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高齢者が求めたネットの危うい居場所

著者:ケイヒロ
コーディネート:ハラオカヒサ

高齢者と陰謀論もうひとつの問題

前回、『高齢者とYouTubeの危うい関係』と題した記事で、YouTubeを視聴することによって高齢者が陰謀論に引き摺り込まれている現状を考察しました。また対策についても具体的に説明しました。


この記事を公開すると「うちも同じです」と報告が相次ぎ、そのうち1名の方から「父は若い人のなかに入って一緒に話を聞いてうれしくなり──」と意見が寄せられました。たしかに陰謀論者主催のデモに参加している高齢者は実に楽しそうです。

「(前回の記事に)世代の特徴が書いてありましたが年寄りの寂しい気持ちとか若者に相手にされてうれしい気持ちが関係していると思いました」

このAさんの指摘は、高齢者と陰謀論との結びつきについての重要な示唆を含んでいるように思います。これは私たちの将来の姿かもしれず、孤独な気持ちに着目するなら年齢を問わない問題ではないでしょうか。

今回は前回の記事を補完するものとして、いままで見過ごされてきた高齢者を陰謀論に接近させる孤独について考えようと思います。


ある高齢者の事例

Aさんの父親は妻の死後、一人暮らしを続けています。Aさんが実家暮らしだったとき父親がキッチンに立つのは年末の換気扇掃除くらいでしたが、一人暮らしになってからは一通りの料理をつくれるようになり日々の食事は自炊で賄っています。こうした暮らしぶりに安心して、Aさんが実家を訪ねるのは年に数回程度でした。

昨年(2021年)の夏、帰省したAさんは父親と話をしていてワクチン接種を後悔する言葉に違和感を覚えました。問いただすと、父親はYouTubeの動画から陰謀論に引き込まれ、ある活動家に心酔していたのでした。

このときから現在までAさんのイライラはつきません。直近では、反ワクチンデモを紹介する動画や画像に実にいきいきした父親の姿が写っていました。またAさんに隠している様子ですが、どうも万円単位の寄付をしたらしいのです

父は若い人と一体感を味わっていると、Aさんは言います。昨年からずっと「若い人のなかに偉い人がいるもんだ」といった発言が多く、YouTubeのコメント欄やSNSの発言を読んで関心するだけでなく一体感を覚えている様子です。またデモに参加してチヤホヤされたり、若い人と会話できるのが楽しくてしかたないらしいのが顔のニヤケ具合からわかると言います。

万円単位の寄付はよほど知られたくないことらしく、Aさんの質問から父親は逃げ回り続けています。
「テスラ缶は買ってませんが小さいのを買っていても驚きません」
「きっとまた寄付するか何か買わされると思います」
と父親が金蔓にされているのではないかとAさんは心配しています。
「できるだけ実家に行くようにしています。それでも止められるとは思えません」


居場所としての陰謀論

「私と兄が父のところにしょっちゅう行っていれば──」とAさんは後悔しています。

たしかに親と顔を合わせ会話するのは有効そうです。ただし、それでも防げなかったかもしれません。

反マスクや反ワクチン集団の街宣活動やオフ会に参加していた人たちは、それぞれが参加していた集団で今までにない充実感や高揚感を経験して、孤立や孤独を忘れられたと言います。ここまでなら、高齢者を一人にしないことで陰謀論への傾倒を防げそうです。

ところが、よくよく話を聞いてみると「自尊心が満たされた」と語る人が少なからずいます。自尊心=自己肯定感=プライドが満たされる居場所が反マスクや反ワクチン集団だったのです。

では、反ワクチンや陰謀論の集団はどのような人たちでかたちづくられた集団なのでしょう。

コロナ禍でさまざまなタイプの人が反ワクチン運動に傾倒しました。もともと自然派だったりスピリチュアルな傾向を帯びていた人、自粛に嫌気がさしていた儲け優先や享楽優先の人たちなどです。こうした人たちを獲得しようと代替医療など怪しいビジネスを展開している人も参加しています。このほか独自の考えでワクチンを忌避している人もいます。

以前、別の記事でインタビューを紹介した女性はワクチン人口削減論を知って反ワクチン運動に参加しました。これは下図の分類でいえば[陰謀論]派にカテゴライズされます。

2021年10月の記事で使用した分類図


Aさんの父親の例は、[孤独]が根本的な原因で[陰謀論]に傾倒して反ワクチン化しました。そして高齢者以外の人たちも孤立や孤独が原因なら、このルートから反ワクチン運動に参加したことになります。


反ワクチンや陰謀論を掲げる集団には「敵」がいます。その敵に対して抵抗することが運動の目的です。目的を同じくする者は味方であり、目的への責務を感じ、お互いを尊重しあい、自尊心も満たされて今までにない充実感や高揚感が生まれます。商売のため反ワクチンや陰謀論に加わった者も味方として振る舞い、運動のなかで有利な立場を得ています。


高齢者の孤独は、人付き合いが減り家族との関係が希薄になるだけでなく、組織や社会から目的ある行動や責任ある行動を求められなくなることとも関係しているのではないでしょうか。そこに世のため人のためと主張する陰謀論者が現れて勧誘されたなら自尊心が刺激されるのは間違いありません。しかも若い人たちからも存在を尊重される居場所ができるのです。

