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終わらせたくない彼ら/反ワクチン陰謀論と6時間

陰謀論者はコロナ禍の終わりを想定していない。帰るべき場所もなくなっていた。そもそも目覚めるとは何なのか。

取材:加藤文(Kヒロ) マネージメント:ハラオカヒサ

はじめに

まず最初に、お断りしておかなければならないことがある。

2021年7月、筆者は知人から旧知のA(30代男性)がSNSで陰謀論を元に反ワクチン、反マスクの主張をし、主張通りの行動をしていると教えられた。陰謀論の只中にある人への取材は十分ではなくわからないままで解決されない問題がいくつもあったためAと接触して取材を申し込み、取材が数回に及ぶ予定で、経費の支払い条件などを説明したうえで対話をはじめた。

取材の途中で、発言で得た情報を公開するなら対価が必要であるとAから求められたため彼が納得する額を支払うことで合意した。求められたのは通常の謝礼を超えた額であったが記事を公開する意義を優先した。取材での対価の支払いは金銭の授受によって発言が誘導される懸念があるため慎重に行われなくてはならず、事実を伏せたまま記事を公開するのはフェアではないと考え何があったかをここにあきらかにした。

記事はこのような経緯のもと作成されていることをご承知おき願いたい。詳しい経緯は文中に記した。

1ヶ月におよぶ長期間、取材不能な危機的状態になりつつも、最後は勝手にしてくれと言ったとしても貴重な証言を残してくれたAに心から感謝したい。なお記事ではAを特定することができる個人情報は伏せた。


仲間、目覚め、ひとりぼっちではない強い自分

心や時間の隙間に入り込むもの。経済、鬱屈、孤独。気づき、目覚め。

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Aはマスクをつけていないというだけで、どこにいても不思議ではない青年だ。筆者がマスクをつけてくれと声をかける前に、大袈裟な身振りでわざとらしく取り出した布マスクは不潔ではないがそれなりに使用感があるものだった。

わざとらしい仕草はあったもののマスクをつけて挨拶を交わし最近の動向を語るAの様子は、SNSや街宣活動で見かける反ワクチン、反マスク派の過激な印象と程遠かった。こうした活動に対して異常さを感じる人が多いはずだが、彼はとてもカジュアルに参加しているかのような口ぶりだった。

A「いろんな人がいますけど、ちょっとした疑問を持ったというのが同じなだけかなと」
筆者「仲がいいのかな」
A「そうですね。会えば楽しいし。その延長でいろいろできるので」

Aは世の中に向けて大切な主張をしている意識が強く、社会に対する違和感もまた強烈なものがあるのは間違いないが、重大性の認識は筆者との間に埋めがたい溝がある。

A「子連れでデモに参加する人もいるくらいで」
筆者「あれは子供を使ったアピールかな?」
A「それはあるけど、雰囲気がいいしピクニックみたいですよ。パワーがあるピクニック」

Aへの取材はこのような会話からはじまった。

対話をはじめるにあたり筆者はAが主張するワクチンの害やマスクが無意味である理由を確認しながら、これらを否定する統計や資料を提示した。するとAは「統計や論文は嘘ばかりですよ」と言った。指摘に対してAは次々と「根拠」や「証拠」を出してきたが、明らかなデマや統計への理解不足が目立った。

こうした確認を中心に話をして第1回目の対話は終わった。

次回以降も「統計や論文は嘘ばかり」がたびたび話題にのぼった。Aの世界観では真実を伝えるため論文を発表しようとすると支配層の利益のために学会が握り潰しているということになる。

いつからAはこのような世界観と彼なりの「真実」を知ったのか。

はっきりと「真実」を確信したのは昨年の秋で、反マスク運動に影響されてマスクをつけずに外出をして感染しなかったのが目覚めたきっかけなのだそうだ。それは挑戦だった。

A「やってみれば誰だってわかることをやらないだけ。ぜんぜんコロナに罹らない」

それなのに感染者が増加していると右肩上がりのグラフが示され、医療が逼迫していると報道された。マスクをつけずに暮らしてみると、マスクで埋め尽くされた街がことさら異様に見えた。

