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三浦春馬 映画 「東京公園」 ~ファインダー越しに見つめる世界

秋も深まり、紅葉した木々の葉が散り始め、地面は黄色や赤の落ち葉の絨毯が敷き詰められたようで美しい。
この国はすでに晩秋で、もうすぐ長い長い冬がやって来る。
そんな季節が来る前の秋日和の休日に『東京公園』をまた観た。
春馬くん21歳(撮影時は20歳)の時の公開作品だ。20歳の頃というと、高校生を演じたかと思うと高校教師になったり大学生になったり、春馬くんは演じる年齢も変幻自在だ。


はじめに

この作品の全体に流れる、まったりとして穏やかな空気感が好きだ。
光司が住む家は、畳や襖などがある懐かしい雰囲気で、学生時代の下宿先を思い出した。ヒロみたいに押入れに布団を敷いて個室みたいに使っていた友人もいたなぁ。
青山真治監督の作品は、これまでもいくつか観ていたのだけれど『Helpless』『EUREKAユリイカ』『共喰い』など、救いのないような強烈なイメージがあったので『東京公園』のような穏やかな作品も撮っていたことが少々意外だった。

光司と富永とヒロ

カメラマン志望の大学生・光司は、公園で出会った歯科医の初島に、妻を尾行し写真を撮るように依頼される。初島の妻は、毎日のように東京中の公園を子連れで訪れている。
おおらかで飄々としている光司は、キョトンとした表情も愛嬌があってかわいい。春馬くん自身も以前、素の自分に近い役と語っていたように、のんびりとしてマイペースな光司の言動や立居振る舞いはとても自然だった。
春馬くんがこれまで演じてきた役は、過酷な極限状態におかれる役も多くて、その中で光司は心穏やかに見られる貴重な役だ。
カメラを扱い慣れた青年を演じるに当たり、メーキングではカメラの構え方などをスタッフに何度も確認する春馬くんの姿があった。シャッターを切る時にブレないように、ちゃんと脇を締めて構える春馬くんは、なかなか様になっていた。

光司と同居する染谷将太くん演じるヒロは、家から一歩も外に出られない幽霊で、なぜか彼女だった富永には姿が見えず、光司にだけ見える。
ヒロがいつ見えてもいいように、富永は心の準備としてゾンビ映画ばっかり見ている、ちょっと変わった映画好きな女の子。
恋人というわけでもなく、かといってただの幼馴染でもないような、富永と光司の何でも言い合える男女を超えた独特の関係性もよかった。
富永を演じた、まだショートカット時代のボーイッシュな榮倉奈々ちゃんがキュートだ。
しっかしこの二人はよく食べる。コタツにあたりながら、肉まん、ケーキ、おでん、などなど大口開けて気兼ねなくご飯が食べられる仲って良いな。
ヒロのデジカメに入っていたSDカードの写真を見ると、ヒロが撮影していたから光司と富永しか写っていなくて、”それにしたってこれじゃ、アンタとあたしの愛のメモリーみたいじゃん” って言うセリフに笑った。
変な想像しないでよね、という富永の言葉に、は?どんな想像よ?と答える、女心に鈍い光司。

姉と弟

光司と血の繋がりのない姉・美咲(小西真奈美さん)と富永は、お互いに相手が光司と結ばれてほしいと願っている。
私が鈍感なのかなぁ…。富永が、美咲は光司のことを(弟ではなく男として)愛していると指摘した時、ええっ!?そうなの?と、光司と一緒にビックリした。
それまで全然そんな風に見えなかったもので…。
再度、意識しながら見直してみると、美咲の意味深な眼差しがシーンのところどころに見られ、なるほど…と思ったのだけど。
光司の実母は、隠し撮りを頼まれている人妻(井川遥さん)とそっくりで、そこに嫉妬する美咲。
富永は、両親が移住している大島に光司と美咲が一緒に行くのは結ばれるチャンスだったのに、なぜ美咲はみすみすそれを逃したのか、と訝しむ。
悩んだ光司はバイト先のマスター(宇梶剛士さん)に、常連客である姉のことを尋ねる。マスターは、美咲はいつも光司のことを話す時は恋人みたいに感情を昂ぶらせていた、と言う。
だけど何か特別なことがない限りこの二人は結ばれないだろう、そう思っていると話すマスター。

まっすぐ見つめればわかるよ、と富永に言われ、美咲と向き合う決心をした光司は美咲の部屋を訪ね、初めて彼女の写真を撮る。
カメラのファインダーは、一瞬で真実を捉える。
光司にファインダー越しから見つめられると、美咲は自分の気持ちを隠しきれなくなる。
シャッターが切られるたびに、心の鎧が一枚づつ脱がされてゆくような美咲。
その後は息苦しいほど切実な光司とのキスシーンだった。
お互いに好きという気持ちがあっても、成就することのない関係。
光司自身も、この先はない…と思ったようだけど、何故?
先に姉弟として出会ってしまったから?
その先にはいけないとお互いに悟ってしまったから?

