人生、転職、やり直しゲーム 第1章

【息子】

不動産仲介会社『温故知新』の社長が言うには、

ずっと前に、優順さんの息子さんから、
店舗を賃貸で借りる人がいないか、
探してくれと頼まれて、
ネットで広告を出した。

ずっと借り手が見つからなかったが、
ネットで人気のレトロな古道具屋が、
改装して良い条件なら、
大工さんを手配して、
リノベーションして使いたいと連絡があった。

優順さんとしては、
思い出がある店なので、
やはり、壊してアパートを建てるより、
改装して、使って欲しいと思った。

だから、
アパート着工は、クーリング・オフにして欲しいとの事だった。

俺は思い切り嫌な表情を見せつけて言った。
「『温故知新』さんでしたっけ?
クーリング・オフは、
消費者と事業者の取引で可能ですが、
建築会社とアパート経営予定の大家は、
商取引になり、
不可能です。できません」

「無能さんとやら、
最近の法解釈では、
アパート経営の大家も
建築会社からしたら
消費者と同じ扱いでもいいんじゃないかって動きがあるのは
ご存じですよね?」

「そんな…契約を辞めるなんて…
俺は、寝る暇も惜しんで書類を作ったのに…」

俺は、席を外して、車に戻り、
パワハラパレスの顧問弁護士に電話で聞いたが、

契約からあまり時間がたっていないし、
この手のサブリースアパートで失敗して
自己破産する人間が多いことから
世間の目が厳しい。
違約金取るくらいで勘弁してやったほうがいいと言われた。

俺の努力は何だったんだよ…
俺は優順さんの家の居間に足取り重く引き返した。
この、クソ不動産屋め!

「無能さん、息子さんの意見も聞かないで、
契約先走りすぎだよ。
息子さんは、
ずっと前にうちに店舗の借り手の依頼を
頼んでいたんだよ。
それが、
横から出てきて、
建物を壊してアパートを作る?
息子さんは何も聞いていないよ」

「横から出てきたのはどっちだよ!
クソ不動産が!
俺は…、
金まで用意したのに!」

「無能さんですか?
俺は息子です。
うちの親がハッキリしなくて迷惑をかけました。
でも、
『見積もりだけ取らせて』って言っておいて、
ズルズルアパートを建てる契約をさせるから、
こんなことになったんじゃないですかね?

うちの親も、
思い出深い店舗を壊すより、
直して使う人に貸したいと、
今、言いましてねぇ、
隣の輪仁さんの庭は、
駐車場拡大のため、
そのまま輪仁さんから残りの金を払って買い取ります。


パワハラパレスに違約金は払います。
ですから、アパート着工は、
白紙に戻してください」

「ノルマが…
クビになる…」

無能さんが小さな声で言った。
「無能さん、すみませんなぁ、
俺らの、思い出の店、
使いたい人に使って欲しいだよ。
本当についさっき、古道具屋が見学にきてくれてなぁ、
腕のいい大工さんが
今風の古民家リフォームしてくれるって言ったべ」

「課長に、怒鳴られる…」


俺はどうにか、
アパートを建ててくれないか、
店を残したいのなら、
家を壊すといいのではと提案すると、
不動産屋にキレられた。

「優順さんは
家も、店も残したいって言っているじゃないか!

パワハラパレスは、本当にしつこい!
アンタんとこの評判、
はっきり言って最低だよ。

体育会系ノリのゴリ押しで何とかなると
勘違いしている、
ネットの評判通りのダメダメ会社、

安っぽい、隣の住民の咳が聞こえるような、
欠陥だらけのアパートしか建てない癖に!

今のアンタの会社にこんな職人技が光る建物なんて
建てられないだろう?

アンタみたいなハイエナが、
客に大損させるから、
不動産業界は胡散臭いって言われるんだ!
『パワハラパレス』は日本の不動産業界のガンだよ!」


「日本のガンはお前ら年寄りじゃないか!
景気のいい時に
さんざん甘い汁吸いやがって、
その上、年金暮らしなんて、
俺らから搾取して、働かないくせに!」

俺は感情に任せて言い過ぎたようだ。
優順夫妻が俺を
ろくに掃除していないぼっとんトイレを見るような目で見た。


「無能さん、それは言い過ぎだべ!
俺たちの年代は、
腹をすかしながら、
毎日、馬車馬のように働いたべ。
テレビCMやっている大企業に就職したアンタに
俺たちの苦労はわからないべ!」

戦後、皆が飢えていた朝ドラおなじみの世界かよ。
今の人間は、老害と格差社会と借金で大変なんだよ、
と、どなろうと思ったが、
ますます話がこじれそうなので、
俺は我慢した。

「契約取り消しですか、
わかりました。
でも、優待旅行はキャンセルできませんので…」

「キャンセル料払うから、
勘弁してけろ」

「わかりました。
既に旅行代理店に申し込んでしまっているので、
優順さんが直接、旅行代理店に
電話でキャンセル申請してもらえますか?」

俺は、それだけ告げると車に乗り込み
会社に引き上げた。

どうにかして、
優順さんから契約を取れないか、
俺は、図面を見たが、
優順さんの家か店を潰さないと、
あの土地にはアパートは無理だ。

しかし、
息子が不動産仲介会社に賃貸の仲介頼んでいたなんて
俺は一言も聞いていないぞ。
俺も肝心な情報を後出しする営業方法はよくやるが、
これは、あんまりじゃないか…
契約を撤回したいなんて身勝手だ!

今月中にもう1件契約を取らないとクビになるのに、
優順さんのせいで、
書類作成に時間をかけてしまったから、
時間を随分無駄にした。

今更、他に買ってくれそうなところは無いし…
俺は、初心にかえり、
今まで挨拶して聞き出した地主の個人情報リストから、
電話営業をかたっぱしからかけたが、
誰にも相手にされなかった。

何度も何度も迷惑そうに断られているうちに
精神がおかしくなってきた。
心を殺しているうちに、
単なる電話をかけるロボットになった気分だ。
他の同僚も見ているのに、
俺は涙と鼻水を垂れ流しながら、
あてもない営業電話をかけ続けた。
100件近く、ガチャ切りされた。
俺は否定されるだけの男だ。

俺は疲れ果てて、
家に帰ることにした。
家の玄関のガムテープを剥がし、
鍵を開けた。

玄関で、勘太郎が寝ていた。
「またかよ、しょうがないなぁ」
俺は、勘太郎を抱き上げたが、冷たい。
顔色が土色だ。
勘太郎は死んでいた。

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