A「みんなで話をしたり何かやっているとコロナの前と変わらないんです。どれだけ騙されているかはっきりします」

なぜ反マスク運動に影響されて挑戦したのか。

自粛が続くなどして今まで通りに仕事が進まなくなった。そして業界全体が衰退しつつあると感じた。なぜか自分だけが社会から引き離されているような焦りもあった。新しい生活様式が経済の活気を失わせていて、これらに反対している反マスクの活動に説得力を感じたのだという。ここから反ワクチンの主張を信じるようになるのに時間はかからなかった。泡を吹いて倒れる人がいるワクチンは恐ろしすぎるし、悪質さが露骨すぎると絶望した。

しかしAの変わりぶりを教えてくれた知人は、その業種がコロナ禍の影響を受けているのは間違いないが、Aが特に困窮しているとは思えないと首をひねる。

Aの話を聞き進めると、2020年の春に数年間交際を続けた女性と別れ生活のペースを変えざるを得なくなったことが陰謀論への接近と無関係ではないように感じられた。互いの部屋を行き来していた生活から、完全な一人暮らしになり気持ちと時間を持て余したのだ。

A「何したらいいんだっていう。しかたないから散歩して知らない町へ行ってみたりしましたが、そういうのも習慣にならない」
筆者「さみしかった?」
A「時間が長くて、かえって考えがまとまらなくて。ぼうっとしているようで、ぼうっとできないものなんだなと」

現在は反ワクチン派の陰謀論者と過ごすのが慰めになっているようだ。彼らは酒がとても強いとAは言い、いっしょに飲んでいるうちに自分も酒が強くなったと笑った。

Aは2019年までの世界に戻すのが理想と言う。そして2020年からのコロナ禍は悪によってもたらされ、悪によって更に悪い状態になっていると考えている。

筆者「コロナ禍は誰かのせいと言い切れないのでは」
A「それはすごく単純すぎて、わかっていないのだと思う。目覚めていない」
見ている世界がまったく違い、目覚めると別の世界が見えてくる。だから目覚めなくては理解できない。

マスクをつけない生活や反ワクチンの姿勢が批判を浴び仕事にも影響が及ぶのは、多くの人々が支配者の言いなりになっているからだとAは苛立つ。こうした日常的な苛立ちが怒りに変わり、支配層が自らの利益のため情報を操作しているという考えを補強している。多くの人に見えない別の世界が見えることで、意識が先鋭化する。

A「ひとりじゃないですよ。かなりいますから」
同じ世界を見ている人々は、彼と同じように苛立ち、彼と同じように仲間内で癒しあっていることになる。


茶番という便利な箱

陰謀論で語られていないものは疑いもしない。いままでにない劣等感が芽生える。目覚めた人が解き明かしてくれる世界がある。だが所詮、なにもわかっていない。

では、統計や論文は嘘ばかりというAは誰の意見なら信用できるのか。

支配層である権力者が言ったりやったりしていることと反対を主張しているなら一聴に値するようだ。権力者は政治家に限らずビル・ゲイツなど実業家も含み、ビル・ゲイツはジェフリー・エプスタインと付き合いがあったとも言った。

Aはマスメディアも信用していない。「将来なにが起こるかわからないmRNAワクチンのほんとうの怖さを伝える報道がない」のが不満であり、権力者の意向を汲んでいると思っている。彼は遺伝子改変の恐ろしさや、泡を吹いて意識を失った人のほか植物状態になった人、死んだ人について実際に見てきたように熱心に語った。

しかしビル・ゲイツとジェフリー・エプスタインの関係が表沙汰になったのはゲイツがマスメディアのインタビューに答え報道されたからで、巡り巡ってAの知るところになっている。こうなるとメディアが報道したのだからAにとって疑わしい情報になるのではないかと聞いてみた。

質問に対して彼は答えを言い淀んだが、少し間を置いて「ビル・ゲイツが自分から喋ったように見せかけることくらいはするかもしれない」と言った。

そこで筆者は質問を2つした。
1.ワクチンに不安を覚える人が多数いると報道したマスメディアが、別の機会にワクチンについて中立的であったり推奨する報道をしているのをどう思うか。
2.開発されたばかりのワクチンが怖いならAが吸っている電子タバコ(タバコ葉を加熱するのではなくリキッドを加熱して吸引する嗜好品)の人体への長期的な影響について不安はないのか。

