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ロングスリーパー

子供の頃から眠るのが好きだ。
放っておいてもらえれば何時間でも眠れるし、毎日10時間以上は眠っている。
会社勤めをしていた頃は、そこまで長時間睡眠がとれず昼間とても眠くて困った。
夫はショートスリーパーのようで、夜0時に寝ても朝5時には起きるので、朝食は夫が用意している。息子も学校があるので8時前には起こされる。
家族の中で一番最後に起きるのが私だ。
どうしても早く起きられない。
冬は特に朝になっても窓の外は暗くて寒くて全く目が覚めない。
毎朝のように「いつまで寝てるんだ?」と、夫にカーテンをシャーッと開けられ窓も全開にされるので、寒くて仕方なく起きる。
私はこれまでの人生のうち、半分くらいは眠って過ごしているのかもしれない。

夢の中の町

私は以前、夢日記を付けていた。
枕元にノートを置いておいて、目が覚めたらすぐに、さっきまで見ていた夢の内容を書き留める。
そうやって日記を付けるようになると、どんどん夢を詳しく鮮明に覚えていられるようになった。
一晩に二、三の夢を見ているようで、だいたいの夢の中ではこれは夢だ、と分かっている。
そして、あの夢の続きを見ようと思えば見られた。

私には何度も見る同じ夢があった。
それはこんな風だ。
とある町を私は一人で歩いている。
あそこの角を曲がったら、お気に入りの洒落た雑貨屋があり、隣の路地を抜けると柱時計のある古い喫茶店がある。通りを北の方へ向かって進んでゆくと右前方に神社の鳥居が見えてくる。商店街の人とも何となく顔見知りだ。
その町はとても懐かしく、よく知っている場所だ。昔住んでいたことがあったかもしれない、と夢の中で思っている。
これは夢だと分かっているのに、その町は実在する筈なのだ、と懸命に思い出そうとしている自分がいる。
その町を歩き廻りながら、ここは、えーと、何という名前の町だったっけ?と考えている。
夢の中で何度もその町へ帰った。
行ったというより、帰って来たという感覚なのだ。

もしかして夢の方が現実で、現実だと思っている今が夢だったとしたら…と、ある日ふと思った。

ーーー夢に侵食されるかもしれない

私はだんだん怖くなってきた。
それからは夢日記を付けることもやめた。
夢日記を付けなくなったら、夢を見ていたことさえ、目覚めると思い出せなくなっていった。
ぼんやりとした夢の気配のようなものが残っているだけだ。

煙のように、あの町は消えてしまった。


星の時計のLiddell

内田善美という漫画家をご存知の方はいるだろうか?
彼女は1970年代から1980年代前半まで少女漫画雑誌の「りぼん」や「ぶ〜け」で活躍していたが、現在は断筆していて自著の復刊も望んでいないという。
私もリアルタイムで読んでいたわけではないけれど、学生時代に友人が持っていた単行本を読んでとても惹かれた。
最後の単行本となった『星の時計のLiddell』は、自分でも手に入れ今も手元にある。
彼女の絵は緻密で繊細な描写が特徴で、まるで西洋の絵画を見ているようだ。ストーリーも詩的で幻想文学を思わせる世界感があった。

『星の時計のLiddell』の中には、ずっと夢を見続け10年以上も目を覚まさない女性の話や、"胡蝶の夢" も出てきた。
"胡蝶の夢" とは中国の荘子の説話で、夢の中で蝶になって楽しく飛び回っていたが、目が覚めて思う、自分が蝶になっていたのか、それとも今の自分はあの蝶が見ている夢の中で人間の姿になっているのか、現実と夢の区別がつかなくなる。

『星の時計のLiddell』の物語は、亡命ロシア人貴族の末裔で世界中を旅するウラジーミルの目を通して描かれる。
2年ぶりにシカゴに戻って来たウラジーミルは、旧友ヒューの奇妙な夢の話を聞く。
ヒューは夢の中で、ヴィクトリアンハウスと薔薇の中の少女に出会い、現実と夢を行き来していた。少女はリドルと名乗る。
ある晩、夢の中でリドルが助けを求めていたが、間に合わなかった。
その後ヒューは、アンティークショップでリドルとおぼしき少女が写った19世紀の古い写真を見つける。
リドルは実在していた。

ヒューは仕事も辞めアパートも引き払い、ウラジーミルと二人でアメリカ中夢の中の家を探し始め、ついにその家が見つかる。
その家で生まれ育ったという婦人は、この家の元々の持ち主はスターリング・ノースという人物で、寝たきりの少女と住んでいたが、亡くなる前に婦人の祖父に家を譲ったのだと言う。
それから屋敷には一組の幽霊が現れるようになり、しかし彼らは一族にとって親しい存在で、それは美しい思い出となった。
少女の幽霊(リドル)が青年(幽霊となったスターリング・ノース)に尋ねる。ウラジーミルはいつ来るの?と。青年は答える、金木犀の花をつける頃。
祖父も父も私達子供も、長い間ずっとウラジーミルを待っていた。
スターリング・ノースに生写しのヒューが、あなたをここへ連れて来た、と婦人はウラジーミルに言う。
その家をウラジーミルは借りることにし、ヒューと暮らし始める。
ある日ウラジーミルは屋敷の中で少女の幽霊に遭遇し、少女はウラジーミル?と呟き金木犀の香りを残し消えた。

ラスト、夜中にヒューに呼ばれた気がして、うたた寝から目覚めたウラジーミルは、寝室に様子を見にゆくと、ヒューは忽然と姿を消していた。
枕はさっきまで寝ていたヒューの形に窪んだまま、温かさを残して。


ヒューは時空を超え、リドルのいる夢の中へと帰って行ったのだろうか。


朝、微睡みの中、閉じている寝室のドアの向こうから、夫がつけたらしいテレビのニュースの音が漏れ聞こえてくる。

この国の言葉は、今でも意識して耳を澄まさないと、ただの音で、私にとって何の意味もなさない。

目覚めて、ここは何処だろう…と思うことがある。





本当は、今いる現実だと思っている世界の方が夢なのかもしれない


私たちは、実は誰かの見ている夢なのかもしれない




そんな事を思いながら
今夜も長い眠りの中へと落ちてゆく





明日の朝、目を覚まさなかったら私は…









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