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【5分小説】深夜に一人、ただ歩く

お題:愛を叫ぶ。
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 めちゃめちゃ足が痛い。歩き疲れた。夜通し歩いていた。

 なんでそんなことをしたのか。
 終電を逃したからか。否。
 誰かを探していたのか。否。
 忘れたい恋があったのか。否。

 理由はもっと簡単だ。歩きたくなった。それだけだ。なのに人には理解してもらえない。人はどこまで歩くことができるのか。試したくなったのだ。

 これがマラソン大会なら沿道で声援もあったかもしれないが、勝手に一人で歩き出したものだから、すれ違う人に変な目で見られるのが関の山。

 空には星が煌めく。行き交う車のヘッドライトが俺を照らしては通り過ぎていく。

 ごめん、今日帰れないわ。

 LINEでメッセージを送った時、家族の反応は冷たかった。馬鹿じゃないの。なんでそんなことを。何かあっても知らないからね。

 海沿いの道を行く。左手側には街灯や民家の明かり、飲み屋の看板が光っている。右側は海。吸い込まれそうなほど真っ暗だ。光と闇。生と死。俺はその瀬戸際をただ歩き続ける。

 自分を愛したかったのかもしれない。尋常でない距離を夜通し歩き通すことができたら、なんの取り柄もない自分を認められる気がして。

 牧場ミルキーソフトクリーム1.5倍増量。

 突然目の前に現れたのぼり旗。知らない街に佇む見慣れたコンビニ。

 ここのソフトクリーム、美味しいんだよな。知ってる。1.5倍増量。駄目だ。ここで立ち止まったら、疲れ果てて二度と動けなくなる気がする。せっかくここまで来たのに。

 目をつぶれ。俺は何も見ていない。牧場ミルキーソフトクリームなんてものはない。ストイックであれ。さすれば報われる。

「おーい」

 呑気な声。振り向くと、ソフトクリームを食べている姉貴。
 コンビニの駐車場には見慣れた車が停まっていて。

 姉貴が車の中に向かって、

「あいついたよ」

 運転席の窓が開き、親父が身を乗り出してこちらを向いた。不機嫌な顔で、乗れ、と手で合図している。

 あともうちょっと歩いていたかったのに。そんな思いもあったが、気付けば車の方へ吸い寄せられていて。

 お腹がぐるると鳴った。そういえば、お腹が空いていたっけ。

「アイス食べて良い?」
「勝手にしろ、馬鹿」