昔、両親の再婚が決まり、高校生だった美咲は、弟になる小学生の光司を見に来た。
"姉さんが僕を初めて見た時、僕も姉さんを見たんだよ"
たぶんその時から光司も美咲に淡い想いを抱いていたのだろう。
"姉さんが姉さんでよかった" というセリフは、『アイネクライネナハトムジーク』の "出会ったのがあなたで本当に良かった" という言葉を思い起こさせた。
子供の頃からの想いに、けじめをつける光司。

写真を撮るということ

妻を愛し過ぎて猜疑心の塊になっている初島。
たぶん彼の妻は、夫が自分を疑っていることを知っていて、大学時代に考古学サークルで出会った夫からの初めてのプレゼントであるアンモナイトと同じ、渦巻きのような道程で公園を巡っていた。これは妻からの愛のサインだったのだろう。

自分だって将来について不安を抱えているんです、という光司に初島はこう語る。

君の写真は被写体をあったかく包んでる。まるで公園みたいだ。
君と話していると、のんびりやってもいいかなという気がしてくる。

光司は、被写体といつも心を通わせようとシャッターを切っているように見えた。
奥さんのこと、これでまっすぐ見つめてほしい、と初島にデジカメを渡す光司。
光司にもらったデジカメで妻とお互いを撮り合う初島。



写真を撮るというのは、実に不思議な行為だ。流れて行く時間の一瞬を切り取り、それを記録し半永久的に保存する。
いつもの見慣れた部屋や風景も、カメラのファインダー越しから覗くと、どこか知らない場所のようにも見える。
私は仕事で写真撮影をよくするのだけれど、実際に見えている情景とファインダー越しに見ているそれは同じとはいえない。
その時の自分の心情が、如実に撮った写真に反映されていたりもする。
とくにフィルム写真の場合は、現像して印画紙に焼き付けるまでどんな風に写っているのかわからない、時には意図していなかったような写りになっていたり、デジタルにはないドキドキ感がある。

春馬くんは、ドラマの撮影時などによく自分のカメラでキャストを撮影していたようだけれど、『東京公園』で光司という役をやった影響もあったのだろうか。
子供の頃から不特定多数の人に見られる俳優という仕事をしてきて、それとは逆に自分の目を通して周りの人々や世界を見ようとしていたのか。

光司が愛用していたフィルムカメラはCONTAXのたぶん167MTという機種で、一眼レフにしては軽量コンパクトで外見のデザインも美しい。残念ながらCONTAXのカメラはもう製造されていないので中古でしか手に入らない。
だから光司が手にしていたのも中古で、美咲が "それお母さんの" と言っていたから、カメラマンだった亡き母のカメラを譲り受けたのだろう。こういう劇中の小物にまでちゃんと意味があるところがよい。
春馬くん自身は、プライベートではLeica(ライカ)のコンデジ D-LUX 7を愛用していたようだ。ライカとCONTAXは共にドイツの高級メーカーで、カメラ好きにとってはどちらも一度は手にとってみたい憧れのカメラだ。
ライカは外見も質実剛健でクラシカルな佇まいがカッコいい。
春馬くんは自分の気に入った良い物を長く使う人だったことが伺える。

ファインダーから春馬くんはどんな世界を見ていたのだろう。
撮った写真の数々は今どうなっているのか…。
出来ればいつか春馬くんの撮影した写真の展覧会を開いてほしい、なんて思ったりする。

公園のような人

ラストで、頼れるのは光司しかいないと、押しかけてきた富永は同居を申し出る。
"嫌がらないでよ" という富永に、"いろよここに" と答える光司。
成仏(?)したヒロの涙が光司の手に落ちてくる。

この作品の登場人物は、みんな光司に心の中に溜め込んでいる気持ちをぶつけて、それを全て受け止めてくれる光司は、なんと度量の広い青年だろうか。
分け隔てなく寛容で謙虚で、春馬くんそのもののように見える。

光司は、みんなが集い癒される公園のような人だ。





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