前者には「カモフラージュのため」、後者には「以前から使われている物質なので比較するのはナンセンス」という回答だった。

Aがワクチンやマスクなど新型コロナ肺炎以外のできごとをどのように考えているか知るため、話題を電子タバコに集中させてみた。

リキッドを加熱する電子タバコは2010年代に入って市場が生まれた新しい嗜好品で、2014年に大容量バッテリーを採用した第三世代に分類される製品によってブームが起こった。日本ではやや遅れて2017年頃から使用者が増えはじめた。(以下のグラフはアメリカでの電子たばこの販売数の推移、および電子たばこの発火・爆発事故の件数の推移を表している)

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このように歴史が浅い電子タバコで、吸引する気体に含まれるプロピレングリコールとグリセリンを肺に深く吸い込んだ場合の安全性は時間が証明していると言い難いことや、アメリカで1000件を超える急性肺障害が報告されていることを告げると、
「まだはっきりしていないのに、それで悪いと決めつけるのはおかしい」
と言った。

さらに以下のようなやりとりがあった。

筆者「電子タバコへの決めつけがおかしいと言うなら、ワクチンについても決めつけるのはおかしくないかな」
A「ワクチンで死んだ人ならたくさんいるじゃないですか。数年後が不安になるのはあたりまえなんだけど、こういうことを言う自由もなくなっていますよね」
筆者「因果関係不明の死者を、ワクチンを打ったから死んだと解釈するのは正しくない」
A「それがおかしい。騙されている。政府やマスコミは嘘をつくし、統計は捏造されているのを疑わないといけないのがわかりませんか」
筆者「ビル・ゲイツの話に戻ってしまったね。埒が明かないな」

Aはひどく機嫌を損ねていた。引け目や恥ずかしさを不機嫌顔で押し殺しているみたいだった。

しばし沈黙が続いたあと「馬鹿にするなよ」と小声で言い「こんな取材を記事にするなら金を払ってもらわないと困る」と唐突に声を荒げた。

この日は都内のカフェでの取材だったが、筆者からマスク着用を条件にされたことも「屈辱だ」とAの怒りは収まらない。大声を心配した店のスタッフや他の客の心配そうな表情にも食ってかからんばかりの様子だったので、対価についてあとで打ち合わせをする約束をしてAが落ち着くのを待った。以前の彼とは別人のような態度だった。

数年前の筆者とAなら、この程度のことをどちらがやったにしても笑って済ますことができた。しかし彼は引け目や劣等感を激しく爆発させている。陰謀論の欠陥や、陰謀論特有の循環論法に陥ったことを指摘されたら劣等感が刺激されるのだろうか。優越感がひっくり返って劣等感になるのだとしたら、それはわかる気がする。しばしば他の陰謀論者がみせる逆ギレは同類なのかもしれない。

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Aの力みが消えた。
筆者「去年、Facebookが電子タバコの広告規制をはじめたのは知っている?」
A「……」
筆者「電子タバコ会社の広告を取り扱ってインフルエンサーにPR料を払っているのは広告会社。Aの考えではマスメディアとつながっている広告会社は権力側になると思うけど、Facebookは反権力だからこれらを撃退したのだろうか。でも反ワクチンの発言を規制しているFacebookが反権力というのはおかしくないだろうか」
A「完全な茶番ですよ」
筆者「誰が茶番を演出しているのだろう」
A「タバコメーカー。Facebookや広告会社はそっちから金をもらっているはずなんだよなあ」
筆者「Facebookは電子タバコだけでなくタバコ、酒、サプリメント、銃器も規制しているけど?」
A「だから茶番。タバコが怪しすぎるのは常識じゃ?」

「茶番」がこれほど便利な言葉とは、このときまで思ってもみなかった。そう、彼らはわからないこと、陰謀論で解釈不可能なことを「茶番」と名付けて封印するのだ。そして何もわかっていないにも関わらず陰謀論が正しい証拠とされる。

Aにとっての善悪二元論の一貫性は陰謀論に準拠しているので、陰謀論のストーリーにはないものをAは語れず、語ったとしてもたどたどしくなる。電子タバコにいたってはストーリーどころか、その存在についてすら陰謀論で触れられていないのではないか。

