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「Be yourself~立命の記憶~Ⅱ」第10話

見えている未来

翌朝、目が覚めた私は、落ち込みながら洗面台で鏡を見た。

「鏡を見ると人は冷静になれるんだってね。」

初日のカラオケスナックで、並んでいる女の子達の後ろ側が、横長の全面鏡だったのを見て、私がニノに言った言葉だ。

そして、自分の顔を鏡で見た時に、なんともひどい顔をしていたのに気付いた。
お酒を飲みすぎて、たばこも吸いすぎて、昨日髪を乾かさないで寝たから頭はボサボサ。
腫れぼったくなった瞼の目の下にはクマも出来て、残念な顔。
お世辞にもカワイイとは言えない、37歳のダメな女が居る。悲しいかな、女子とも言えないな、この人・・・。

その顔を見ながら、昨夜の出来事を思い出した時に、笑いが止まらなかった。
だって、こんな女を、タイ人女性が、次々にわらわらと寄ってきて、彼と引き離すんだよ? なんであんなに一生懸命、彼との距離が縮まるのを阻止してんのー?!

そう考えると、ずっとすれ違いっぱなしの私達が面白くなってきた。
これが、運命ってものかと。

その時、私、この出来事をちゃんと本にしようと決めた。
だって、私、やっと昔の自分を取り戻したから。本来の自分を取り戻したから、もう出来ると思ったんだ。

昔から、「よく考えなさい」と言われていた。「考えて行動しなさい」と。
でも、よく考えてから行動してるつもりなんだけどしょっちゅう失敗してたよね。代わりに、何も考えないで行動したりもしてたから、うまくいく事もあったよ。

今回、私、すっごく考えた。2週間以上も前から。パワポで資料まで作って死ぬほど考えた。ベトナムについてからもまだ考えてた。

私、たぶん成長したんだ。でも、だんだんと本来の自分を見失っていたんだ。 だから、私はこうやって旅に出た。見えない何かに誘導されて。
元々こうなる事が決まっていたのかも知れないし、私か、誰かが変えたのかも知れない。

「運命は変えられる」
「未来は変えられる」

私には、出来たって思った。 って事は、誰にでも、出来るはず。
Change your destiny. Change your future. I can, so you can.
妄想でもいいよ。見えたビジョンを、自分の信じた道を突き進んで。

***

バンコクのスワナプーム空港を出発する飛行機に乗る直前で、私の直感で「これ映画になる」と思った。

そうかも知れないな、という予感と共に、ひたすら紙に起こった出来事を書き留めていった私。

羽田空港を出たバスの中で、私は、日常的に癖のようになっていたスマホを開くことを一旦止めて、外の景色を眺める事にした。

窓を触ると、日本の冬が近づく頃の寒さを感じる。真っ暗な空の下で、東京の夜を彩る幾つもの光が、目の前を通り過ぎていった。
ささやかな、それでいて、一生懸命、都会のコンクリートに根を張って生きている樹木達も。
それを見て、私は、自分の経験した事をまた紙に書いていった。

そして、中野の自宅に帰宅した私は、エレベーターに乗りながら、ドキドキが止まらなかった。 不思議な事に、頭の中は、旅行に出る前と同じようにずっとボーっとしたままだった。

「ただいまー!I'm home!!私の大好きな家族ー!みんなの大好きな元気なママが帰ってきましたよー!」

そう言って、自宅のリビングに入ると、いつも見ていたはずのリビングが、雲が晴れたようになんだかキラキラして見える。
子どもたちの顔が、ピントを合わせた写真を見るように、浮き上がって見える。こんなにも可愛いんだと、泣きそうなくらい嬉しかった。
心の底から、子どもたちが愛おしくなった。きつく抱きしめて涙ぐんだ。

「今までごめんね、私ちゃんと可愛がってなかったね。あなた達は本当に可愛いよ。大好きよ。愛してるよ!」

主人にも伝えた。

「本当に今回の事、感謝してる。あなたの事、本当に愛してる。愛してるよ!」

お父さんにも。

「ごめん、お土産買うの忘れてた!でも私、お父さんの事、大好きだから!」

そして、それを伝えた後、私はこう言った。

「あなた、お父さん、子供たちにも大変申し訳ありませんが、私、これから本を書きます。 今回の旅行ですっっっっごい事があったから、本にしないと伝えられない!!! そして、最終日にあった出来事はまだメモしきれていないので、これからすぐに忘れないように書いておきたいの。」

