたら、大学で4年間好きなことだけをできるなんて、夢みたいだと思った。

どうせ行くなら、でっかい図書館がある大学にしようと思って、
わたしは蔵書数200万冊を超える、大きい図書館のある大学の日本文学部に入学した。

大学生になったわたしは実家を出て大学の近くでひとり暮らしをはじめた。
人生ではじめての夜更かし、スマホ、バイト、飲み会。


わたしはあっさり、本を読むのをやめた。
大学の図書館には課題のレポートを書くために行く程度で、
卒業するまで本の借り方も知らなかった。

大学の授業は楽しかったけど、飲み会の次の日はさぼったりもした。

ひとり暮らしの家にわたしの様子を見に来た母は、あんなに読書に反対していたのに「大学で好きなだけ本が読めて立派な図書館もあって嬉しいでしょう」といった。

わたしが大学で図書館に一度も行ったことがないというと、
母はどこか不満そうな顔をした。

大学を卒業するまでには、遊ぶのも飽きてきて
また本を読んだりするようになったけど、
集中力も落ちていて本を読むスピードも
あのころとは比べ物にならなかった。

今思えば、あのころのわたしは何も持ってなかったから
どれだけでも本を読めたのだと思う。

今も本が好きで本屋に行ったりもするし、
好きな作家の新刊が出ると買って読んだりする。

でももう、図書館に行って圧倒されることはない。
まだ知らない本を前にどきどきして、どうしようもなくなるあの感覚は今のわたしにはもう味わえないあのころだけのもので、なにも持っていないということは贅沢なことだったのだ。

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