陰謀論と陰謀論をもとにした解釈は信じられる。それ以外のものは想定外だし疑ってすらいない。しかし、わかったふりをして批判し見下すために「茶番」と呼んで片付ける。コロナは茶番とは、コロナ禍について分析も考察もできないという自白に他ならない。

陰謀論に「目覚めた」指導的立場にある人物さえわからないことばかりで、ときにはもっともらしい「茶番」の説明をして、この人の言い分ならAたちは素直に耳を傾ける。そして目覚めた人がひっぱり出してきた場当たり的な茶番の「証拠」らしきものを復唱するのだが、ガラクタの山が積み重ねられるだけである。

コロナは茶番とは、目覚めた人が拾ってきた証拠らしきガラクタを詰め込む箱で、それは何かを立証しているように見せかけているが、反証や検証は拒否され何ひとつ明らかにならない。HARD・OFFのジャンク箱なら掘り出しものがあるかもしれないが、茶番の箱にはそんなものさえない。「茶番」に限らずこういったものが世界の真実とされている。

いっぽう目覚めていない筆者との対話で陰謀論を検証する材料が登場すると考える前に否定し、大声と威嚇で遮るのだった。彼らにとって、陰謀論の外にある世界はセンシティブなもので満ちているのだろう。だから現実から目を逸らすために「茶番」などが重宝される。

そして以後、Aは居丈高で頑なになって行った。


信仰と目覚めと帰依

陰謀論に従って行動しても何も改善しない。むしろ追い詰められ苛立ちが増す。それでも陰謀論を捨てられない。

筆者「Aは陰謀論者と呼ばれるのをどう感じる?」
A「世界に陰謀があるからそういう名前になっているんじゃないですか。だから、そのとおりですよ」
筆者「みんなは勉強して陰謀とか策略とかを知るのかな」
A「全部知らなくても気づくんですよ。世の中の背景になっているものがああそうだったのかとわかるようになります」
筆者「だから目覚めとか、世界の裏を知りたいと言う人が多いのか」
A「それが間違っていて、つじつまが合わなかったら、ここまで信用されない」

Aは自分の主張は一貫していると胸を張る。しかし他者から見るとAの一貫性はパズルのピースを無理矢理押し込んで形を整えただけにすぎない。ガラクタを放り込んだ箱だ。このような陰謀論や反ワクチンの主張をどこまで本気で信じて、どこまで本気で主張しているのだろうか。彼は都合よく陰謀論を利用しているだけなのか、それとも陰謀論を信じ切っているのだろうか。

Aは仕事への不安から反ワクチン、反マスクの根拠となる陰謀論へ接近した。

Aは交際していた女性と別れたことで気持ちと時間を持て余していたところに反マスク、反ワクチンの新たな仲間ができた。彼らとの一体感は陰謀論に集約されている。

だが仕事周りの業界事情は好転せず、むしろマスクをつけないことやワクチンを接種しないことで軋轢を生み、妥協せざるを得ない場面で無用なストレスと怒りが生じている。ワクチンで死亡する人たちが日毎に増えていると訴えているのに、接種しろという声がやかましく追い詰められている気がする。何ひとつ救済されず、むしろ悪化すらしていて、これが仲間との一体感を高め、慰め合いでかろうじて精神のバランスを保っているかにみえる。

それでも陰謀論をもとにした反ワクチン、反マスクを貫くのだから「本気」と言ってよいだろう。

当初の目的がすり替わって、陰謀論のための陰謀論にさえなっている。

これは誤った信仰心と似ている。

筆者「いつ仕事周りの事情が好転すると思う?」
A「目覚める人が増えたら」
筆者「ワクチンを接種した人が50%を超えて、自治体によっては80%になろうとしていても目覚める人は増えるのだろうか」
A「なんでそういうこと言うんですか。ワクチンを打っても何も効かないのがわかったし、ますますどうしたらよいかはっきりしたじゃないですか」
筆者「どうしたらよいか、とは?」
A「ワクチンを打つな」
筆者「ワクチンを打たない人が増えたらAの仕事が増えるのか疑問だ」
A「目覚める人が増えたら社会は変わるでしょ」
筆者「恐ろしい写真を使ったチラシで脅かしたり、実力行使をほのめかしたりして目覚めるだろうか」
(註:Aは専門家のSNSアカウントに向けてどぎつい言葉をぶつけたり、接種会場のそばでの街宣やチラシのポスティングをするほか、平塚正幸の保管庫のプラグを抜く運動に賛同している)
A「事実を伝えて何が悪いか言ってみてくださいよ」