すると、地元では変わり者で、歩く百科事典と言われている父親がこう言った。

「それは、今すぐ書きなさい。話をすると、脳の記憶から消えていくから、黙っておいたほうが良い。」
「うん、そうだね、知ってる。ありがとう、お父さん。」

私は、そう言うと、少しポカンとしている優しい主人に言った。

「そういうワケで、ホントすみませんけど、もう少し子供たちの事よろしくお願いします。 上の階のあなたのパソコンちょっと貸して。私、終わるまで少しこもるから。寝室に入らないでください。本が出来たら読ませるから。そしたら全部分かるから。」
「分かった。」

主人が優しく頷いてくれたのを、確認して、私はボストンバッグもそのままに、上の階へ行った。着替えもせずにそのまま。
階段を上る途中で、振り返って大声でこう言った。

「あ、子供たちのお土産とか後でいいよねー???」

主人と父親が声を揃えて言う。

「いいよー。」

この時は、こんなに時間がかかるとは思ってなかったんだけど・・・。

日本に戻ってからの最初の2日間は寝てなかった。
3日目にやっと寝室のベッドに仰向けになって考えていたら眠れた。 3時間くらい。
起きたら頭が冴えて眠くないのに、なんかまだボーっとする不思議な感覚だった。
そして、また書き起こした。 一日2,3時間くらいしか寝てなかったね。
食事もほとんど取らなかった。

11月5日の土曜日の午前中からは、自分のオフィスに移動してこもって書いた。 父親の帰りの飛行機は、主人と相談して1週間先の便に変更してもらった。

そして、初稿の269ページを1週間で書き上げた。

***

11月24日の木曜日、東京は初雪が降った。 その空を見上げながら思った。

雪の降っている都会の空はね、意外とロマンチックとは程遠い、ホコリが降ってるみたいな空だよ。今度見てみたら分かるよ。
横から見ると、雪がしんしんと降っていて、とても美しいんだけどね。
だから、上を見上げるのは、簡単だけど、その中に入ってもキレイなだけじゃないよ。 むしろ、スゲー大変なんじゃない?雪が顔にあたって、進みにくし、相当幻滅しながら進む事になると思う。

芸能界の事は、実際にいたから、色々分かってる。
でも私、今なら、そんな中でも頑張って前に進めると思う。
昔は、若かったから、自分の作品に対して大人が何かしてくれるのを待つだけだったけど、今はもう大人だから、自分から動けるもの、私。

本当に出来るよ。書籍も、映画も。
途中で、見ていた未来が間違っていたと思ったら、もう一度未来を見つめ直せばいい。
そこから、また新しい未来が見えるもの。

あたしね、未来が見えるの。本当だよ。

だって、私、若い時にこの文章書くところ、見たことあるもの。

仕事の始まり

ここまでの話を書き上げて、初稿を印刷した私は、主人に見せて、これを仕事にする事の承諾を得た。
映画は投資商品であり、原作は作家の著作物だ。芸能界の表側と裏側を経験上知っている私の強みが発揮できるのではないかとも伝えた。
そして、私は主人に言った。

「あなたが会社立ち上げて事業を始めた時も、辞めた時も、私、反対しなかったでしょ?」
「まあ・・・うん。」
「今度は私の番です。」
「うん。」
「ありがとう、私、頑張るから。」

自分の人生の主役は自分自身だ。誰かの為に犠牲になるものではない。

そして、私は、仕事をする上で一番大事な事を改めて確認して掘り下げる作業に取り掛かった。

コネクションである。

縁が無いと、なかなかキーマンにたどり着く事ができない業界でもあるし、相手にもしてもらえない。
そして信頼関係が構築できないと、仕事が進まない。

私は、まず、映画製作のプロに相談するべく、連絡先を調べた。
メジャーデビューした頃の関係者が、一部、映画業界に移っている事を知っていた私は、大手企業のアルファベット3文字のロゴのついたプロデューサーの名刺を引っ張り出して、電話をした。