家族としょっちゅう顔を合わせて話をしていても、高齢者の自尊心が満たされるとは限りません。


ふるい分けられた人々

コロナ禍の陰謀論は2021年に大きく変化しました。

医師や議員などが関与する反ワクチンデモには幅広い層から参加者がありましたが、いま話題になっているデモの参加者と(重なるところがあるとはいえ)階層の違いを感じます。

昨年9月に公開した記事でロングインタビューを紹介した男性もまた、未だに陰謀論者ですが元俳優やテスラ缶販売者が関与している活動には参加せず、むしろ距離を置いている様子がうかがわれます。


いったい何があったのでしょう。

ふるい分けです。[代替医療・その他ビジネス]のために参加していた人たちが、ビジネスの顧客になり得る可処分所得が多い人や、ビジネスに都合のよい人を選別して囲い込む新たなフェーズに入りました。なぜかと言えば、ワクチン反対だけを騒いで知名度があがっても実利につながらないからです。

またワクチン接種者が80%近くになれば、新型コロナワクチン反対運動は先がありません。

内海聡医師は「Qアノンを信じる馬鹿はいらない」と名言するだけでなく、さまざまなメディアを試したうえでコロナ禍前のビジネススタイルに回帰しているように見えます。

こうしてふるい分けられた人はもともと多数派ではなく極めて少数でしたが、オピニオンリーダーだった[代替医療・その他ビジネス]派の人々が抜けたことで運動は一変します。当人が出馬する選挙を除けば医師や議員などが前面に立つ街宣活動が減り、チープなリーダーがふるいわけで取り残された人々を扇動する活動が主流になりました。

オピニオンリーダーの交代期を好機到来とみたチープなリーダーが活動を活発化させ、前回の記事で紹介したYouTubeの影響が輪をかけた結果が現状ではないかと筆者は考えています。

彼らが好機到来とともに商機到来と見た実例がテスラ缶の販売でした。

陰謀論者が催したテスラ缶のプロモーションに中高年を中心としたファンが押しかけましたがほとんど売れませんでした。売れなかったのは、押しかけた人々にとってテスラ缶の存在が馬鹿げたものだったからではありません。数百万円もするテスラ缶を買える愚かな富裕層は既に[代替医療・その他ビジネス]派の顧客として囲い込まれていて、さらに数万円の小型版を買う層もほとんどいなかったのです。

彼らの集団にいたのはテスラ缶が欲しいにも関わらず買えない人たちで、空き缶に銅線をぐるぐると手巻きして自作するような人たちだったのです。つまり数万円から十数万円単位の買い物をしてくれる人がいない市場を抱え込んだことになります。

こうなると参加者の頭数あたまかずを利用するビジネスを展開するほかありません。

Aさんの父親は資産家ではなく庶民的な暮らしをしている退職者です。しかし既に万円単位の寄付をしているのは間違いなく、数千円くらいの買い物をしても不思議ではない様子です。頭数が増えれば、こうした集金方法も馬鹿にならない額を生み出すでしょう。

また膨大な参加者そのものを誰かに売れば利益を上げられます。

孤独が癒やされ、若い人たちと一緒に行動できる。その代償は高いものにつくかもしれません。


神真都Q・ハサル液と個人情報

岡本一兵衛(別名/岡崎礼)によって率いられている陰謀論集団神真都Qがデモ参加者に個人情報を提出させただけでなく、団体設立に臨んで加入者に再度個人情報を提出するよう求めています。


また新型コロナ肺炎ウイルスが壁に張り付いた、ECMO使用中の患者に使用したら退院できた、癌やALSが治る、サリンを無毒化できると宣伝しているハサル液のサンプルをもらうのにも住所氏名が必要です。発送のため個人情報が必要とされていますが、情報はどのように管理されるのでしょうか。


前回指摘したように1990年代半ばから2010年代までのインターネットを知らない人々は、インターネットの殺伐さや混沌やインチキや悪ふざけを経験していません。YouTubeがどさくさ紛れの闇市のような場所だったのも知りません。彼らにとってインターネットと各種サービスは、はじめからソコにあたりまえにある存在です。情報の発信者と情報そのものを疑う習慣がありません。

ネットの海で自分で見つけ出した「真実」。こうした特別の体験で目がくらんだ高齢者は、ここに世のため人のための活動の場が待っているという幻影を見ています。

こうした層も数年前までは「インターネットは怖い」と言っていた可能性があります。Aさんの父親もスマホを使うまでインターネットを「まやかし」や自分にはまったく関係ないものと考えていました。

まだ陰謀論に触れていない人や、陰謀論に接近しつつある段階の人には早急にリテラシー教育をする必要があります。そして、その人の自尊心=自己肯定感=プライドの在り方について考えてあげてください。あきらかに孤立している人だけでなく、自分はもっと評価されるべきと考えている人も続々と陰謀論集団に参加しています。

既に陰謀論集団に傾倒している場合は、個人情報をどこまで提供しているか、1回が少額であったとしても寄付などしていないか気をつけてください。詐欺商法に騙された人の個人情報が他の詐欺犯に売却されたり、多重債務者の名簿を販売していた闇金の例があります。

過去に取材した闇金関係者は「電話帳に価値はないが、何かひとつ傾向がはっきりした名簿なら、ほしいやつはいくらでもいる」と言っています。陰謀論に騙された人というだけで商売のネタになるのです。


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