陰謀論こそ正しいと確信をすることを、陰謀論者は「目覚める」と表現している。これは宗教的な悟りを彷彿とさせる言葉だ。彼らにとっては、陰謀論を学習した結果ではなく、あるとき悟りを開くように真理に到達したことが重要なのだ。

ただし陰謀論という宗教じみたものには御本尊や最高指導者の姿形が見えず、それは匿名であり、教義を解釈して広めるエバンジェリストとしての目覚めた人がそれぞれ集団を束ねている。

目覚めた人は、なにもわからないから「茶番」と言ってごまかし、予備軍は「茶番」の内容がわからなくても、目覚めた人の言うことだから正しいと共感する。できごとを「茶番」と片付ける論理の飛躍が、悟りであり目覚めの本質だ。

A「(自分も)目覚めているけれど、Xさん(SNS上の人物)みたいな大物とくらべたら説得力がぜんぜん違う」

以前ハラオカヒサを「小者」と見下し、自分をあたかも大物であるかのように振る舞った人物がいて、他にも似たような価値観が散見される。大声で強い言葉を吐き、敵対するものを見下し、デモなど現実空間のできごとにコミットして大物風に見せかける。主張と証拠が空疎なので、説得力があるように振る舞うことが重要なのだ。

こうした説得力がある目覚めた人(エバンジェリスト)の元に集まって、新しい見解を見聞きしたり、ワクチン接種を勧める人たちを圧倒する様子を見るのはとても痛快なものらしい。このような発言ややりとりにAは“いいね”を入れ、大物の言葉を自分がどれだけ広められるか競うように他の人に紹介するのだった。

Aは反ワクチン活動家の集金活動や陰謀論を語る人物が参加する講演会などにかなり現金をつかっている。これを彼は「貢献」と呼んでいる。見返りは十分あると言うが、その価値観を筆者はまるで理解できなかった。

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こもの

(大物風を吹かす反ワクチン・反マスク・反自粛陰謀論者。コロナはただの風邪、コロナは茶番を主張してワクチン接種を勧める話に嘴を突っ込んだが、「ワクチンを打てばわかる」と場当たり的な反論しかできない。ハラオカヒサはワクチンを2回接種済みだがまったく健康を害していない。また全世界で接種率が上がり、接種からの日にちが経過すればするほど反論のほころびが広がる。陰謀論とはもっともらしい「証拠」が放り込まれたガラクタ箱なのだ)


どこかへ行ってしまったままのA

陰謀論者がいくら反ワクチンの主張をしても、新型コロナワクチン忌避者は減りこそすれ増えなかった。ゲームチェンジャーであるワクチン接種が進み、反ワクチン勢はどうでもよい人とされる日が近づいた。

カフェでAが声を荒げた日から険悪さが増し、リモート環境で対話を続けたが開始早々に進行不能になることもあった。最終回は話を何も聞けなくてもよいので顔だけ合わせようと対面取材を希望し、Aの予定の前に彼が指定する場所で会うことにした。

A「説得しようとしても無駄ですよ」
筆者「そんな気は最初からないけど、ワクチンを勧めている人をひどい言葉で誹謗中傷したり接種しようとする人を実力行使で邪魔するのはやめてほしい」
A「やめるとかやめないとか言うのが変だし強制ですね。自分たちが言いたいことを言って、それを人に伝えるのは自由だし、実力行使もしかたない」
筆者「コロナ禍が生活を直撃したから切実な気持ちで反ワクチンになったんだよね。接種を勧めたり、なんとしても打ちたい人も切実なのは変わらない。そういう人が主張するのも自由だよ」
A「ここまできて気づかないのは頭が悪すぎるって思うけど、どうなんですか」
筆者「だけどAたちの主張はまったく届いてない。ワクチンを拒否する人は減りこそすれ増えていない。でも“反マスク・反ワクチンから抜け出したくなったら”という記事は10万回読まれて、この方法で辞めた人はかなりの数になっているよ」
A「いや、ぜんぜん効いてない」