***

「映画になりませんか?」

山手通り沿いのデザイナーズマンションの一室。最近手狭になったとの事で新しく別なフロアも借りたというソファと段ボールだけの撮影用スタジオで、私はY氏に1作目の全編を1時間半かけて読んでもらった後、尋ねた。

大きな体で、ソファにもたれかけながら、Y氏は言った。

「うーん、やっぱ、ニノとはやっちゃわないとダメだよね。」
「えぇぇぇー!そんなぁ!」
「みんな、それを期待してるんだからさあ。」
「でも、面白かったですよね?」
「まぁ、面白いね。」
「だったら良くないですか?」
「映画だったら、せめてチューするか、やっちゃうか、誰か死なないとダメだね。」
「うーん、映画のセオリーですね、確かに・・・。」

しばらく考えて、私は言った。

「分かりました!じゃぁ、タイに続きを作りに行ってきます。殺しはできませんが、何か話に進展ができるかも知れませんので。」
「そうだね、頑張って。」

***

そして、タイに行く前に、もう一人、留守電を入れておいたら折り返し電話をくれた、映画製作会社の取締役のK氏ともアポイントを取った。お会いするのは実に18年ぶりだった。
日時を決めた後、最後に電話口でK氏が私に尋ねた。

「でも、なんで俺に連絡したの?」
「いやぁ、Kさん、デビュー当時から私の才能、見抜いてくださってたので。あと5キロ痩せたら俺が売ってやるって言ってました。」
「そうだったなぁ。」
「今頃、痩せましたが、お会いできるのが楽しみです!」

そう言って、新宿のオフィスビルの38階でランチをしながら、近況も含めて話をして、それでも話が終わらないので、パークハイアットの1階のデリでお茶を飲みながら更に話をした。合計7時間ほど。
映画になった時のエンドロールはこうだ、という話をすると、大爆笑しながらK氏は言った。

「いやぁ、お前、やっぱ面白いわ!」
「ありがとうございます、映画になりますよね?」
「まぁ、Yさんの言う通り、もうちょっと続きが必要だな。」
「うーん、でも、不倫は良くないと思ってまして・・」
「お前の生き方で良いよ。お前は日本の女性のロールモデルになるよ。」
「お手本って事ですか?」
「そう。それが映画になったら国がバックに付くぞ。」
「日本が、ですか。」
「お前みたいな女性を増やしたいんだよ、今、日本は。自分の会社もやってんだろ?」
「はい。まだまだ小さいですけど。」
「それで良いんだよ。お前、ホント頑張れよ!」

K氏はそう言って、また続き聞かせろよ、と去っていった。

***

「ロールモデルねぇ・・・。」

家に戻った私は、1歳の長女をゆらゆら抱っこしながら、何がお手本なのか、色んな事を考えていた。

あぁ、ここ1か月、毎日、主人はこうしてくれてたんだな。いや、その前からもしてくれてたな。
今の私、家の事をほとんど主人に任せて仕事ばかりしてて、昔の主人みたい。
そうだ、長男が産まれた頃の主人ってこんなだった気がする。私、専業主婦だったし。
あの時、どう思ってたんだっけ。家の事は私に任せて、あなたはお仕事頑張ってね、って言ってたかな。でも、本音は辛かったから、周りのママに頼る事もあったな。
いや、頼れる場所が無かったから自分で SNS のシステムまで作ったな。

そんで私が、家事と子育てばっかりだとつまらなくて、保育園に入れたんだ。とにかく、最初は保育料くらい稼げばそれでいいやって思って仕事を始めた。
そして、働き始める事でイキイキしてきたんだった、私。その流れで、とうとう起業までしちゃった。
起業したのは、私が、時間の融通を利かせながら、主人を無理なく支える為だったとも言える。その後、主人の会社がうまくいかなくなってきたタイミングで、私の会社は安定した。
だから、主人は今、家事も育児も率先してやってくれてる。なるべく定時で上がれるサラリーマンに戻って、仕事しながら。