反新型コロナワクチンの活動と陰謀論はこれからどうなるのだろうか。

2021年9月現在、新型コロナワクチンを絶対接種しない、たぶん接種しない意向の人は対象の人口比20%程度だ。これは2020年12月の調査で「接種を希望しない」と答えた割合から減少しているものの増えていない。つまり反ワクチンを訴える人々が2021年春以降ネットだけでなく街宣活動などを活発化させてもワクチンを忌避する人は増えなかったのだ。

(2020年12月時点の『コロナワクチンに関する意識調査』/リーディングテック株式会社)

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では新型コロナワクチン忌避者のなかに陰謀論者はどれくらいの割合でいるのだろうか。

(2020年12月時点の『コロナワクチンに関する意識調査』/リーディングテック株式会社)

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ワクチン接種を希望しない人のうち「権力者の陰謀」を理由として挙げた人は1.1%で、他の陰謀論で語られがちな理由のうち仮に半数が陰謀論の信奉者だったとしても、全忌避者の半分に満たない割合ではないだろうか。

Aは「説得しようとしても無駄」と言うが、人口比20%程度のワクチン忌避者が出るのは仕方ないと処遇される段階に至り、さらにわずかな陰謀論者を接種させるために説得しても労力に見合うものがない。懸念は新型コロナワクチンへのデマが、たとえばHPVワクチンなど他のワクチン忌避に影響する可能性がある点だろう。

このように社会からどうでもよい存在として扱われ、反ワクチン派から感染者が集中的に出るようになれば主張の馬鹿馬鹿しさを証明する存在でしかなくなる。だがAはまだ「目覚める人が増えたら社会は変わる」と考えている。まるで救世主の降臨を待つかのようだ。

筆者「来年はどうなるだろう」
A「今年からずっとワクチンで死ぬ人が増え続けるんですよ」
筆者「だったらコロナ禍はいつどうやって終わるのだろう」
A「コロナなんて茶番だから何も始まっていないので」
筆者「Aの話を現状に重ねると、ワクチンを打った人が死に絶えて残りの20%くらいが生き残ったとき茶番が終わるのかもしれない。こんな世界でどうやって生きて行くつもり?」
A「そんなに接種しているはずないでしょう」
筆者「だったら茶番は終わらないな。まだまだずっと先までワクチンの接種が続けられるだろうから」

Aは否定も肯定もせず、表情も特に変えなかった。彼の中でコロナ禍終了が想定されていないのは間違いなく、茶番とされるコロナ禍がいつまでも続くことが前提になっていそうだ。

筆者「本当は1回目だけでなく2回目の接種率が上がって、これから会場を縮小して行くのだけど、これも茶番なんだろうね」
A「いい加減にしてもらえます? 時間なので」
筆者「じゃあこれで」
A「勝手にしてくれていいです。二度と会うことないと思うし」

もしかしたら彼らはこのままコロナ禍が続くことをそれとなく望んでいるのではないかとさえ思える。仲間ができて、慰めあえて、力強さを感じられて、信じるよろこびと貢献するよろこびと、人生の答えがあるのだから。

対話を終えて先に取材場所を出たAの後ろ姿が路上にあった。向かう方角が同じだったらしく、後を追うつもりはなかったが彼の背中を眺めながら歩くことになった。駅に向かう道のりがやけに長く感じられた。

するとAは反ワクチンの仲間らしいギターケースのようなものを背負った男を含むノーマスクの集団に合流した。この予定のついでに取材を入れたのだ。酒が強いという人たちと、これからどこかで路上飲みをするのかもしれない。「いろんな人」がいると言っていた通り、ツーブロックにスーツ、有閑マダム風の初老の女性、ダモ鈴木のようなサンダル履きの男が目に入った。Aの雰囲気ががらりと変わり子供のようにはしゃいでいる。想像もつかない文化があり、その先へ彼は行ったのだ。

集団を追い越すとき気づかれるかなと歩く速度をあげたが、特に何事も起こらなかった。彼らと一緒なら「コロナの前と変わらない」と言うけれど、Aの以前の生活とはかけ離れているのは間違いないし、望んでいたものでもないような気がした。

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