そうか、子育てとか家事とか仕事とか、一度、夫婦で交代してみたら良いかも。
専業主婦の人は、自分が働いて今の旦那さんと同じお給料が貰えるかどうかを想像すると、旦那さんのありがたみが痛い程分かるね。
旦那さんは、奥さんが普段やってる事、全部やってみたらいい。クオリティも落とさずに。どこのスーパーでこれが安いから、今日の夕飯はコレっていうレベルでレシピからちゃんと考えてね。
買い物予算も収入全体から全て計算して、その中で買い物を。その上、子供を連れて。全部自分ひとりで考えるんだよ?誰にも相談出来ないんだよ?晩御飯何作ったらいい?とかバカな事言わないでね、そこからが仕事だから。
奥さんのありがたみが痛いほど分かるよ。

出来れば有給使ってでも、平日にやったらいいと思う。
その上で、夫婦共に本当にお互いに感謝をしながら、愛情を確かめ合いながら生活していると、子供はとても手がかからなくなる。ちゃんと空気読んでるんだよね、子供って。
夫婦が円満であれば、子供たちは全員、素晴らしい未来が待っているはず。

共働きなら、お互いにどの時代に、どう支えあったかを思い出そう。
夫婦はお互い様だよ、次はどっちがどう支える?
お金、労働、家事、子育て。お互いが得意な事を補いあいながら、無理をしないで進めばいいよね。
お金を稼ぐのが得意だったら家事は二人ともやらなくていいんじゃない?家事代行サービスたくさんあるしね。ちょっと高いけど。でも、それくらい家事ってお金のかかる事。だから、本当に、家事をやってくれている人への感謝はハンパなくするべき。私、佐伯さんの事、とても大切にしてるもん。だから恋愛相談だって乗るし。まぁ半分は、私が聞きたいのもあるけど。

とにかく、子育てしてて色々大変だと思ったら、まずは周りの人を頼る事から始めよう。 まずは、身内だよね、それからママ友達とか。あとは自治体もよく探せば使えるよ、お役所だからわかりにくいし面倒くさい事もあるけど。 あと、Asmama とか、KIDS LINE とか、子供を見ててくれるような、そういうサービスもあるから。

そうやって、本当の自分を見失わない事が大切だよね。
自分らしい、得意な事をやった時に、パフォーマンスは最大化するはず。

料理が得意な人、掃除が得意な人、絵を描くのが得意な人、文章を書くのが得意な人、歌を歌うのが得意な人、子供と遊ぶのが得意な人、動き回るのが得意な人、人と話すのが得意な人、黙々と何かをやるのが得意な人、情報収集が得意な人、アイデアを出すのが得意な人、外国語が得意な人、仕事を作るのが得意な人、仕事をこなすのが得意な人、人を癒すのが得意な人、人を笑わせるのが得意な人、もっともっとたくさん、色んな人が色んな特技を持っている。

自分の得意分野を武器に、不得意な部分を得意とする人とタッグを組んで、一緒に何かを始めれば、必ず何かを成し遂げる事が出来るだろう。 成功するまで、諦めずに続ければ、それは成功するはず。

昔、何が得意だった?何が好きだった?何を褒められてた? 時間をかけて思い出して、よく考えて。タイに行ったら思い出すかも?そしたらタイに行って!

と、ここまで考えてから、私は、Y氏に話した通り、またタイに行くべく計画を立て始めた。
殺すわけにはいかないけれど・・・。

***

翌日の休日、6歳の長男と主人が将棋をやろうとして、駒を並べていると、主人が言った。

「あれ、歩が 1 個足りないよ?どこいった?」
「・・・バンコクにあるんじゃない?」

アハハハー!って大爆笑しながら言った私に対して、ウチの主人、 「・・・笑えないよー、アナタだけじゃん、笑ってるの。」 って言いながら、笑っていた。

二人で、顔を合わせたら、また笑えてきたから、今度は二人で笑った。
夫婦って、こうやって生きていくものだよね。 色んな事を乗り越えて、毎日お互いに感謝しあって。

そして、私は切り出した。

「ねぇ、またタイに行こうと思うんだけど。」

第11話に続く
↓↓↓

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